第3話 ランキング一位の代償

「おはよう、拓真」


朝七時。凛がリビングに現れたとき、拓真はすでにソファでスマホを握りしめていた。


「……おう」


「どうしたの? 顔色悪いよ」


「これ、見て」


拓真がスマホを差し出す。


画面には、VTuberの週間ランキングが表示されていた。


そして、一位の位置に。


『日里燈&東遊里』


の名前が輝いていた。


「…………は?」


凛は目を疑った。


「嘘でしょ」


「嘘じゃない。昨日の配信で、同時接続三万人超えたんだって」


「三万……」


凛はソファに座り込んだ。


一週間前まで、三千人だったのに。


「コメント欄、見た?」


拓真が画面をスクロールする。


『おめでとう!』

『1位当然』

『喧嘩配信最高』

『これからも応援してる』


祝福のコメントが溢れていた。


でも、その中に。


『調子乗ってない?』

『最近つまんない』

『炎上待ち』

『どうせすぐ消える』


そんなコメントも、ちらほらと混ざっている。


「……来たな」


拓真は呟いた。


「アンチ」


「まあ、有名になればこうなるよね」


凛は冷静だった。


「気にしないでいこう」


「そうだな」


でも、拓真の表情は晴れなかった。


***


その日の夜。午後八時。


配信開始。


「はーい! みんなこんばんは! 日里燈です!」


「東遊里です」


『きたああああ』

『1位おめでとう!』

『伝説のコンビ』


コメント欄が流れる。


でも、その中に。


『調子乗んなよ』

『すぐ落ちぶれる』

『喧嘩芸飽きた』


アンチコメントも混ざっている。


「えー、今日はですね! みんなに感謝を込めて、雑談配信していきたいと思います!」


燈の声は、いつもより少しだけ固かった。


「質問コーナーとか、やってみようか」


「いいね。マシュマロ、たくさん来てるし」


遊里がマシュマロ(匿名質問箱)を開く。


「じゃあ、最初の質問。『ふたりが出会ったきっかけは?』」


「あー、これね」


燈が答える。


「高校のときの同級生なんだよ。で、ふたりともゲーム好きで」


「最初は別々に配信してたんだけど、コラボしたら意外と相性良くて」


「それで、ユニット組もうってなった」


『へー』

『高校の同級生なんだ』

『仲良いのか悪いのか』


「次の質問。『普段は喧嘩してないんですか?』」


「してるよ」


「めっちゃしてる」


ふたりは即答した。


『www』

『やっぱり』

『素直』


「でもまあ、配信外でも普通に話すし」


「一応、友達だからね」


「一応って何だよ」


「一応でしょ」


『もう喧嘩の予感』

『この空気好き』


配信は順調に進んでいく。


質問に答えたり、最近のゲームの話をしたり。


視聴者数は、一万人を超えていた。


そして。


「次の質問……」


遊里がマシュマロを開いた瞬間、固まった。


「……遊里?」


「…………」


「どうした?」


「……燈、これ」


遊里がマシュマロの内容を読み上げる。


「『燈って、遊里に依存してない? 遊里がいないと何もできないよね。寄生虫みたい』」


空気が、凍った。


『えっ』

『やばいの来た』

『荒らしじゃん』


「…………」


燈は黙り込んだ。


「燈?」


「……別に、依存してないけど」


燈の声が、低くなる。


「確かに、遊里に助けてもらうこと多いけど。でも、寄生虫って言われる筋合いはない」


「燈、気にしなくていいよ。ただの荒らしだから」


「わかってる。わかってるけど……」


燈の声が震えた。


「なんか、急に全部否定された気分になって」


「燈……」


「俺だって、頑張ってるのに。企画考えて、編集して、配信して。それなのに、寄生虫って……」


『燈、気にすんな』

『応援してる』

『荒らしは無視でいいよ』


リスナーたちが励ますコメントを送る。


でも、燈の気持ちは沈んだままだった。


「……ごめん、ちょっと休憩入れていい?」


「うん、いいよ」


画面が「休憩中」に切り替わった。


***


拓真はヘッドセットを外して、深呼吸した。


「くそ……」


凛が隣の部屋から駆けつけてくる。


「拓真、大丈夫?」


「大丈夫じゃない」


拓真は頭を抱えた。


「なんか、一気に現実突きつけられた気がして」


