8.想いを告げる侯爵令嬢

「え、ちょ、ちょっと……!?」

「前世で私と会った時の事、思い出せたんだよね」

「えぇ、思い出したわ」

「全部?」

「多分、全部だと思うけれど」

 

「……」

「……?」

 

 嬉しそうな声色を上げていたのに、急に静かになってしまった。

 どうしたのかしらと体を離そうとしても、離さないとばかりに、より強く抱き締められてしまって。

 私は動くに動けないままになってしまった。

 

「どうしたの?」

「……を」

「え?」

 

 上手く聞き取れなくて聞き返そうと思ったら、メルガル様がゆっくりと体を離して、私をジッと見つめてくる。

 

「私は、約束を果たせた?」

 

 約束──。

 

 


    

 ──……さて、それじゃそろそろ名残惜しいけど行くかな。随分長い間、お世話になっちゃったね。何かお礼出来るものでもあれば良かったんだけれど。ピアスも貰っちゃったし。

 ──いいわよ、気にしないで。

 ──んー、でも恩を返さないままってのは、なんか落ち着かなくて。

 ──……そうね。それじゃ、もしいつか、私が困った事があったり助けを求める様な事があれば、助けに来てちょうだい、

 ──あぁ、勿論だよ! その時は助けを呼んでね。絶対助けに行くから。

 ──ありがとう。その時はよろしくね? 素敵な魔術師さん。

 

 

 


 あの時の事を言ってるのよね。

 

「勿論よ。約束、果たしてくれたわ。助けてくれて、会いに来てくれて、ありがとう」

 

 彼はしっかり約束を果たしてくれたからと、お礼を言うも、不安そうな眼差しは消えないままだ。

 

「私は結局、死の間際になる迄、君を救えなかったから……もっと早く見付ける事が出来れば良かったんだけれど。座敷童子ちゃんだった時も、結局間に合わなかったし」

「あの時は、仕方ないわよ。村が戦火に巻き込まれて、広範囲が酷い有様だったんだもの。間に合ってたら、むしろ貴方も巻き込まれてたかもしれないんだから、いなくて正解だったわ」

 

 そう、私はサンジェと別れた後、そのままあの村の商家に居たけれど、激化していく戦火に巻き込まれて、最後は村人は死に、他の妖怪達も皆、存在が無くなってしまったのだ。

 妖怪は戦火に巻き込まれても死にはしないけど、妖怪の存在を信じている人間が身近にいないと、存在を保てない。

 あの時、村を含め、近隣の他の町や村も全て戦火に巻き込まれてしまい、近隣に私達妖怪を信じる者がいなくなってしまった。

 私達はそのまま、その場から存在しない者として消えたてしまったのだ。

 

 ……まさか死んだら異世界に転生するなんて、思わなかったけれど。

 

「あの時は、助けを呼ぶ意識を持つ暇も無かったし、気にしないで?」

 

 私は安心させるように、彼の頬に右手を添える。

 その手に擦り寄る様にしてくる姿が可愛く感じて、少し擽ったい気持ちになって、軽くフフッとなってしまった。

 

「ねぇ、私ね。この世界に生まれ変わって、何十年も暗く狭い所に閉じ込められてたけれど。それでも最後の最後に無意識に、貴方に助けを呼んでたのよ? それに応えて時を戻してまでして助けに来てくれたじゃない。これ以上ない程に、貴方は約束を守ってくれたわ」

 

 私の言葉にポロポロ涙を零して、ゆっくりと私の右手を離すと、またフワリと柔らかく抱き締めてくる。

 

「あの時、薄暗いあの地下牢にいる君の姿を見た時、絶対助けないととなって、時を戻してから、すぐに、君のいた屋敷に向かったんだ」

「うん、来てくれて嬉しかったわ」

 

 私が時が戻ってから、塔を出て捕まるまでの時間なんて、そんなに経っていなかったもの。本当にすぐにこっちに向かってくれてたんだなと言うのが、それだけで分かる。

 

