第2話 借り物の拳

 大学というのに初めて行って、授業はちんぷんかんぷんだった。

 ── ヤバい。わからないにもほどがある。


 事前に俺が記憶喪失だと、佐々木が学校に伝えてくれていたから助かった。

 事務の人が、やけに親切だった。


 でも勉強は容赦ない。


 ── これで元に戻ったとき、留年なんてしてたら申し訳ないよな。


 そう思って、必死にノートを取り続けた。


 だから学校で周囲がざわついていたけど、勉強でそれどころじゃなかった。


 ある日──

 

 廊下で誰かとすれ違ったとき、いきなり肩を掴まれた。


「お前、すれ違ったのに無視してんじゃねーよ」


 奏多より、頭一つ分デカい男。

 ── 誰だ? こいつ。


 掴まれた手を、反射的に払う。


「あんた、誰?」


 一瞬、空気が止まった。

 周囲のざわめきが遠のく。


 すると、相手の男が嘲笑いながら言った。


「記憶喪失って本当らしいな。また突き落とされたくなかったら、金貸せよ」


 ── ん? 今、何て言った?


 心臓が、ゆっくりと凍っていく。

 コイツが、”奏多”を突き落とした犯人か?


 威嚇して、低い声で聞く。

「マジで、お前、誰だ?」


 ニヤつきながら、相手が腕を伸ばす。

 その瞬間、反射で身体が動いて躱した。


 相手が一瞬、何が起こったかわからず固まる。


「は……?」


 相手が驚いていた。


「だから、お前、誰だって聞いてんだよ」


 睨みつけながら、一歩踏み込んだ。


 男の顔色が変わった。

 逃げようとしたところを、腕を掴んで引き止める。

「おい、逃げんな」


 “奏多”の身体じゃ力が足りない……。

 ──それでも、目で圧した。


「お、お前……本当に奏多か……?」

 男はそう言って、半ば怯えながら逃げていった。


◆◆


 それから──

 校内で、俺のことが噂になった。


「事故で記憶喪失で、性格が変わったらしい」


 ── いやいや。

 たぶん性格までは変わらないだろ。


 ある日、この前撃退したソイツが、さらにガタイのいいヤツを連れてきた。


「お前、性格変わったって本当かよ?」


 校舎裏に追い込まれ、いきなり殴りかかってきた。


 でも── 力が弱いなら弱いなりに戦い方がある。

 俺は、相手の一番の急所である── ソコを狙って膝蹴りした。


「ぐあっ!」


 相手の男が、悲鳴を上げる。

 ── そりゃあ、股間蹴られりゃ痛いだろうよ。


「てめぇ、よくも……!」

 他のヤツらが攻撃してきたから、容赦なく急所を狙って攻撃した。


「ぐっ……!」

 他のヤツらが悲鳴を上げる。

 ── まあ、痛いよな。


「卑怯なマネするからだよ」

 涼しい顔して、言ってやった。


「でもまあ、高校ならまだわかるけど、大学生にもなってこういうのはガキなんじゃないの?」


 思ったことを言った。

 すると──


「クソが、覚えておけよ」

  そう言って、結局みんな逃げて行った。

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