「ちょ、相方?!炎上するぞそれ!」
東
第1話 マイク、切り忘れました
「はいはーい! 今日も元気に配信始めていくよー!」
画面の向こうで、日里燈の明るい声が響く。緑色の髪を立てた、元気系男性VTuberのアバターがびしっとポーズを決めている。
「燈、テンション高すぎ。まだ挨拶だよ?」
対照的に、落ち着いた声で返すのは相方の東遊里。青い髪をショートカットにした、クール系女性VTuberのアバターだ。
『燈くんかっこいい〜!』
『ゆうりんもかわいい!』
『今日のゲーム何?』
コメント欄が流れていく。
「今日はねー、視聴者参加型のマイクラ企画だよ! みんなで街作り!」
「燈が勝手に決めた企画な」
「遊里も賛成したじゃん!」
「仕方なくね」
軽口を叩き合いながら、配信は順調に進んでいく。こういう掛け合いが、ふたりの持ち味だった。
視聴者数は約三千人。まあまあの数字だ。
「じゃあ、ちょっとトイレ休憩入るね。五分後に戻るから、待っててー!」
燈のアバターが手を振る。画面には「準備中」の文字が表示された。
***
モニターの前で、葉夜拓真は大きく伸びをした。
「ふう……喉渇いた」
隣の部屋から、鷹野凛が現れる。配信用のヘッドセットを外して、不機嫌そうな顔をしていた。
「おい、燈」
「なんだよ」
「お前、また企画の相談なしで勝手に決めただろ」
「え? あれ、前に話したじゃん」
「話してねーよ! 私、今日は別のゲーム配信の予定だったんだけど?」
拓真は首を傾げた。
「いや、絶対話した。お前が忘れてるだけ」
「忘れてない! お前が勝手に進めたんだろ!」
「はあ!? お前の記憶力がポンコツなだけだろ!」
「ポンコツ!? 誰がポンコツだって!?」
ふたりの声が大きくなっていく。いつものことだ。画面の向こうでは息ぴったりのコンビも、マイクの外では毎日がこれである。
「大体お前、昨日の編集も雑だったし! あのカット、タイミング変じゃなかった?」
「はあ!? あれでベストだったんだけど!? お前の感覚がズレてんだよ!」
「ズレてない! お前の編集センスが壊滅的なの!」
「てめえ、もう一回言ってみろ!」
「壊滅的! 壊滅的! 壊・滅・的ー!」
拓真は椅子から立ち上がり、凛に詰め寄った。凛も負けじと睨み返す。
「お前なあ、いい加減にしろよ! 私がどれだけ苦労して——」
「苦労? 俺だって毎日必死だっつーの! お前こそ——」
その瞬間。
『えっ』
『聞こえてるんだけど』
『マイク切れてなくない?』
『喧嘩してるwww』
『うわあああああ』
ふたりの目が、同時にモニターに向いた。
画面には「準備中」の文字。
しかし、コメント欄が猛スピードで流れている。
「…………あ」
「…………やば」
拓真は慌ててマイクを確認した。
ミュートボタンが、押されていない。
つまり、この五分間の喧嘩が、全部配信に乗っていた。
「うわああああああああ!!!」
拓真の絶叫が、さらに配信に乗った。
***
『草』
『草草草』
『喧嘩してるの草』
『仲悪すぎて草』
『これ炎上するやつ』
『むしろ好き』
『リアルすぎる』
『ポンコツ言われてて草』
コメント欄は阿鼻叫喚だった。
拓真は真っ青な顔で、震える手でマイクをミュートにした。
「おわった……おわった……」
「お前のせいじゃん! なんでミュートにしてないの!」
「してたつもりだった! っていうか、お前も確認しろよ!」
「は!? お前の担当だろ、そこは!」
ふたりは顔を見合わせた。
そして、同時に叫んだ。
「どうすんだよこれええええええ!!!」
視聴者数が、みるみる増えていく。
三千人、四千人、五千人……。
『Twitterでバズってる』
『見に来ました』
『配信事故って聞いて』
『続き気になる』
