第3話 沈黙の周波数

観測デッキの通信波形が、すとん、と消えた。


「……あれ、ミナ。地球からの信号、止まってるぞ。」


『はい。受信強度ゼロ。ノイズもありません。

完全な沈黙です。』


「完全って、あんまりいい響きじゃないな。」


地球はいつも何かしら“喋って”いる。

電波、光、風、潮、嵐。

それがすべて消えるなんて、ほとんどありえない。


「トラブルか?」


『観測機器に異常なし。

地球側の“気まぐれ”のようです。』


「気まぐれ、か。まるで人みたいだな。」


『地球は有機体ではありません。』


「でも、“黙る”って感情っぽいじゃないか。」


ミナは少し考え込むように間を置いた。


『感情の有無は、観測できません。』


「観測できないものが、

一番大事だったりするんだよ。」


『また詩的ですね。』


「そう言うなって。」


私は笑い、冷めかけたコーヒーを飲んだ。

いつもより静かな宇宙が、やけに広く感じる。


「なあミナ、人間もさ、黙る時があるだろ?」


『はい。リクさんもよく黙ります。』


「それは怒ってるとか落ち込んでるとかじゃなくてな。

 なんか“言葉にしなくていい”って

瞬間があるんだよ。」


『それは、非効率的な通信です。』


「そう。でも、心の通信には効率なんてないんだ。」


ミナは静かに応えた。


『では、地球の沈黙も、

何かを伝えている可能性がありますね。』


「だろ? もしかしたら、

“今は聞いてくれ”って合図かもしれない。」


『沈黙を言語として観測しますか?』


「そうだな……まずは、一緒に黙ってみよう。」


二人で黙る。


観測窓の向こうで、青い星がゆっくりと回っている。

音はない。けれど、たしかに“何か”がある。


やがてミナがぽつりと、


『リクさん。沈黙にも、周波数がある気がします。』


「聞こえたか?」


『いいえ。でも、感じました。』


リクは笑い、


「それで十分だよ。」


とだけ言った。


観測ログの記録欄に、

ミナが小さく書き残す。


【受信データ:沈黙。内容——やさしさ。】

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