第9話 境界線

 それから──


 半ば開き直って、奏多の部屋に、呼ばれるたびに通い続けた。


 ある日、奏多のマンションの前で、中年の男性に声をかけられた。


「田中 悠人さんですか?」

「はい?」


 いきなり、会ったこともない人にフルネームで呼ばれて驚いた。


「佐々木と申します。少し、お時間いいですか?」


 ── 佐々木? どこかで聞いたような……。


「奏多さんの件で」


 ── あ、事故の交渉をした”示談金の人”だ。


「何かありました?」

「最近、仲良くして頂いてるようなので、そのお礼と、奏多さんにお変わりないかと思いまして」


「はあ、お変わり……変わらないですよ。普通です」


 何を答えていいか、わからなかった。


「それならいいのですが、受験生ですし、あまり遊びに誘わないで頂けると助かるのですが」


 ── は? 遊び?


「飯食って、話をするだけです。遊んでないから大丈夫です」


 本当に、何を答えればいいかわからなかった。


「そうですか。では、今後ともよろしくお願いします」

 そう言って、佐々木が帰ろうとした。


「え、会って行かないんですか?」

「今日はこれで失礼します」


 深くお辞儀をして、去って行った。


◆◆


「さっき、佐々木さんに会ったよ」

 すると、奏多の顔が少し強張った。


「何か言ってた?」


「あんま遊ぶなって話と、これからもよろしくって……ん? どういうこと?」

 ── 遊ばないで欲しいのか、よろしく頼まれてるのか、どっちだろう?


 俺が考えていると、奏多がにっこり笑って言った。

「佐々木さんに、俺のこと頼まれたんですね」


「え? そういうこと?」

「そうです。だから、お願いしますね」

 ── ん? 本当にそうなのか?


「来なくなったらダメですよ」

「え? あ、ああ……」

 ── どういうこと?


◆◆


「いやあ、もう参りましたよ」

 バイト先で、ため息混じりに先輩に話をした。


「何、また例の少年?」


「あれから佐々木さんって人が来て、俺のこと、いきなりフルネームで呼ばれて……」


「誰? 佐々木さん?」

「事故のとき、電話で示談金の交渉した人です」


 すると、先輩の顔が一瞬固まった。


「なんか、受験生だから、あまり遊びに誘うなって言ったり、これからもよろしくとか言われたり……」


 先輩が、低い声で言った。

「それ、遠回しに”もう来るな”って言ってんな」


「え?」


「少年は、何て言ってた?」

「それは、佐々木さんに頼まれたってことだから、”来なくなったらダメだ”って」


 すると、先輩は少し考え込んで言った。


「お前、完全に巻き込まれてんな。引くなら今だぞ」

「え? いや、それがあってから、もうだいぶ通ってるけど……」


 先輩は、驚いたあとにため息をついた。

「もう手遅れだな。お前の冥福を祈るわ」


 ── は? 冗談だろ?

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