48.人の気持ち

「うーん、私がいた時はそんな話、

聞きもしなかったんだけどね。」


「お前が召喚された時とは

色々と情勢も違うんだろう。

勇者を平和のためではなく

戦争で有利になるために利用するなんて、

真っ当な人間が思いつくことではない。

それにしても、戦争で勝つための勇者とは、

もはやただの道具だな。」


雛戸の話を聞き終えると、

凛太郎は自分の中で咀嚼する。

確かによく考えてみれば、

世界を救う勇者として冒険する中で、

自分たちが異世界から来た召喚者だと

わざわざ隠す必要はない。

渡された冒険者カードもそうだ。

別にどこの所属だっていいはずなのに、

カートム所属だと明記する必要があるのか。

凛太郎たちを国が管理したいという

思いでもなければ必要のないことだ。

そして、もし他の国や街で

冒険者カードを見られたら、

それはその国へ偵察に来たと

疑われても仕方ないと思わなければならない。

なんと厄介な話だろうか。

しかし、ここで凛太郎は思い出す。

この世界に来る直前、

教室からカートムの地下に飛ぶ前に

凛太郎は一人の老人と言葉を交わした。

まるで神のようだった彼は、

勇者として世界を救えと言った。

百歩譲ってアイズが嘘を言っていたとしても、

神までもが嘘をつくだろうか。


「私も同じようなことを言われたわ。

でも、神様が嘘をつく必要はないわね。

きっと、魔王を倒すことができるのは

私たち召喚者だけっていうのは本当で、

ただその強さをこっちの人間たちが

戦争に利用したいってことなんでしょ。」


まぁ、国の偉い人たちならまだしも、

神様にもう一回合うなんて不可能なんだから

確かめようはないけどね。

と、日々和は最後に付け足した。

そう言われればそうだ。

だがこの際、神の言ったことはどうでもいい。

大事なのはこの世界の偉い人間たちが

自分たちの国を戦争で勝たせるために

異世界から人間を召喚しているということだ。

この世界に色々な事情があるように、

当然元いた世界の人生が彼らにはあったのだ。

それを拒否権もなしにいきなり召喚して、

世界のためだと騙した上で

戦争に利用しようとしているなど、

どう考えても理屈の通る話ではない。


「一度、カートムに戻ろう。」


異世界人を戦争の道具にしていたのが

雛戸のいたミーゼとその敵対国であった

ロギオだけかもしれないし、

アイズやカートム王国が同じ思惑を持って

凛太郎たちを召喚したとは限らない。

だから、それを含めてアイズには

色々と聞きたいことがある。


「私も行くわ。

私を召喚したのもカートムだし、

私が封印された後のことも聞きたいわ。」


「お前はどうしたい?

晴れて自由の身になった訳だが。」


凛太郎と日々和のこれからが決まると、

二人の視線は雛戸に注がれる。

これまではラルイーゼの命令でしか

動くことができなかったが、

今の彼女を縛る物は何もない。

自由に全てを選択できるのだ。

このままテートンに残って

ただのメイドとして働くのもいいだろうし、

この街に縛られていた分、

あてもなく旅をするのもいいだろう。

雛戸は口を噤んで静かに目を閉じ、

やがてシーツをきゅっと握りしめる。


「もし……お二方が許してくださるなら、

私を共に連れて行ってはくださいませんか…?」


彼女から返ってきた返事は、

凛太郎もある程度予想していたことだった。

元々魔王を倒すために

仲間と冒険をしていた彼女が

再び仲間を求めるのは自然なことだ。

凛太郎としても遠距離からの

攻撃を得意とする彼女の存在は

これからの冒険の中で

助けになるだろうと思っていたので、

凛太郎はすぐに返事をするつもりだった。

だが、凛太郎の横にいる日々和は

そうは思っていないようだ。


「私は………別に構わないわ。」


なんだか歯切れの悪い言い方だった。

表情も苦虫を噛み潰したような

渋い顔になっているので、

それが少しだけおかしかった。


「なによ、人の顔ジッと見たりして。」


「…お前、雛戸のこと嫌いなのか?」


「はぁ!?別に嫌ってなんかないわ!

ホンのちょっとだけ気に入らないだけよ!」


「それ、女子言葉だと同じじゃないのか?」


「同じじゃないわよ!バカ!」


凛太郎は男なので詳しくは知らないが、

女の子同士の会話の中では

言葉がかなり複雑になるらしい。

『嫌い』と『気に入らない』。

細かなニュアンスの違いはあるが、

どちらも『関わりたくない』という意味を

含んでいるという点では同じだ。

だから、日々和は雛戸のことを

多少なりとも関わりたくないと思っている。


「あの、私、無理にとは申しませんので…。」


「だから違うの!」


日々和とはあまり長くない付き合いだが、

なんとなく彼女の人間性が見えてきた。

いや、より正確に言うのであれば、

確信に変わったという言うべきだろうか。

言葉こそ強いものの、

その裏には幼さと少しの遠慮がある。

つい普段は強がってしまうが、

それ故に本当に自分が思っていることを

伝えるのに時間がかかってしまう。

過去に囚われているのは彼女も同じだ。


「私はただ……このまま木瀬と二人きりで

冒険したいなぁって思ってるだけで…。」


その言葉だけ聞いてしまうと、

まるで日々和が凛太郎に

好意を寄せているみたいではないか。

いや実際、寄せているのだろう。

でなければ年頃の女の子が宿屋であんなにも

甘えるような行動に出たりしないはずだ。

しかし、そういう気持ちというのは

あまりこういった場面で

言うべきではないと思うのだが。

日々和のあまりにストレートな言い方に、

雛戸も目を見開いて固まっている。


「それはつまり、日々和様は木瀬様のことが……。」


雛戸が最後まで言う前に、

凛太郎は自分の唇に指を立てた。

それ以上言ってはいけない。

それはいつか、日々和本人が直接、

凛太郎に言うべきことだから。

自分の気持ちというのは、

自分で理解して自分で伝えるべきなのだ。

簡単に人の気持ちを暴いてはいけない。

それが幼い恋心ならなおさらだ。

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