第7話 犬をモフモフ!

「zzz。」


 彼女は寝ている。


 夢の中では・・・・・・。


「夢ちゃん!」


「モフちゃん!」


「アハハハハッー! アハハハハッー! アハハハハッー!」


 夢の中で彼女は、笑顔でぬいぐるみと戯れていた。


「ピクちゃん!」


「エルちゃん!」


「フェアちゃん!」


「ティンちゃん!」


 夢ちゃんとお友達になった妖精のぬいぐるみたちが、夢の中で勢ぞろい。


「今日の新しいお友達は、火の精霊のイフちゃん!」


「火の精霊イフリートのイフです。イフイフしちゃうぞ! イフッ!」


 夢ちゃんが新しいぬいぐるみを作る度に、お友達が増えていく。


「みんな! 仲良くしようね。」


「おお!」


 彼女は夢の中で楽しく過ごしている。


「夢夢!」


「モフモフ!」


「ピクピク!」


「エルエル!」


「フェアフェア!」


「ティンティン!」


「イフイフ!」


「アハハハハッー! アハハハハッー! アハハハハッー!」


 夢の中で彼女は、笑顔でぬいぐるみと戯れていた。


「私は、とっても幸せです! アハッ!」


 彼女は、大好きなぬいぐるみと戯れている時間が一番好きだった。


ガン! ガン! ガン!


 フライパンを叩く大きな音が夢を壊す。


「夢! 起きなさい! あなたは、いつまで寝てるの!?」


 毎朝、彼女は、お母さんの夢子の雷で目を覚ます。


「ふわ~あ! いいじゃない。寝たって。私、暇なんだから。」


 彼女の名前は、希望夢。19才の無職の引きこもりである。


ピキーン!


「お母さん! 今日の夢も、お友達が総出演だったよ! アハッ!」


 満面の笑顔で夢ちゃんの部屋は日に日にぬいぐるみが増えていく。


「うっ・・・・・・。」


 母は娘の言動にダメージを受ける。


「いいから、起きるのよ! あんた、今日から生まれ変わって外に出るんでしょ? まったく・・・・・・。」


 母は彼女の部屋から去っていく。


ピキーン!


「そういえば!? そうだった!? ・・・・・・しまったな。外に出るなんて言わなければ良かった。はあ~あ。」


 夢ちゃんは、自分の発言を後悔するのであった。


「負けるもんか! 私は一人じゃない! 私には、お友達がたくさんいるんだ! アハッ!」


 彼女の趣味は、手芸。専門は、ぬいぐるみ作りである。


「タッ! タッ! タッ! タアッー!」


 着替えて、顔を洗い、歯を磨く夢ちゃん。朝の準備完了。アハッ!


「おはよう!」


 彼女は、居間にやってきた。


「うわあ!? お姉ちゃんが起きた!?」


 夢ちゃんの弟の叶。


「あんた、お姉ちゃんのことをどう思っているのよ?」


「眠り姫。」


「ズコー!?」


 無職で引きこもりでニートで家で寝てばっかりの姉など、弟には、眠り姫に見えるのであった。


「ワッハッハー!」


 夢ちゃんの家族は大爆笑。


「酷い!? みんなで笑うなんて!? 家から出ないわよ!?」


(チャンス! この流れで自分の部屋に戻ってやる!)


 人間、そう簡単には生まれ変われない。


「ごめんなさい。あんまりにも面白かったので。クスッ。」


 おばあちゃんのひばり。


「夢ちゃんよ! ごめんな!」


 おじいちゃんの裕次郎。


「仕方がないだろう。夢は寝てばかりなんだから。アハッ!」


 お父さんの夢男。


「そうよ。いつも家にいる、あんたが悪いのよ。」


 お母さんの夢子。


「僕は本当のことを言っただけで、何も悪くないもんね!」

 

 弟の叶。


「みんなして、私をいじめるのね!? 外出なんかしないもん! 私は部屋に帰ります!」


 ここぞとばかりに、安住の地、安全地帯の自分の部屋への帰還を企む夢ちゃん。


「残念ね。今日は手芸屋さんで、ぬいぐるみショーがあるのに。」


ピキーン!


