第6話 写真


 医学分野でノーベル賞を取る為には、東都大学付属病院の脳神経外科チームで研究するのだが、義父である神宮寺聡病院長の力は絶大だ。中には研究成果を上げた恭介を妬み、研究成果を妨害しようと企てる医師たちも少なからずいる。


 それでも…病院長の婿養子恭介にいくら嫉妬心があると言え、誰が歯向かって来れようか。このように誰しも成果を上げ上り詰めたいのは研究者であれば誰しも同じこと。嫉妬、蹴落としが蔓延する医局に置いて、余計な心配事がつきものの研究者の中に置いて、病院長の婿養子と言う肩書は絶大だ。安心して研究に没頭できるというものだ。


 ましてや脳神経外科と言えば、医師たちの中でも選りすぐりのハイスペック集団なのでプライドの塊集団だ。手術の失敗などで提訴されるリスクの高い、脳神経外科や 形成外科は幾ら優秀であっても敬遠する医師たちも多いが、あえて脳神経外科を目標に置くという事は技能、知性両面に相当の自身があって脳神経外科を目指しているのだ。


 当然のこと…自信に溢れる研究成果で人を助けることもさることながら、栄光名誉を掴むため、敢て脳神経外科を目指す医師たちも当然としているのだ。自信とプライドの塊の我こそはと思う医師たちの中には、そんな提訴されるリスクの高いハンディが有りながらも、あえて脳神経外科を志願する医師も後を絶たない。


 *ここで興味深い事例を紹介しておこう

 医事関係訴訟の2021年診療科別既済件数は, 内科が238件でトップ. 次に歯科が100件, 外科が98件と続くが、内科医は人数も多いため, 医師数に対する訴訟リスクは外科や産婦人科, 形成外科が高い。



 恭介が脳神経外科を目指した動機は、そこまで高い志を持っていた訳ではなかった。

 恭介は旅館を経営する両親の元に誕生したが、バブル崩壊後旅館は倒産。父は苦労が祟りすでに亡くなっている。その病名はくも膜下出血だったので、脳神経外科での治療が行われた。このような理由から母を守りぬかなくてはと思う使命感と、父のようなくも膜下出血の患者を救いたい思いから、血のにじむ思いで頑張った。その結果成績優秀だった恭介は奨学金制度を利用して、日本最高峰東都大学医学部を優秀な成績で卒業できた。


 くも膜下出血は、くも膜下にはり巡らされた脳栄養血管の一部が切れる事により起こる。そのほとんどは脳動脈瘤が原因とされていて、くも膜下出血を発症した日本人の約90%は脳動脈瘤の破裂から発症するとされている。父の場合、ストレスや動脈硬化による解離性動脈瘤だった。


 このような理由からリスクは高く、難易度が高くても父のような患者を救いたくて脳神経外科を選んだ。


 最初は純粋に父のような患者を、何としても救いたいと思う正義感に燃えて脳神経外科で、毎日研究に明け暮れていたが、妻美琴と結婚した事で一気に気持ちが変わった。それは義父聡の高みを目指す執念に感化されて、同じ志を持つようになって行った。


 妻美琴と結婚した当初は、妻の余りの金銭感覚に流石に安月給でやって行けないと思い逃げ出したくなり、元彼女静香に泣きついたが、それも静香を支配してしまえば違う願望が頭をもたげるのであった。


 研究成果が認められあと一歩となった時に、チームを率いていく為には義父で病院長の力は絶大だ。


 ましてやノーベル生理学・医学賞は、「生理学及び医学の分野で最も重要な発見を行った」人に贈られる。当然人間の一番の望み、寿命を延ばす研究分野での画期的な発見は、ノーベル賞の対象となる可能性が十分にある。


(あと一歩だ。ノーベル賞さえ取ることが出来たら何も怖くない。地位も名誉も富も全て手に入る)


 🥼💉👩‍⚕️


 静香は出産を前にして不安がよぎっている。確かに恭介の子供とは思うが、それでも100%とは言い切れない。昇の子供である可能性も僅かばかりではあるが、考えられる。それでも…これだけは言える。恭介の子供だったら昇は今度こそ絶対に許してはくれないだろう。どうすればいいのだろう?


 不安と希望が交互に押し寄せる静香だったが、そんな不安を考えながらも出産の日を迎え可愛い女の子を出産できた。


 これには昇は大喜びで、一層仕事に励み家庭でも一層良き夫良き父となり、静香はこの幸せが永遠であって欲しいと強く願うのであった。


 昇は母1人子1人の超マザコンだったが、娘の誕生でやっと母の呪縛から解き放たれることが出来た。母が亡くなった苦しみをやっとのこと封印することが出来たのだ。両親が離婚したことで母親に引き取られたのだが、残念なことにあれだけやり手ケーキ屋さんだった母が、昇が高校3年生の時に子宮がんでこの世を去っていた。


 母の死は昇には想像だにしない苦しみだったが、今は愛する妻と子供にも恵まれ、生命保険や預貯金、更には事業譲渡などで、多額の遺産が転がり込んでいたので、都心といっても郊外の割には交通の便の良い場所を選び、分相応のマンションを購入して幸せの絶頂にいた。



