出血

 ──ああ、勿体ない。


 剥いてしまったささくれから滲んだ血を舐め取って、そのまま指先を口に含んだ。

 強く吸い上げると、微かなしょっぱさと金臭い独特の臭気が口に広がる。


「それやめなって〜、手って汚いんだよ。」

「だって、ノートとか血で汚しちゃうもん。強く吸うと血が止まるんだよ。」


 友達にたしなめられて、苦笑いで服の裾で指を拭った。勿論、血が止まっているのを確かめてから。

 だって、服に血が付いたら勿体ないから。


 血は私だ。血を失えば私は死ぬ。命そのものだ。

 心臓だって、血を巡らせる為に働いている。

 脳だって、血がないと働かないし、命を維持できない。

 血を失うことは、私が減ることで、命が減ることだ。

 だから私は血が出たらなるべく取り込むようにしている。

 いつからそう思いだしたのかはわからない。

 ずっと昔からだった気もする。

 子どもの頃からよくささくれとか噛みちぎった爪とか食べていたし。


 病院でする血液検査は、結構苦手だ。

 私から血が抜けていると思うと気持ちが悪くなって、倒れた事もある。

 注射針を抜いた跡を舐めて、看護師さんに怒られたっけ。


「あ。またなっちゃった。」

 

 最近辛いのは、生理。

 だってどう考えても血が失われる。しかも削れた内臓も一緒である。明らかに多量の「私」が減っていく。

 血液検査のように健康の維持に役に立つ訳でもない。

 毎月、強制的に、私の意思に反してそれは訪れる。

 生理用品に吸われた血を摂取する事はできない。

 

 だから取り戻すのは結構大変なんだよね。


 冷たいカッターが腕の中の肉を通ると、寒くないのに鳥肌が立つ。

 暑くもないのに汗をかいて、私は流れ出す血に唇を寄せた。

 

 生理3日目。今月はちょっと重い。

 今まで失った分として納得出来るまで血を飲んだ。

 頭がふわっとして、少しだけ、憂鬱な気分が晴れる。

 痛いのは嫌いだけど、こうして、私は私を補填する。


「顔色悪いよ。またやったの?」

「生理だと、気分悪いんだよね。」


 友達はいつも私の腕の傷を心配してくれる。優しい。

 けれど、私の気持ちは理解してくれない。

 昔、他の人に血液と命の関係について教えてあげたら、「気持ち悪い」と言われて、ブロックされた。

 それ以来、誰にも教えないようにしている。

 だから、この子とはまだ友達。

 この子も含めて、世界中の人はみんな勿体ない事を平気でしている。私だったら出血をティッシュで拭ったりしないし、絆創膏も貼りたくない。


「何かあったかい物でも飲みに行こうか?」

「行く行く。」


 全然集中できないし、面白くもない講義が終わって、2人で街に繰り出した。

 友達と歩く街はなんだか妙に明るくて、足元がふわふわする。


「ちょっと、ふらふらしてると危ないよ。」

「大丈夫大丈夫。」


 さっき血もいっぱい飲んだし、生理なのを忘れるくらい楽しい。

 でもちょっと調子に乗りすぎて、足元の地面を踏み外した。

 ぐるっと回った視界に、青信号。

 甲高いブレーキ音。

 友達の、悲鳴が。


 気がつくとほっぺが濡れていた。

 アスファルトに黒い染み。


「救急車すぐ来るからね!しっかりして……!!」


 誰かが耳元で叫んでいた。

 動かし辛さを感じながらかざした手は赤く染まっていた。


「……あ、もったいない。」


 無駄にしてはいけない。

 手を口に持って行こうとして、気づいた。

 もしかして、私の周りの黒い染みは血?こんなに沢山?

 大変だ。血を失ったら死んでしまう。


「あんた何してんの!?」


 うるさい。


 肩を掴む手を振り払うと、みしみしと全身が軋んだ。


 勿体ない。命が流れてしまう。


 啜り込んだ血は砂利や砂が混じっていたけれど、命には代えられないでしょう。

 青い服の人が私を捕まえようとした。


 人殺し。


 血を飲まないと死んでしまうじゃないか。


 ああ、ほら、目の前が、暗くなって。


 勿体ない。


 血が、流れていく。

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