「行きます! 行かせてください! その代わり、お母さんとおばあちゃんで、しっかり私を守ってね!」


「ズコー!?」


 夢ちゃんは、ぬいぐるみショーの誘惑に負けた。家族はズッコケるしかなかった。


「つ、釣れた・・・・・・。」


「チョロい・・・・・・・。」


「我が娘ながら恥ずかしい・・・・・弟、父、母は夢ちゃんに呆れている。


「夢ちゃんとお出かけ、嬉しいね。アハッ!」


 おばあちゃんは素直に孫とのお出かけを喜んだ。


「わしも! わしも! 一緒に行くぞ!」


「えっ? ・・・・・・。」


 冷たい家族の視線がおじいちゃんにも向けられる。


「まさか!? 夢がぬいぐるみ好きになったのは、おばあちゃんじゃなくて、おじいちゃんの影響なの!?」


「そういえば!? おじいちゃんは、私より、ぬいぐるみショーで楽しんで騒いでいるよ!?」


 おじいちゃんに疑惑がかけられる。


「いいじゃないか!? 残り少ない命だ! わしがぬいぐるみショーを楽しんだって!」


「まあまあ、そんなに必死にならなくても・・・・・・。」


 必死に反論するおじいちゃん。


「何でもいいわ。夢が外に出てくれるだけで、お母さんは嬉しいわ。クスン。」


 鬼婆の目にも涙である。娘を思う母の心であった。


「そうだな。夢が元気ならそれでいい。なあっ!」


「お、お父さん・・・・・・。」


「そうね。夢がまともな人間になってくれれば何でもいいわ。」


「お母さん。」


「お姉ちゃん。頑張れ。」


「叶。」


「夢ちゃん、美味しいものも食べましょうね。」


「おばあちゃん。」 


「わしもおるぞ!」


「おじいちゃん。」


 夢ちゃんは、温かく優しい家族愛に支えられていた。


「私、頑張るよ! やっぱりお外に出る!」


 こうして夢ちゃんは、ぬいぐるみショーに行くことになった。


 旅立ちの時。


「行ってきます!」


 遂に夢ちゃんが、お母さんとおばあちゃん、ボディーガードのおじいちゃんに連れられて家の外に出る。


「ああ~! 太陽の日差しが気持ちいい!」


 引きこもりの夢ちゃんが太陽の光を浴びることは、稀である。


「そんなに浴びてると、シミとしわができるわよ?」


「いいの。私は、まだ若いんだから。」


「アハハハハッー!」


 楽しくおばあちゃん、お母さん、孫と三世代で会話をしている。


(あれれ? 夢は普通に外を歩いているじゃないか? これのどこが引きこもりなんだ???)


 おじいちゃんには、夢ちゃんは普通の女の子に見えた。


「ぬいぐるみショー、楽しみだな! わ~い!」


 そう。夢ちゃんは、ただの引きこもりではなかった。ただ高校を卒業して、大学に進学をせず、仕事がなかったから、就職もできなかったから、家にいるだけであった。


「だって、ぬいぐるみショーは必ず正義が勝つもの! アハッ!」


 ただ、学生時代のいじめ体験から、怖い人間と接するのが嫌なだけで、家族と通常生活を送ることには、何ら問題はなかった。


「ワンワン!」


 そこに野良犬が現れ、夢ちゃんを吠える。


「キャアアアアアアー! 怖い! 私、お家に帰る!」


 夢ちゃんは、犬が怖くて逃げだした。


「夢!?」


 家族は、どうすることもできなかった。


「ワンワン!」


 無邪気な犬は、逃げた夢ちゃんを追いかける。


「ギャアアアアアアー!」


 夢ちゃんの悲鳴だけが響き渡る。



 そして、その日の夜。


「まさか、犬に追いかけられるとは・・・・・・ふあ~あ・・・・・・zzz。」


 夢ちゃんは、おやすみした。


 夢の世界へ・・・・・・。


「夢ちゃん。」


 誰かが夢ちゃんを呼んでいる。


「夢ちゃん。」


「モフちゃん! 犬に追いかけられて、私が大変だった!?」


 夢の中で再会する夢ちゃんとモフちゃん。


「夢ちゃん。夢の中の夢ちゃんを助けにいこう!」


「モフちゃん・・・・・・ありがとう。モフちゃんは私の大切なお友達だよ!」


 彼女のぬいぐるみを愛する気持ちが、ぬいぐるみに奇跡を起こしたのである。


「よ~し! いくよ! モフちゃん!」


「おいで! 夢ちゃん!」


 彼女は、ぬいぐるみに搭乗した。


「モフちゃんの中って、暖かくて柔らかい! モフモフ! モフモフ!」


 モフモフして楽しんでいる彼女。


「さあ! 夢ちゃん! 悪者を倒しに行こう!」


「おお~!」


 彼女は、モフちゃんを操つる。


「いた! って!? 犬!? 犬が悪者なの!?」


 夢ちゃんの夢の中でも、夢ちゃんを追いかけた凶暴な犬を見つける。


「ワンワン! ガルルルル! ワン!」


 凶暴な牙を持っている巨大な犬ぬいぐるみだ。アハッ!


