第2話 炎上じゃなくてバズりました
伝説の放送事故から三日後。
拓真は自室のベッドで寝転がりながら、スマホを眺めていた。
「うわあ……まだ増えてる」
チャンネル登録者数は、ついに十万人を突破していた。
一週間前まで三万人だったのに。
『喧嘩VTuberって新ジャンルじゃん』
『燈と遊里の掛け合い中毒性ある』
『毎日見に来ちゃう』
リプライを読みながら、拓真は複雑な気持ちになった。
嬉しいけど、なんだか釈然としない。
コンコン。
ドアがノックされた。
「拓真、入るよ」
凛が部屋に入ってくる。手には二本のペットボトル。
「はい、お茶」
「サンキュー」
凛はベッドの端に腰掛けた。
「ねえ、今日の配信どうする?」
「どうするって?」
「だって、みんな喧嘩配信期待してるでしょ。また喧嘩する?」
拓真は起き上がった。
「いや、わざとらしいのは嫌だな」
「私も。演技で喧嘩とか、なんか違う」
「だよな」
ふたりは顔を見合わせた。
「……じゃあ、普通に配信する?」
「普通にって、どう普通に?」
「普通に、ゲームして、普通に喋って」
「で、普通に喧嘩になると」
「それ、結局いつも通りじゃん」
凛は肩をすくめた。
「それでいいんじゃない? 無理に作らなくても、どうせ私たち喧嘩するし」
「……まあ、そうだな」
***
その日の夜。午後八時。
配信開始の時間だ。
「はーい! みんなこんばんは! 日里燈だよー!」
「東遊里です」
画面には、緑髪の燈と青髪の遊里のアバターが映っている。
『きたああああ』
『待ってました』
『今日は喧嘩する?』
『喧嘩配信希望』
コメント欄が一瞬で流れていく。
視聴者数は、開始三分で五千人を突破した。
「えー、今日はですね。ホラーゲームをやっていきたいと思います!」
「燈が勝手に決めた企画です」
「相談したから!!」
「してない」
「したよ!! 昨日の夜!」
「あー……したっけ?」
『もう喧嘩してて草』
『安定の空気』
『これこれ』
燈は深呼吸した。
「まあいいや。とにかく、ホラゲーやるよ。遊里、怖いの平気?」
「余裕」
「お、強気だね」
「燈こそ、泣くなよ?」
「泣かねーし!!」
ゲームが始まる。
タイトルは『閉ざされた病院』。定番の和風ホラーゲームだ。
薄暗い廊下を、主人公が歩いていく。
「うわ、雰囲気やばいな……」
「まだ何も起きてないけど」
「でもさ、この静けさが逆に怖くない?」
「燈、もう怖がってる?」
「怖がってねーし!」
ギシッ。
画面の奥で、ドアが開いた。
「!!!」
燈のアバターがビクッと動く。
「今の見た!?」
「見た。ドア開いただけでしょ」
「いや、でも! 勝手に開いたよ!?」
「そういうゲームだから」
「わかってるけど!!」
『燈ビビりすぎ』
『かわいい』
『遊里は冷静』
主人公が廊下を進む。
角を曲がると——
ガシャアアアアン!!!
「うわああああああ!!!!」
燈の悲鳴が配信に響き渡る。
画面には、血まみれの女性が立っていた。
「やばいやばいやばい!! 逃げろ!!」
「落ち着いて、燈。こっちに隠れ場所がある」
「どこ!? どこ!?」
「右の部屋」
「右ってどっち!?」
「画面の右!!」
「わかんない!!」
「お前の右手の方向!!!」
『パニックすぎる』
『遊里のツッコミ冷静』
『このコンビ最高』
なんとか部屋に逃げ込む。
ドアの向こうから、女性の足音が聞こえる。
「……やば、心臓バクバクしてる」
「燈、呼吸荒いよ。マイク入ってる」
「それどころじゃねえ!!」
足音が遠ざかっていく。
「……行った?」
「みたいだね」
「ふう……助かった……」
燈は安堵のため息をついた。
その瞬間。
窓ガラスが割れて、女性が飛び込んできた。
「ぎゃああああああああ!!!!!」
「燈、落ち着いて! ダッシュボタン!!」
「どれ!? どれ!?」
「Shiftキー!!」
「押してる押してる!!」
「全然走ってないけど!?」
「えっ、なんで!?」
「スタミナ切れてるから!!」
「知らねーよそんなの!!!」
ゲームオーバー。
画面が暗転した。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
「燈、下手すぎない?」
「はあ!?」
『喧嘩の予感』
『きたきた』
『これが見たかった』
「だって、ちゃんと指示出したのに全然聞いてないし」
「聞いてたよ!! でもパニックだったんだよ!!」
「パニックになりすぎ。ゲームだよ?」
「わかってるよ!! でも怖いもんは怖いの!!」
「じゃあホラゲー選ぶなよ」
「お前が了承したんだろ!!」
「したっけ?」
「さっき自分で言ったじゃん!!!」
『www』
『喧嘩してる喧嘩してる』
『最高』
『スパチャ投げるわ』
スーパーチャットが次々と飛んでくる。
「あ、ありがとうございます……」
燈はスパチャを読み上げた。
「『喧嘩してるけど息ぴったりで面白い』……息、ぴったり?」
「全然合ってないけどね」
「お前がちゃんと聞いてないからだろ」
「燈が下手なだけでしょ」
「もう一回言ってみろ」
「下手。へ・た」
「遊里ィ!!!」
『この空気好き』
『喧嘩しながら配信続けて』
『これからも応援する』
配信は、そのまま二時間続いた。
燈がゲームで死ぬたびに、遊里がツッコミを入れる。
燈が反論する。
ふたりが言い合いになる。
でも、なぜか笑いが起きる。
視聴者は、それを楽しんでいた。
***
配信終了後。
拓真はヘッドセットを外して、大きく伸びをした。
「疲れた……」
隣の部屋から、凛が現れる。
「お疲れ」
「お疲れ」
ふたりはリビングに移動して、ソファに座った。
「なあ、凛」
「なに?」
「俺たち、このままでいいのかな」
拓真はスマホを見せた。
画面には、配信のアーカイブ。
再生数は、すでに十万回を超えている。
「喧嘩しながら配信って、なんか……変じゃない?」
「変だけど」
凛は肩をすくめた。
「みんな楽しんでくれてるし、いいんじゃない?」
「でも——」
「拓真」
凛は拓真の目を見た。
「私たち、別に演技してるわけじゃないでしょ。素でやってるだけ」
「まあ、そうだけど」
「なら、いいじゃん。ありのままで」
凛は笑った。
「喧嘩しながらでも、配信は楽しいし。視聴者も喜んでる。それで十分じゃない?」
「……そっか」
拓真も笑った。
「そうだな。俺たちらしく、やろう」
「うん」
ふたりは拳を合わせた。
これが、日里燈と東遊里の新しいスタイル。
喧嘩しながら、笑い合いながら、全力で配信する。
世界一うるさい青春は、まだ始まったばかりだ。
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