9.富をもたらす侯爵令嬢は、時の伯爵の手を取り立ち去る
「ピアス、ずっと持っていてくれたのね」
昔、私の力を示せる者があれば、妖怪達に襲われる心配ないからと上げたピアス。
懐かしく思いながら見ていると、「そうだよ」と軽く微笑みながら、ピアスを片方外して私に見せるように差し出した。
「椿との大切な繋がりを持つものだからね。手入れもきちんとしていたから、貰った時のままの状態だよ」
「寧ろ上げた時よりも綺麗になってるような気がするわ。……本当に大切に持っててくれたのね。ありがとう」
そこまで口にして、私は一つ違和感を覚えた。
…………ん?
…………そう言えば、記憶を思い出したのもあって見慣れていたから、違和感無くサンジェの姿を受け入れていたけれど。
「サンジェ……あなた……」
ムニムニ。
「つ、椿?」
ムニムニムニムニ。
「あの、椿? 私の頬を引っ張ったり戻したり、どうしたの?」
ムニムニ。
「ねぇ、サンジェ……あなた生まれ変わっても、同じ顔立ちになったの……?」
そんな事ってあるのかしら……?
無いとは言い切れないけれど、全くの瓜ふたつとかになるものかしら。
唯一違うのは金髪じゃなく、銀髪な事くらいだし。
「うん? あぁ、そう言えば言ってなかったね。私、椿が座敷童子ちゃんだった時から、死んでなくて生きてるんだよ」
「え?」
あの時から生きてる?
「えっと……私が死んでこの世界に生まれ変わったのって、すぐだったりしたの?」
「いや、はっきりはしてないけれど、多分百年は経ってるんじゃないかな」
「百年? どういうことなの?」
普通人間の寿命なんて、六十年位よね。
仮にもっと長生きしたにしても、その分だけ姿は老いる筈なのに。
私が、頭を悩ませていると、サンジェがクスクスと笑う。
「椿は、私の、サン・ジェルマンとしての話って、どれ位知ってる?」
「えぇと……過去や未来を自由に行ってて、色んな国に突然現れた……って事位かしら」
「他は?」
「他?」
何かあったかしら。
何せ、当時住んでいた家にあった書物をコッソリ読んだ事があるだけだから、そんなにはっきり覚えてないのよね。読んだ時も眉唾ものだと思ってたし。
「私、不老不死って伝説もあるんだよ」
え、だってサンジェって人間、よね……?
人間より長生きする妖怪だって、いつかは存在が消える生き物なのに、不老不死?
「そうだね、どこから話せばいいかな。私ね、地球で生まれるよりも前の、前世の記憶があるんだよ」
「え!?」
前世の記憶!?
「それって、今の私みたいに、座敷童子の時の記憶があるみたいな感じ?」
「うん、そう。ただ、私の場合は、意図的なんだけれど。私はね──……」
そこから説明してくれた内容は、何かもう情報量が多くて、唖然とするだけだったんだけれど。
前世でのサンジェは、異世界でやっぱり魔術師として生きてたらしく、その時に魂や時に関する魔術を研究していたとの事で。
で、自分が死ぬ時に、生まれ変わった先でも研究したいからと、不老不死になる事と、魔術を使う事が出来るようにと、自分の魂の情報を書き換えていたらしい。
そうして生まれ変わったサンジェは、生まれて数年した時点で前世の記憶を思い出して、時魔術を使いこなせる様になって、あとは、ほぼほぼ歴史にある通りの生き方をしてきた……と。
「でも、書物を見る限り、高齢ではあるけれど、ちゃんと死んだ事になってるわよ?」
「ある程度の年齢になったら死んだ事にしておかないと、悪魔と契約したとか、魔女だとか言い掛かり付けられて、火炙りにでもされかねなかったしね。偽の死体を造るのは、そんな難しくなかったし。まぁ、生きてるのがバレるとそれはそれで困るから、一応変装的なもので、髪は銀髪にしたけれど。で、その後は会った時のように、のらりくらり旅をしながら生きてたんだよ」
……妖怪から人間に生まれ変わる、私の人生も大概だとは思うけれど、サンジェの人生もびっくりする話ね。
「あ、流石に不老不死って訳には行かなかったら、長寿程度なんだけどね。不老の効果はそれなりにあったから、今の姿のままで、寿命もせいぜい後数百年位じゃないかな、」
「数百年は、せいぜいってレベルじゃないと思うわよ」
「長生きしてる私は嫌かい?」
口調の割には、何だか犬の垂れたような感じの耳が、見えそうな表情ね。
そんなサンジェに、私はふふっと笑うと「まさか」と返事を返す。
「だって私は前世が妖怪の座敷童子なのよ? それが、生まれ変わって人間になる人生もあるのだし、サンジェが地球より以前の記憶もあって、長生きだからといって、嫌になる理由なんかないわ」