「足を切断されそうな所を見て、体中の血が沸騰するかと思った」

「あれは本当に私も恐かったわ。また地下牢へ行く未来しか無いのかと思ったから。あの時も私、誰か助けてって叫んだんだけど、きっとあれも貴方を呼んでたのね。私、生まれ変わってから、誰かに助けを求めた事なんて、ずっと無かったんだもの。きっと貴方なら助けてくれるって、どこかで思ったのかもね」

「それなら、嬉しいな」

 

 頭を私の肩に押し当てる様にして震える声で言ってくる。

 すぐに肩の部分が温かい物で濡れていくのが分かり、私はポンポンと背中を柔らかく何度も叩いた。

 

 

 

 

「ああ、何かもう、再会早々、情けない所を見せちゃったな」

 

 ズズッと鼻を啜りながら、顔を上げて、照れ臭そうに笑ってくるから、私もつられて笑ってしまった。

 

「情けなくなんてないわ。それを言ったら、私なんて時が戻る前は、皺くちゃのおばあちゃんだったのよ? 食事も禄に与えられてなかったし、着るものも着替えなんて無かったから、みすぼらしかったし」

「座敷童子ちゃんなら、私はどんな姿でも愛せるけれど?」

「い、いいいきなりそういう事を言わないでちょうだい!」

 

 急に言われて心臓が跳ね上がってしまって、早鐘の様に鼓動してしまってる。 

 

「嫌だった?」

「だ、だって! 転生してから、そんな事言われた事なかったから……耐性が無くて……!!」

「あー、座敷童子ちゃんは可愛いなあ本当に」

 

 クスクス笑いながら、さっきまで泣いてたとは思えない程、楽しそうに笑いながら私を見つめてくる。

 

 …………のはいいんだけど。いや恥ずかしいんだけれど、それはちょっと置いておくとして。

 

「私、前世を思い出したとは言え、もう座敷童子ではないわよ?」

 

 そもそも座敷童子というのは、個体名ではないのだ。

 いわゆる種族名に近いものだったし、前はともかく、今呼ばれるのは何か落ち着かないものがある。

 

「あ、そうだね。会えたのと思い出して貰えたのが嬉しくて、いつの間にか呼び方が戻ってしまってたね。では改めてラシェル嬢」

「……ごめんなさい、本当ごめんなさい、待って。ラシェルその名前も微妙に思ってしまったわ……」

 

 何せその名前でのいい思い出が、幼い時のわずかだけだから。

 

 でも、そうすると呼び方が無くなってしまうわ。

 ラシェルの名前は嫌だから、それなら座敷童子しかないわね。

 

「やっぱり座敷わら」

「それなら"椿"は?」

「え?」

 

 座敷童子のままで良いと言おうとしたら、日本の花の名前を出される。

 私が何故と思ったのが顔にでも出たのか、これだよと私の着ている着物に軽く触れる。

 

「今、着ている十二単の色合い。赤と黒で、この赤色が、椿を思い起こさせるなって。だから椿に……花の名前にしてみたけれどどう?」

「椿……花の名前………ぁ」

 

 

 ──ちゃんとした名前みたいなのは、無いのかい?

 ──特に無いわね。そもそも妖怪達は、個体名を人間みたいに持たないから」

 ──そう言うもんなんだね。座敷童子ちゃんは、もし名前付けられるなら、どうしたい?

 ──名前ねぇ……考えた事なかったけれど、お花とか好きだから、花の名前とか良いかもね

 ──いいね。座敷童子ちゃんに似合いそうだ

 

 

「もしかして花の名前にしたのって……」

「うん、そう。名前があるなら花の名前がいいって言ってたからさ、椿なら今の君の姿の雰囲気にも似合うし、丁度いいと思うけれど、どうかな?」

 

 細かな所まで、座敷童子の時の私との会話を覚えててくれてるのが嬉しくて。

 

「えぇ!! 椿、椿がいいわ!!」

 

 一も二もなく、私はその名前にする事に決めた。

 ちなみにメルガル様はと言うと、メルガルの名前はこの世界での名前だから、サンジェと呼んでほしいとの事と、"様"はいらないとの事なので、私も、昔の様にサンジェと呼ぶ事にした。

 この世界の、って意味はよく分からないけれど、サンジェの方が呼びやすいしね。

 

 

 そうして。

 

 