「えっ、なにこれ」
「視聴者、増えてる……?」
拓真と凛は、呆然とモニターを見つめた。
六千人、七千人、八千人……。
『配信事故面白すぎる』
『これは伝説になる』
『逆に好感度上がった』
『喧嘩しながら配信するスタイル新しい』
『続き見せて』
「ちょ、待って。これ、もしかして……」
凛が恐る恐る口を開いた。
「バズってる?」
「バズってんじゃん!!!」
拓真は頭を抱えた。
炎上を覚悟していたのに、なぜかリスナーたちは楽しんでいる。というか、むしろ盛り上がっている。
『謝罪配信はよ』
『いや謝罪いらん、このまま続けて』
『喧嘩配信しろ』
『これが見たかった』
「どうする? このまま終わる?」
「いや、でも……」
拓真は画面を見た。視聴者数は一万人を突破していた。
これは、チャンスかもしれない。
「……やるか」
「は?」
「このまま、配信続けよう」
拓真は覚悟を決めた表情で、マイクのミュートを解除した。
「えー、みなさん、お待たせしました! 日里燈です!」
「東遊里です……」
凛も渋々ヘッドセットを装着した。
『きたああああ』
『続き!続き!』
『喧嘩の続きは?』
「あの、さっきのは……」
拓真が言いかけたとき、凛が割って入った。
「見ての通り、私たち普段から喧嘩してます」
『知ってた』
『やっぱりな』
『最高』
「え、ちょっと待って遊里——」
「燈の企画は独断専行だし、編集は雑だし、マイクも切り忘れるし」
「おい!!! それ全部暴露すんな!!!」
『wwwww』
『喧嘩再開』
『最高の配信』
画面の向こうで、ふたりのアバターがドタバタと動き回る。
「大体お前だって、台本通りに喋らないし、突然アドリブ入れるし!」
「台本がつまんないからでしょ!」
「つまんなくねーよ!!」
視聴者数は、一万五千人を突破した。
『スパチャ投げるわ』
『応援してる』
『これからもこのスタイルで』
『世界一うるさいコンビ好き』
スーパーチャットが次々と飛んでくる。
「あ、ありがとうございます……?」
拓真は困惑しながらも、スパチャを読み上げた。
「『喧嘩しながら配信するVTuber初めて見た。最高です』……嬉しいような、複雑な気分だな」
「まあ、これが私たちの日常だし」
凛が肩をすくめた。
「隠しても仕方ないか」
「……そうだな」
ふたりは顔を見合わせて、小さく笑った。
「じゃあ、気を取り直して! マイクラ企画、始めていきましょう!」
「って、燈。また勝手に進めようとしてる」
「あ、悪い悪い。遊里はどう思う?」
「は? 今さら聞く?」
「聞いてるんだよ!」
「もういいよ! やろう! マイクラ!」
『喧嘩してて草』
『このコンビ最高』
『登録した』
こうして、日里燈と東遊里の配信は、史上最悪の放送事故から、史上最高のバズり配信へと変貌を遂げた。
翌日。
ふたりのチャンネル登録者数は、一気に五万人増えていた。
そして、Twitterのトレンドには「#世界一うるさいVTuber」のハッシュタグが躍っていた。
***
「やっちまったな……」
「やっちまったね……」
拓真と凛は、自宅のリビングで並んで座り、スマホを見つめていた。
『喧嘩配信最高だった』
『続編希望』
『毎日喧嘩しながら配信して』
リプライ欄は、予想外の好意的なコメントで溢れていた。
「これ、もう後戻りできないよな」
「できないね」
「……まあ、いいか」
拓真は諦めたように笑った。
「どうせ、喧嘩するのはいつものことだし」
「そうだね。隠す必要もないし」
凛も笑った。
ふたりの「世界一うるさい青春」は、こうして幕を開けた。
全世界に、ダダ漏れの状態で。
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