「キャア!? 怖い!?」


「大丈夫だよ。何も怖くないよ。ここは夢ちゃんの夢の中なんだ。ニコッ!」


「私の、夢の中?」


 そう、ここは彼女の夢の中。


「そうだよ。夢の中では、夢ちゃんの思い通りだよ。」


「私の思い通り・・・・・・。」


ピキーン!


「モフモフしちゃうぞ!」


「モフッ!」


 ここで彼女に、覚醒スイッチが入る。


「いくよ! モフちゃん!」


「おお! 必殺技をかまそう!」


 彼女はぬいぐるみを加速させ、悪者に突撃する。


「モフモフ・パンチー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 夢の中の悪者を、夢ちゃん搭載のぬいぐるみが殴る。


「ワンワン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 夢の中の犬も体当たりで迎え撃つ。


「ギャアアアアアアー!?」


 両者、相打ちだった。


「痛い!? 私が、犬さんを倒すなんて無理だよ!?」


 夢ちゃんは、直ぐに弱気になる。


「大丈夫。夢ちゃんは一人じゃないよ。僕がいるじゃないか。僕は、いつも夢ちゃんと一緒だよ。ニコッ!」


 モフちゃんが温かく夢ちゃんに微笑みかける。


「モフちゃん。そうだね。私には、モフちゃんがいるもの! うおおおおおー!」


 夢ちゃんが甘えや諦めを脱ぎ捨てる。


「犬さんを倒すんだ!」


 夢の中で覚醒する夢ちゃん。


「ワン―!!!!!!」


 しかし、夢の中で犬が吠えて暴れている。


「やっぱり無理!? だって、怖いんだもん!?」


 夢ちゃんは、ヘタレでしかなかった。


「困ったな?」


 モフちゃんも夢ちゃんには、お手上げだった。


ピカーン!


 その時だった。夢ちゃんの夢に5つの光が輝く。


「大丈夫だよ!」


「夢ちゃんには、私たちが付いているわ!」


「だから、怖がらないで!」


「勇気を出して!」


「私もいるよ!」


 夢ちゃんが作った5つのぬいぐるみに命が宿り、夢ちゃんのピンチに助けに来てくれたのだ。


「み、みんな!? どうして!? ここに!?」


ピキーン!


「そ、そうか!? ここは私の夢なんだった!? アハッ!」


 驚いたけど、納得する夢ちゃん。


「よし! みんな! 悪い私をぶっ飛ばそう!」


「おお!」


 夢ちゃん、モフちゃん、ぬいぐるみたちが心を一つにして立ち上がる。


「いくよ! みんな!」


「おお! 必殺技をかまそう!」


 彼女はぬいぐるみたちを加速させ、悪い夢ちゃんに突撃する。


「モフモフ・パンチー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 巨大な犬を、夢ちゃん搭載のぬいぐるみたちが殴る。


「ギャアアアアアアー!」


 夢の中の凶悪な犬を倒した。


「ああ~、スッキリした! これで犬も怖くない! アハッ!」


 彼女は夢の中だけでも、犬を退治して気持ち良かった。


「やった! やったよ! モフちゃん! ニコッ!」


 彼女の顔に笑顔が戻った。


「おめでとう! 夢ちゃん!」


 夢ちゃんは、少しだけ前向きに、自分のことが好きになれたのかもしれない。


「みんな! 助けに来てくれて、ありがとう!」


「ピクピクしちゃうぞ! ピクッ!」


「エルエルしちゃうぞ! エルッ!」


「フェアフェアしちゃうぞ! フェアッ!」


「ティンティンしちゃうぞ! ティンッ!」


「イフイフしちゃうぞ! イフッ!」


「夢ちゃん! ありがとう!」


 ぬいぐるみたちの素晴らしいシンクロである。


「ああ~。私はなんて幸せなんだ。生きてて良かった。アハッ!」


 そして、夢から覚めた・・・・・・。



 次の日。 


「私! 犬が怖くなくなったよ!」


(なぜなら自分をモフモフしちゃったからです! アハッ!)


 こうして夢ちゃんの夢が、不条理な現実を少し正します。


「じゃあ、ペットに子犬でも飼ってみる?」


「えっ!?」


 まさかの母からのキラーパス。


「別に飼わなくても、私がぬいぐるみで犬とか、猫とか作るよ。アハハハハッー!」


 笑って誤魔化す夢ちゃんであった。


(でも、ちゃんと私はお外に出たもんね! 私はできる子だ! アハッ!)


 少しだけ成長して笑顔を見せる夢ちゃんであった。


「ニコッ!」


 笑っている彼女の姿を見て、ぬいぐるみが少し笑っているように見えた。


(ありがとう。モフちゃん。ぬいぐるみさんたち。ニコッ!)


 夢は見るものではなく、夢は叶えるものだから。


 つづく。

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