2話


 「おかえりー」


 母親がすでにご飯を作ってくれる。案外、この時間が一番ましであると思う。学校なんか、無くなればいいのに。


 「ねえ、そろそろ学校で旅行があるんでしょう?楽しみ?」


 寸胴鍋に入れたオニオンスープを回している。コンソメをもう少し入れてほしいな、とふと思ってしまう。

 声には無視して、いったん階段を上り自分の部屋へと向かう。

 

 「行きたくなければ…行かなくてもいいわよ」


 母親は、概して僕の心に土足で踏み込んでくる。


 「うん」


 部屋に戻ると、ハムスターが箱庭の中でうずくまっていた。水やご飯があるのを確認して、一緒に階段を下りた。ハムスターも僕も、黙っていたままだ。


 ハムスターは従順だ。檻から出て別の檻に入れられているのに、文句の一つもない。母は夕食のとき、いつも誇大な一人話をする。その時だけは、声を出そうと思っている。


 「まあそれと、人を傷つけることは言ってはいけないよ。特にSNSでは。匿名なんて、嘘だからね。日頃からそういう癖をつけていると、いつか、本当の世界で言ってしまう人になるから。」


 やけに食器の音が響いてた。母はせわしなくテレビを見ていた。


          ※


 「は?お前何?説教?」


 昨日母が言ってくれた言葉を、そのままクラスメートに言ってみた。なぜだろう。好奇心が勝ったのか。僕の、存在を証明したかったのか。


 「あ、だから、SNSでそうした」


 「何お前、キモイ。」


 その男は立ち上がり、トイレに向かってしまった。今日の床は、まだ埃が残っている。水曜日だから、朝清掃が無いんだ。今度から、僕がやろうと思った。こういう時のために。


 その水曜日が、初めて弁当を水に浸された日だった。


 「なあ、なんか話し出したと思ったら人さまへの説教かよ。キモイ」


 「ちょっと、君の意見なんて求めてないんですけどー!」


 「飯ないの?で?俺に聞くなよそういうの」

 

 浸された弁当は冷たかった。味は覚えていない。多分、覚えたくもないような、覚えられないような薄い味だったから。


          ※


 いつしか攻撃対象になっていた。僕は、小動物で、植物で、サンドバッグだった。その時は、何度目か分からないけれど絡まれていた。教室の僕の空間が、いじめられていた。


「おめーみていな馬鹿はよ、黙ればいいのよ。意見なんて鼻からいらないわけ。分かる?意見していいのは、力のあるやつだけってことだから。」


「よお、ヒロキ」


 ジェームズが僕に絡んできた、そんなに力のない男の注意を引いた。


「おめーもだよ外人。俺らの場所荒らすな。引っ込んでやがれよ。」


 教室の後ろの方で、一番強い男がゆっくりとこちらを覗いていた。顔は知らなかった。初めて会った時から、目線を逸らしているから。顔なんて知らなかった。存在に服従していれば、それでよかった。


 僕は、母の言われたことをそのまま伝えただけなのに、どうしてここまで否定されなければならないんだろう。僕はこのまま、誰にも受け入れられずに死ぬんだろう。そっか、人生は無味乾燥だな。でも、それでいいか。


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