「ただの荒らしだよ」


「わかってる。わかってるけど……」


拓真は顔を上げた。


「俺、ずっと思ってたんだ。お前に頼りすぎてるんじゃないかって」


「そんなこと——」


「だってそうだろ。配信の進行も、トラブル対応も、全部お前が仕切ってる。俺は、ただ騒いでるだけ」


「拓真」


凛は拓真の肩を掴んだ。


「それは違う」


「え?」


「確かに、私が進行役やってる。でも、それは向き不向きの問題」


凛は真剣な目で言った。


「拓真は、場を盛り上げる才能がある。視聴者を楽しませる力がある。私にはそれができない」


「でも——」


「ふたりで一組なの。どっちが上とか下とか、そういうのじゃない」


凛は拓真の目を見た。


「拓真がいなかったら、私の配信なんて誰も見ないよ。つまんないもん」


「……そんなことない」


「ある。私、トーク下手だし、リアクション薄いし」


凛は笑った。


「だから、拓真が必要なの」


「凛……」


拓真は目頭が熱くなった。


「ありがとう」


「礼なんていいから。早く戻ろう。視聴者、待ってるよ」


「……うん」


拓真はヘッドセットを装着した。


***


配信再開。


「お待たせしました。日里燈です」


「東遊里です」


『おかえり』

『大丈夫?』

『応援してる』


コメント欄が温かい言葉で埋まる。


「えっと、さっきは取り乱してごめん」


燈が謝罪する。


「でも、ひとつだけ言わせて」


燈は画面を見つめた。


「俺と遊里は、ふたりで一組。どっちが欠けても成り立たない」


「燈……」


「遊里がいるから、俺は配信できる。俺がいるから、遊里の配信が面白くなる」


燈の声に、力が戻ってきた。


「だから、寄生虫とか言われても、全然気にしない。これが俺たちのスタイルだから」


「……かっこいいこと言うじゃん」


遊里が笑った。


「でも、燈。ひとつ訂正していい?」


「なに?」


「私の配信、元から面白くないから」


「はあ!?」


『www』

『遊里www』

『この流れで喧嘩www』


「だから、拓真が——じゃなくて、燈が盛り上げてくれてるの」


「いや、お前も十分面白いから!」


「どこが?」


「ツッコミとか! 冷静な対応とか!」


「それ、普通のこと言ってるだけだけど」


「普通じゃない! お前のツッコミ最高だから!」


「……ありがと」


遊里の声が、少しだけ嬉しそうだった。


『ふたりとも最高』

『これが見たかった』

『応援し続ける』

『1位おめでとう!』


コメント欄が、祝福の言葉で埋め尽くされる。


「……よし! じゃあ、気を取り直して!」


燈が明るく言った。


「今日は、視聴者参加型のゲーム大会やります!」


「え、そんな企画あった?」


「今決めた」


「また勝手に決めてる!」


「いいじゃん! 盛り上がるって!」


「盛り上がるかどうかじゃなくて!」


『喧嘩してて草』

『安定のふたり』

『これこれ』


配信は、そのまま深夜まで続いた。


視聴者参加型のゲーム大会は大盛況。


燈と遊里の掛け合いに、リスナーたちは笑い転げた。


そして、配信終了。


同時接続数は、最高で四万人を記録していた。


***


「お疲れ」


「お疲れ」


拓真と凛は、リビングでお茶を飲んでいた。


「なあ、凛」


「なに?」


「さっきの、ありがとな」


「もういいって」


凛は笑った。


「でも、本当だよ。拓真がいなきゃ、私なんて何もできない」


「俺もだよ。お前がいなきゃ、配信できない」


ふたりは顔を見合わせて、笑った。


「これからも、よろしくな」


「こちらこそ」


拓真と凛は、拳を合わせた。


翌朝。


VTuber週間ランキングが更新された。


日里燈&東遊里は、二週連続で一位を獲得していた。


そして、コメント欄には。


『応援してる』

『これからも喧嘩しながら頑張って』

『世界一うるさいコンビ最高』


そんな言葉が、溢れていた。


アンチのコメントも、まだ残っている。


でも、それ以上に。


応援してくれる人たちがいる。


それだけで、十分だった。


「よし、今日も配信頑張るか」


「うん」


世界一うるさい青春は、今日も続いていく。

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