前世が妖怪と、前世が異世界人の地球人なんて、面白い組み合わせとも言えるしね。
私の返事に、サンジェは嬉しそうにニッコリと笑ってくれた。
「──……それで、さっきの質問の返事が聞きたいんだけど、異世界旅行、一緒に行ってみない?」
「……え?」
そのまま暫く他愛もない話を続けていた所で、サンジェから、そう話を持ち掛けられる。
「いろんな世界が本当に沢山あるからね。魔法が盛んな世界、魔法や科学が存在しない代わりに錬金術が発達した世界や音が発達した世界、人間はいなく獣人達が主体に存在している世界、色んな世界の色んな時間を見て巡れるよ?」
「それは……どこの世界もとても面白そうね……。素敵な旅になりそう」
前世の時も、サンジェから話を聞いて、外国に行ってみたかった気持ちがあったのだ。
ただでさえ、生まれ変わっても、塔やら地下牢やらに閉じ込められた人生だったから、色んな世界の色んな時だなんて、それはもう魅力的なお誘いでしかない。
「あ、もし日本に寄りたくなったとかあれば、そっちにも寄るから大丈夫だよ。私、清明とも知り合いだから」
「うん、待って? 私その時代は、流石にはまだ存在してないわ」
清明って、あの陰陽師で有名な彼よね? アナタ随分と顔広すぎない?
「あ、でも」
「え?」
「清明よりも、君が行きたい場所なら、あそこかな」
「どこ?」
目的地を言わない相手に、サンジェはヒソッと行き先を耳元で呟いた。
「! ……」
そしてその答えは、驚きと嬉しさが溢れる内容で。
私の瞳からはあっという間に、沢山の涙が頬を伝っていった。
「マリユス……弟のマリユス、生まれ変わってるの……?」
私の境遇を、ただ一人最後まで訴えてくれた、弟のマリユス。
殺されて、その死因すらも病死とされてしまった子。
「うん。今はね、異世界の、とある国で、優しい両親の下に生まれ変わってるよ」
「そう、なのね……良かった……本当に良かったわ……」
「そしたら、顔見に行ってみようか」
「……いいの?」
「もちろん。ただ彼は生まれ変わって、マリユス君としての記憶は無いけれど。それでも良ければ連れて行って上げれるよ」
マリユスに、マリユスに会える……!!
記憶が無くたって、私の事を覚えてなくたって、そんなの構わないわ!!!
「行くわ! 会いたい! マリユスに会いたい! 姿を一目見れるだけでもいいの、連れて行って!」
私の言葉に、頷きを返してくれた。
あぁ、マリユスと、また会える日が来るだなんて思わなかった。
「それじゃ、行こうか」
そう言って、器用に木の枝の上で立ち上がると、すっと、手を差し出してくる。
「えぇ」
私もそれに応え、ゆっくりと立ち上がる。
その時にマリユスの顔も思い浮かべて、フフッと笑みが浮かぶけれど。
それと一緒に、私が幼い時の家族の事も思い出してしまい、彼の手を取ろうとした手が、そのまま動きを止める。
…………。
そして、私はゆっくり、後ろを振り返った。
振り返った先に見えるのは、遠くて小さいけれども、フォルタン家の屋敷。
「椿?」
手を取ろうとしたままで、後ろを振り返った私に、サンジェが声を掛けてくる。
「……ううん、何でもないわ。行きましょ」
フルフルと首を振り、行こうと促すけれども。
「いいよ、無理しないで」
「無理って……私は何も」
無理してないと言おうとしたのに、遮る様に抱き締められて。
「椿……うぅん、
「──!!」
「独り暗い地下牢で、ずっと長い間、頑張ってきたね。それにラシェルの家族、本当は昔のように戻ってほしかったんだよね」
「……ぁ……わた……し……」
抱き締められて、その胸の暖かさと頑張ったねの言葉、そして家族の事を口にされて、意識してないのに、止めどなく涙が溢れ出していく。
家族を、家を捨てた事に後悔はしていない。
同じ状況に戻ったとしても、私はまた家から逃げるだろう。
でも、それでも、やはり。
座敷童子の記憶が戻る前の、"ただのラシェル・フォルタン"としての私の気持ちに残るのは。
間違いなく、サンジェが口にした通りで。
「戻って、戻ってほしかったの……!! 昔は本当にみんな、や……優し、くて……! なのに、私のギフトに気付いていから、みんな……、どんどんおかしく、なって!!」
「うん」
「何度も何度も戻って欲しいって、こんな事やめてって、い、ったの! っ……、でも、マリユス以外、みんな耳を貸さなくて!! 閉じ込められて……!!! う、うぁぁ、あ、あああああーーーーっ!!!!!」