 一方の恭介夫婦だが、折角授かった娘が、可哀想な事に「コケイン症候群」と言う難病で、時間が取れると、娘亜里沙の元に向かう夫婦だった。


 恭介夫婦は亜里沙を親元で面倒を見たいと思っていたのだが、病院長がそれを許さなかった。世間体を何より気にする聡は、本当は障害児施設に入れて人の目に触れさせないようにしたかったが、娘夫婦が頑なに拒んだことで仕方なく奥深い森の別荘に閉じ込め人目に触れさせないようにした。


 だがここで言って置くが、聡は決して亜里沙が可愛くない訳ではない。それが証拠に自分たちのお気に入りの別荘を、亜里沙の為にバリアフリーに改装して、使用人も付け厳重体制を敷いている。只孫以上に世間体を重視している。


「恭介君、君は研究分野で凄まじい実績を出している。亜里沙のことは出来るだけ表面に出さないようにしないと……」


 「お父様亜里沙が可哀そう過ぎ!あんな森に追い出すなんてあんまりよ!💢💢💢」


 このコケイン症候群の子供たちは1歳を過ぎると、健常児に比べて、身長、体重、頭位が小さく、言葉が遅く、はいはいや、捕まり立ち、歩くなど、全ての発達発育が遅いことに気づき病院で診察してもらい気付くことが多い。


 そんな時父の聡が特注のベビーカーと車椅子を届けてくれた。目隠しカーテンで顔が隠れ、どんなに曇りの日でもベビーカーが全面黒いカーテンで覆われている特注品だった。


 結局はこんな孫の姿を人目に晒したくないという強い願望が、にじみ出ているベビーカーであったが、亜里沙ちゃんは好奇心旺盛な普通の女の子なので、すごく外の世界に興味を持っている。


 いつも孤独な生活を送っているので、外で声かけられたり、近所の人に自ら声をかける。ベビーカーの黒い布の向こうから「こんにちは!」とか「だーれ?」「みえない」と言って話しかけてくれるが、近所の住民も外が見たい願望が伝わってきて可哀想で仕方ない。


 外の世界に興味があるのに、こんなに覆われていては見えにくいだろうに、見せてあげればいいのに…といつも思ってしまう。ご近所さんであった。


 だが、義父聡の強い方針は絶対だ。それでも…美琴の母方の祖父は洗剤メーカー「フラワー」の社長だが、口には出さずとも、そこまでしなくてもと聡のことを快く思っていない。そんな孫娘を不憫に思い、「フラワー」はファミリー企業なので孫可愛さに惜しみない支援をしてくれている。


 🥼💉👩‍⚕️


 恭介夫婦は2人目の誕生を心待ちにしているが、中々授からない。妻も不妊治療の辛さから最近は諦めモード。そんな時可愛い子を親せきから貰い受けた。それが江梨香だった。


 妻美琴は江梨香が可愛くて可愛くて仕方がないが、一方で亜里沙のことが不憫で不憫で仕方ない。暇があると別荘に出掛けている。それでも…最近は江梨香を貰い受けた事で生活に張りが出来て来て見違えるほど明るい家庭に戻った。


「江梨香ちゃん今度お姉ちゃんがいる別荘に行きましょうよ」


 まだ2歳の江梨香は喜んでママに付いて行った。

 いつもお姉ちゃんを散歩させるときは、黒いカーテンで覆われ中の子供が見れないようになっているので、好奇の眼差しで見られる。


 それでもそれがこの家族のルールだから仕方がない。そんな娘亜里沙の扱いに疑念を抱きながらも、江梨香がこの家の家族になった事で、そのような理不尽なわだかまりも少し小さくなった。


 だが、そんな幸せな家庭に、ある日の事だ。思いもよらない事件が起きる。美琴が恭介の書斎を片付けていた時にとんでもないものを見てしまった。


 それは本型金庫の存在だ。パッと見ただけでは金庫だと想像もつかない、リアルな洋書風デザインで、本棚に置けば見つかりにくく、隠し金庫として大切なものを守ってくれる。


 シンプルで誰にでも使いやすい作り。更にはノスタルジックな雰囲気のある表紙デザインでインテリアとしても置きやすい見た目だ。素材は内側は鉄を主成分とする合金である「スチール」と、表面の本の部分は紙で作られているので全く金庫だとは分からない。


 その時だ。


 恭介の書斎を掃除をしていた時に本を落としてしまったのだが、その時に”チャリン”と音がしたのだ。拾い上げて本を所定の位置に戻そうとした時に、中でガサゴソ音がした。不思議に思いページをめくってみると最初のページに鍵穴が見つかった。


「ええええええええええぇぇええええええええっ!これは一体何?」


 そこでキーを徹底的に探してみた。すると引き出しの奥に何個かキーが見付かった。1つ1つはめて行くとそのブック型金庫が開いた。


 何と……そこには写真が入っていた。それも何とも美しい女性と恭介が仲良さそうに写っていた。


 この写真を金庫に隠さなければいけない理由は何なのだろうか?




















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る