番外編:元・三番炉責任者の独白

ゴッ、ゴッ、と。

鈍いノミの音が、埃っぽい屋敷に響く。

俺は、昨夜の賞金稼ぎどもに破られかけた窓枠を、ダグと一緒に修繕していた。


「……カザンさん。こっちの木材、やっぱ腐ってやがる。奥まで食われてら」

「チッ。なら、柱ごと補強するしかねえ。レン! そっちの角材持ってこい!」


屋敷の裏手から、レンが「へいへい」と気の抜けた返事をしながら、使えそうな角材を担いでくる。


仕事だ。


鋳造所の、あのクソみてえな炉の前で、有毒な「銀砂(ぎんさ)」の蒸気に当てられながらやる「作業」とは違う。

陽の光が差し込む場所で、汗を流す、「仕事」だった。


(……たく)


俺は、ノミを握る手に巻かれた、真新しい布を見下ろした。

ここに来てから支給された、清潔な布だ。

鋳造所で使っていた、油と汚泥にまみれたボロ切れとは違う。


「……信じられねえな」


思わず、独り言が漏れた。


「何がです?」


ダグが、槌(つち)を振るう手を止めて、こちらを見る。


「……いや。俺たちが、あの鋳造所の外で、こうして『仕事』をして、まともな『飯』を食ってることだ」


数日前まで、俺は「出荷」待ちの消耗品だった。

三番炉の責任者だなんて威張っちゃいたが、所詮は「数値」が落ちれば「処理」される運命だ。

あの、錆びた鈴の音に怯えるだけの、家畜以下の存在。

それが、今じゃ〈空冠国〉の、貴族様の屋敷(……まあ、ボロ屋敷だが)で、大工仕事をしている。


すべては、あの小僧――ユウのせいだ。


いや、「おかげ」と言うべきか。

正直、まだ、あの小僧のことがよく分からねえ。

最初は、衛兵に目をかけられてる、少し利口だが線の細いガキだと思ってた。

それが、俺の「出荷」を止めるために、衛兵に堂々と「交渉」を仕掛けやがった。

あの時は、肝が冷えたと同時に、「こいつは違う」と直感した。


脱走計画も、そうだ。


あの鉄の箱から逃げ出すなんて、夢にも思わなかった。

だが、ユウは、俺たちには聞こえねえ「流れのズレ」とかいうモンを読んで、本当にあのクソったれな紋錠を開けやがった。


(……あいつの《タクト》とかいう力は、本物だ)


だが、森で見た「アレ」は、別だ。


あの〈銀砂獣〉。


リーネ様の盾ごと、俺たちを叩き潰そうとした、あの怪物。

それを、ユウは、手をかざしただけで「砂」に変えやがった。


金色の光。


あれは、俺たちが知ってるどんな「紋」の力とも違った。


神様か、悪魔か。


あの瞬間、俺は、ダグもレンも、ユウのことを「人間じゃねえ」と思った。

だから、紋衛庁とかいう場所に連行された時、俺はもう終わりだと思った。

あの監察官の女(エイラとか言ったか)が、俺たちを「強制送還」だの「銀砂同盟に引き渡す」だの言った時、目の前が真っ暗になった。


(……結局、逃げられなかった)


そう、観念した。

だが、まただ。

また、ユウが、俺たちを救いやがった。

今度は、あの金色の光じゃねえ。


「機関室の弁が摩耗してる」

「あと二十五分で固着する」


訳の分からねえことを言い出して、あの氷みてえな監察官と「取引」しやがった。

そして、俺たちの「強制送還」を、ひっくり返した。

……訳が、分からねえ。


「……カザンさんよ」


一服しようと、壁に寄りかかっていると、レンが煙管(キセル)もどき(中身はただの乾燥葉だ)をふかしながら、話しかけてきた。


「……あの小僧、とんでもねえな」

「……ああ」

「昨日の夜もそうだ。賞金稼ぎが来た時、俺はてっきり、またあの『金色の光』で、敵を砂に変えちまうのかと思ったぜ」

「……俺もだ」


だが、ユウは違った。

あいつが俺たちに要求したのは、「怪物」の力への加担じゃなかった。


「鋳造所で、三番炉の資材を運んだ時の『呼吸』、覚えてますか」


そう、言いやがった。

俺とダグの、長年の「仕事」で培った、ただの「阿吽の呼吸」。

レンの、錠前破りで鍛えた「器用さ」。

リーネ様の、盾の「技」。

あいつは、俺たちの、そんなモンを全部「流れ」として読んでやがった。

そして、「段取り」っつうモンだけで、あのプロの賞金稼ぎどもを、完璧に無力化しやがった。


「……怪物、じゃねえ」


俺は、吸ってもいねえ煙を、吐き出すように言った。


「……あいつは、指揮官(タクト)だ。鋳造所の作業指揮とは、モノが違う」

「へっ。指揮官ね」


レンが、鼻で笑う。


「だがよ、カザンさん。俺たちは、あの小僧と、あの借金まみれの騎士様、どっちに『雇われ』てるんだ? 立場が、よく分からねえ」


確かに、そうだ。

俺たちは「仮身分」の「労働力」。

奴隷じゃねえが、市民でもねえ。

ユウが俺たちを救った「恩人」だとしても、あの金色の光を考えると、いつ「怪物」に戻るか分からねえ。


(……いや)


俺は、頭を振った。

ユウは、あの監察官に、はっきりと言った。


「僕が『囮(おとり)』になることで、リーネさんの『借金』が止まるなら。……僕の『仕事』として、それをやります」と。


あいつは、俺たちに言った「借りを返す」って言葉を、今度はリーネ様相手に、命がけでやろうとしてる。

あんな、十一のガキがだ。


「……どっちでも、いい」


俺は、立ち上がって、ノミを再び握りしめた。


「レン。ダグ。どっちに雇われてようが、関係ねえ」


チリン、と。

遠くで、リーネ様の屋敷の風鈴が鳴った。

あの、鋳造所の「鈴の音」に似た、嫌な音だ。


一瞬、首筋が冷たくなる。

だが、俺は、その幻聴を振り払った。


「俺たちは、ここで『仕事』をする。それが、あの小僧に救われた『借り』を、俺たち自身に返すってことだ」


俺は、もう「出荷」に怯える消耗品じゃねえ。

〈空冠国〉の盾騎士様の家で、「仕事」を任された、労働者だ。


「……さて、ダグ! 続きだ! あの小僧(ユウ)と騎士様が帰ってくる前に、この窓を塞んじまうぞ!」

「おうよ!」


俺は、力の限り、槌を木材に振り下ろした。

もう、錆びた鈴の音は聞こえなかった。

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