ギフトが分かるまでは、たしかに幸せな時期もあった。
それは今も覚えている。
私のこの力が、ギフトが、魔性の力なんじゃないのかと思った位には、皆おかしくなって行ってしまって。
だからこそ、マリユスが変わらないままだったのは、本当に救いだった。
「絶対助けるから」って、そう言ってくれてなければ、もしかしたら、自害していたかもしれない。
でもそんなマリユスも、私のせいで殺された様なものだったから。
マリユスが死んだと分かった時に、やはり自害しようかなとも思ったけど、コッソリ様子を見に来てくれる度に「死んじゃいやだよ、姉様」って言ってくれてたから、ずっと生きてこれた。
いつか昔のようになってくれるのではないか、目を覚ましてくれるんじゃないかと、そう思って生きてきてた。
聞き入れてもらえる事なく、独り暗い地下牢に何十年もいる間に、家族への愛が涸れてしまったけれども。でも、それまでの家族へ持ってた愛は嘘じゃない。
私はサンジェの胸の中で、箍が外れたかのように、最後はもう言葉にならない声を上げながら、ずっと泣き続けた──。
「はい、これで目を冷やすといいよ」
「ありがとう」
泣きすぎて、目元が真っ赤になってしまい、サンジェが水で浸したハンカチを渡してくれたので、素直に目に当てた。
「治癒魔術で、すぐに治す事も出来るケド、その前に冷やすと気持ちいいでしょ?」
「えぇ、それに何か落ち着く。ハンカチに何か付けてる?」
「金木犀の香りの香水を少し振りかけてあるんだよ」
「あぁ、だからなのね」
何か懐かしい気持ちになると思ったわ。
そうして少しすると、ようやく気持ち的にも落ち着いてきたので、そう告げると、サンジェがハンカチを取って、私の目元をマジマジと見てくる。
「うん、目の赤みは消えたかな。まだ腫れはあるから、このまま治癒だけ掛けるね」
「ありがとう」
サンジェが治癒魔術を掛けてくれて、目元が落ち着いた。
泣いた事と、気持ちを吐露した事で、心の中で凝り固まっていた物が解けて無くなった感じがする。
目元も心もスッキリした気分だわ。
「さて、そしたらすぐに行くかい? それとももう少し落ち着くまで休む?」
私を心配してか、サンジェがもう少し休んでからと聞いてくれるけれど、本当にもう気持ちが落ち着いたのもあって、私は素直に笑みを浮かべる。
「ううん、もう平気。それにマリユスが、生まれ変わった先で元気にしている姿を早く見たいわ」
「分かった。それじゃ行こうか」
私の言葉に嘘が無いのが分かるのか、そのまま手を差し出してきたので、今度こそ私は、自分の手を彼の手に重ねた。
そして彼が指を弾く音と共に、辺りの周りの景色が段々、朧気になっていく。
やがて景色が全て霧に飲み込まれたように何も見えなくなっていくと、私達はゆっくりゆっくりと、この世界から別の世界へと旅立っていった。
──その後、私達の姿を見た人はいない。……のだけれど、この去る時の場面をたまたま見ていた人がいたらしく、異国の衣装の黒髪女性が、気品のある男性の手を取り、二人共消える様にいなくなった。と言う軽い奇譚話が生まれてしまったとか何とか。
まぁ、私は妖怪だったんだし、不思議な出来事を残していっても、この世界に怪談が一つ増えるだけなんだから、いいわよね、きっと。
*˖⁺𖧷────𖧷────𖧷⁺˖*
欲に目がくらんで、悲惨な結末を辿った家を、椿は座敷童子の時に沢山見てきてます。
ラシェルとして生まれ変わっても、金銭が絡むと人は醜い生き物になるのが大半なんだなと、記憶を思い出せたてからは、大分感情的には落ち着く事が出来ましたが、記憶が戻る前は、弟が正気を保っていたのが、唯一の救いでした。
何十年も幽閉されていたとは言え、ラシェルとして生まれ育ち、僅かな期間とは言え、幸せだった頃があったのも本当なので、愛情が枯れたとはいえ、家族を見放す事は、感情の奥底で躊躇いもあり、サンジェの言葉で泣いて吐き出した事で、漸くラシェルとしても、きちんと家族との関わりを終わらせることが出来たのです。
読んで頂き、ありがとうございます(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾
少しでも続きが気になるとか面白いなと思えましたら、ポイント☆やブックマーク、感想などあると嬉しいです。
次で最終話になります。
最終話もどうぞ、よろしくお願いします(*ˊᗜˋ)
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