43.三度
先生の案内によって歩き出したが、
大切な商品が逃げ出したとあっては
開催者側の管理体制やら統率力が
疑われることになる。
だから警備兵も監督役も必死だ。
普段からろくに武器も握らないような
貧弱な者たちも襲いかかってきたが、
迫り来る警備兵たちを
次々と凛太郎は蹴り飛ばす。
「次の角を右に曲がって、
階段を登れば地上です。」
それなりに長い道のりだったが、
出口がもうそこだと聞いて油断した。
先頭にいる凛太郎たちが角を曲がり、
その階段を視界に入れると同時に
氷の刃が凛太郎の頬を掠める。
「ど、どうしたんですか…?」
凛太郎が勢いよく仰け反ったので、
後ろにいた子どもたちは足を止める。
先頭にいたのが凛太郎だったので
今の攻撃を避けることができたが、
これが子どもならそうはいかない。
幸い、まだ彼らの姿は角に隠れていて
彼女の視界には入っていない。
凛太郎は手で後ろを制すと、
後は日々和に従うようにと小さく言った。
そして、三度彼女と対峙する。
「回り道でもあったのか?
あったにしても早すぎると思うが。」
あれだけ整っていた格好も
今は少しだけ崩れている。
しかし変わらないのは
あのメイドが帯びている冷気だ。
「……ここは複雑に入り組んでおります。
もしも商品が自らが運ばれた道順を覚えていて
かつ脱走に成功したとしても、
どこかで必ず確保できるように…。」
余程急いでかけつけたのか、
彼女の顔には疲れが見える。
エーゼコルドによる気絶から
短時間で目覚めただけでなく、
凛太郎たちが逃げる道を把握して
先回りするなんて、
想像以上に優秀なメイドだ。
「回り道があるのは分かった。
だが、この武器には気絶付与という
追加効果が付いている。
お前には状態異常の耐性でもあるのか?」
凛太郎はエーゼコルドを見せながら言った。
あの一瞬、あの瞬間。
凛太郎の刃は確かに彼女を捉えていた。
氷の壁で防ぐのは不可能だった。
なのに彼女は今目の前に立っている。
それがどういう意味を持っているのか、
凛太郎は聞かずにはいられなかった。
「私にそのような力はありません。
私にできるのは精々、
氷で膜を作ることくらいでございます。」
彼女は自らの首を見せつける。
そこにあったのは、
火傷でもしたような痕だった。
赤黒く変色した肌。
そしてそれを見た凛太郎は察する。
彼女は自らの首に氷の膜を張り、
鎧のように凛太郎の刃を防いだのだと。
しかしその代償は大きく、
重い疲労感をもたらしている。
数瞬にも満たないあの一瞬で
急所を守るために氷を使うとは、
敵ながらなんと判断の早いことだろうか。
「さすがという他ないな。
だが、その様子ではもう長くは戦えないだろう。
俺には戦えない者をいたぶる趣味はない。
今度こそ道を譲ってくれ。」
勝敗としては互いに一勝一敗。
だが、消耗している今の彼女では
全てを覆す奥の手でもない限り
到底凛太郎には追いつけないだろう。
そんなことはおそらく、
彼女自身が一番よく分かっているはずだ。
「先程は遅れを取りましたが、
あの速さはもう見切りました。
あなた様方にはここで止まっていただきます。」
その奥の手を持っているのか、
彼女は凛太郎の前から退かない。
その姿はさながら戦場に立つ戦士のようで、
ボロボロになりながらも
敵を自分の後ろに通さない強い意志が
伝わってくるようだった。
ならば凛太郎も手加減などしない。
彼女が戦うというのなら、
正々堂々正面から戦う。
それが彼女に対する凛太郎の礼儀だ。
彼女の放った見切ったという言葉が
本当かどうかも分からないが、
もはやそんなことはどうでもいい。
凛太郎は両手にエーゼコルドを構える。
「仲間と子どもたちのためだ。
俺はここで止まる訳にはいかない。」
「私も同様でございます。
誰であろうと、ここはお通し致しません。」
二度刃を交え、勝敗が一勝一敗であれば、
自然と三度目の今回勝った方が
勝者ということになるだろう。
互いに一歩も譲らず、全力でぶつかるだけだ。
そしてその勝負がどのような結果になっても、
終わった後の二人には笑顔にも似た
清々しい表情が浮かぶことだろう。
愛情とも友情とも違う何かによって、
二人は強く惹かれ合っているのだ。
「────。」
先に攻撃を仕掛けてきたのは彼女だ。
左右からは刃が迫り、
下からは太い柱が迫る。
ただやはり、凛太郎には攻撃が遅く感じる。
それだけ彼女が疲労しているのだろう。
難なく彼女の攻撃を躱し、
刃もいくつか砕き落とす。
駆ける凛太郎を氷が追いかけるが、
一向に捉える気配がない。
だが彼女もそれだけで終わらない。
速さが及ばないのなら、
重さと数で勝負するだけだ。
「…認めましょう。
あなた様の強さはご主人様の野望を
阻害する脅威になり得ます。
ですので私はここであなた様を殺し、
ご主人様への忠義を示さねばなりません。
全力を出すのはあなた様への礼儀と
手向けの花を添えるため。
まさに冥土の土産でございます。
ではお覚悟願います。殺戮魔法『最期の晩餐』。」
宙に量産された氷の塊は
それぞれがスイカのような大きさで、
しかも殺傷力を高めるように
太いトゲが生えている。
それが大砲のように次々と迫り、
一つでもまともに喰らってしまえば
それだけで凛太郎の肉が抉られるだろう。
技の名前からしても、
相手への殺意が伝わってくるようだ。
「
だが凛太郎も簡単には負けられない。
エーゼコルドに炎属性を付与して、
より早く確実に彼女の攻撃を防ぐのだ。
ここが最期になってたまるかと、
炎の刃を持つ凛太郎は覚悟を決める。
全てを燃やし、全てを終わらせる絶望のように
凛太郎の心も燃えていた。
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