「椿」

「なに?」


 早速私を椿と呼んでくるサンジェに、返事をしたら、彼は私の右手を手にした。


「どうしたの?」

 

 私の問い掛けと同時に、サンジェは私の手の甲にキスを落としてきた。

 

「!?」

「前の時も、こうしたの覚えてる?」

「そ、れは……覚えて、るけ、ど……!」 

 

「椿の事が好きだよ。座敷童子の時の君も、生まれ変わって、一生懸命生きてきた君も」

「っ……!」

「椿は? 私が山を去った後、少しは私の事を考えたりしてくれてた?」

「あっ、その…………」

「ふふふ、その様子だと、答えは聞かなくても問題無さそうかな」

「え?」

「だって、凄い熟れたイチゴみたいに真っ赤で可愛い顔してる」

「!!」

 

 真っ赤になってると言われて、私は更に顔が熱くなるのが分かった。

 

 サンジェは聞かなくてもって言ってるけれど、実際その通りで。


 彼が山を去ってから、私は頻繁に誰もいなくなった山小屋を訪れては、一人で過ごす事が多かったのだ。彼の残り香を探すかのように。

 

 最初はそんな気持ちも、手の甲にキスをされたり告白をされたりして、ドキドキしたのを勘違いしてるだけなのかもと、思ったりしてたんだけど。

 

 たったの数カ月だったのに。

 隣にずっといた、彼の存在が暖かさが。ヒンヤリとした床の冷たさが、彼がいない事を、より強く現しているようで、どこか寒さを寂しさを感じてしまっていた。

 

 そうして、彼が使っていた、薬湯を飲んでいた湯呑みや。

 寝る時に使っていた古い上掛け。

 山菜や薬草を採る時に使っていた、籠とかの些細な物にまで。

 

 彼がいた証を、面影を、無意識に探し求めてしまっていた。

 自分の中で彼に対する感情の答えなんて、とっくに出ているのだ。

 

 

 

 自分の意識に集中してしまった私を、サンジェは何をも言わず穏やかな空気で、静かに待ってくれている。

  

 その穏やかな眼差しを見ながら、答えを言うのは無理そうだと悟ったので。

 私は、今度はこちらからと言わんばかりにギュッと抱きつき返した。

 

「……、…………」

 

 と、どうしよう。 

 自分の気持ちは分かったけれども、言葉にするのが恥ずかしくて顔から火が出そう。

 

 好きですとか愛してるとか言えば良いんだろう事は、分かるわよ、分かるんだけど!

 いざ、口にするとなると、こんなに勇気がいるものなのね。

 口から心臓がまろび出そう。

 で、でででも言わないとだし、私もきちんと伝えたいし!!

 

「あ、あのね、その」

「うん」

 

 あああ、待ってくれてる。言わなきゃ! 言わなきゃ……!


 あ、そ、そうだわ。

 

「その」

「うん、ゆっくりでいいよ」

「つ………」

「つ?」

 

 

「月が、綺麗ですね」 

 

  

 どうしよう、これで伝わるかしら。

 いま時間は、夕方になるかどうか位の明るい時間だから、月なんて見えてないけれども。

 

 …………返事が無い。伝わらなかったかしら。

 

 

「うん。"あなたとなら死んでもいいわ"」

 

 サンジェの返事に、胸に押し付けていた顔を離して見上げる。

 そこには、破顔したかの様に、それはもう見たことの無い程に綺麗な笑顔を浮かべてて。

 

「素敵な告白をありがとう。あの小屋の中で、文豪についても語り合ってたの忘れてないよ」

「──うん!」

「椿の気持ちも、きちんと伝わったよ」

「うん」

 

 

 そうして、私はサンジェに強く見つめられたまま、頬に手を添えられてきて。

 彼の顔が近付いてくるのに合わせて、私もゆっくりと瞳を閉じて……私は彼との唇が重なるのを受け入れた。

 






*˖⁺𖧷────𖧷────𖧷⁺˖*


読んで頂き、ありがとうございます(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾


少しでも続きが気になるとか面白いなと思えましたら、ポイント☆やブックマーク、感想などあると嬉しいです。


最後の2話、9話と10話は、明日の12時に更新になります。

続きもどうぞ、よろしくお願いします(*ˊᗜˋ)

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