42.解放

「痛え……。」


凛太郎でも制御できない速さ。

その代償は直線的な動きしかできないことと、

勢い余って壁に激突することだ。

物も多い舞台裏なんかでは、

勢いのままに激突するのは避けられない。

エーゼコルドも振り切っているので、

凛太郎はただの突進で

頑丈に作られた檻にぶつかる運命だった。

自己強化のおかげもあって

凛太郎自身へのダメージは少ないが、

檻の鉄格子は見事に曲がりくねっていた。


「木瀬?」


聞き覚えのある声に反応して、

凛太郎は道灯りで周囲を照らす。

すると、凛太郎が突っ込んだ檻の中には

日々和に身を寄せる子どもたちがいた。

ホワイトキャットやドールラビットなど、

色々な種族の子どもたちである。

人数は10人くらいだろうか。

どうやら、塾にいたという子どもたちは

日々和と共に同じ檻に入れられたようだ。

やはり、それほど急いでいたのだろう。


「無事か?」


彼女たちの服装は少し乱れているので、

多少乱暴に扱われはしたものの

大きなケガはなさそうだった。

それでもどこかケガをしている可能性はあるので、

凛太郎はまず日々和の体を心配した。


「ええ、大丈夫よ。」


「そうか。」


日々和の瞳はうるうると涙に濡れていた。

いきなり人攫いに連れ去られて

こんな檻に閉じ込められた上に

闇のオークション会場の裏に運ばれたなら、

誰だって恐怖するだろう。

しかし、彼女の周りには子どもたちがいる。

子どもたちの最後の希望である彼女が

惨めに涙を流そうものなら、

きっと子どもたちは見えない絶望に怯えて

泣き叫んでいたに違いない。

もしそんなことになってしまえば、

その泣き声を消すために

警備兵たちは子どもたちに刃を

奮っていた可能性もある。

だから日々和はずっと耐えていたのだ。

子どもたちを無事に親の所へ帰すために、

凛太郎が助けに来てくれるまで。


「よく頑張ったな。」


檻の原型が変わってしまったので、

鍵で開けることはせずに

凛太郎は鉄格子を切った。

子どもたちは見たこともない人間が

いきなり突っ込んできて、

しかも鉄格子を簡単に切ったのを見て

未知の恐怖に怯えていたようだが、

その中心にいた彼女が

真っ先に抱きついたのを見て、

良い人だと理解してくれたようだ。


「木瀬…私、怖かった……。

怖くて、泣きそうだった。

でも、きっと木瀬が助けにきてくれるからって、

だからそれまでは私がこの子たちを

守らなきゃって、それで……。」


日々和から流れる涙は熱かった。

その涙の中に色々な感情が溶けているのだと

思わずにはいられなかった。

泣きじゃくる日々和の肩を抱き、

そっと包み込むように手を添える。

彼女の涙が尽きるまで

そうしておきたい気持ちもあったが、

今は子どもたちを連れて

外に出ることを優先した方がいいだろう。

凛太郎は周囲を見渡して

目当ての人物を探した。


「あなたが先生か?」


「は、はい。私がこの子たちの先生です。」


日々和たちが入っていた檻とは別の檻。

その中に人間の大人の女がいた。

年齢は30を過ぎた頃だろうか。

日々和に群がっていた子どもたちが

その女の檻に集まっていたので、

彼女が塾の先生だとすぐに分かった。

凛太郎はその檻の錠を破壊して、

先生を檻から解放する。


「あ、あの、ありがとうございます…。

もう命は無いものだと思っていたので、

どうお礼を申し上げて良いか……。」


先生をしているだけあって、

すぐに涙を流したりはしないらしい。

しかし、そうすぐにお礼を言われても

今その言葉を受け取る訳にはいかない。

せっかく檻から解放されても、

これから来るであろう警備兵や

ならず者たちから逃げなければならないのだ。


「礼か。そうだな…なら俺に文字を教えてくれ。

色文字が読めなくて苦戦しているんだ。

だが、そんなものは後でいい。

今はとにかくここから逃げるんだ。

……おい日々和、いつまでしがみついてる。

外への道が分かるなら教えろ。」


これだけの人数と檻だ。

凛太郎が入ってきた赤い屋根の家から

同じように運ばれてくる訳がない。

檻を運ぶための専用の道があるはずだ。

しかし、それは凛太郎には分からない。

この街の地下はどこも複雑なようで、

この舞台裏でさえもはや迷路だ。

きっと、商品が簡単に逃げられないように

わざとそういった構造にしているのだろう。

これだけの規模の地下を作るのに、

一体どれだけの時間とお金をかけたのだろうか。

しかもそれが奴隷商売のためだとは、

裏に潜んでいる貴族は

余程の力と欲望の持ち主らしい。


「外までの道なら、私が覚えています。」


この街に住んでいる人間だからか、

それとも絶望したとは言っても

諦められない心がそうさせたのか。

何であろうと道案内をしてくれるならそれでいい。


「そうか、なら案内を頼む。」


「はい、お任せください。

みんな、しっかり着いてくるんですよ。」


「はーい。」


こうしたやり取りを見ていると、

やはり先生なのだなと思う。

しかし、子どもたちと同じように

彼女に着いて歩く日々和は

本当の生徒の一人のように見える。

彼女はすでに成人しているはずだが、

きっと慈悲深い日々和のことだ。

子どもたちの気持ちを少しでも和らげるために

一緒にいてくれているのだろう。

塾の先生の案内に従って、

凛太郎たちは外を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る