億万長者サブスク

ちびまるフォイ

大富豪リバウンドの治療

「山田くん、この資料今日までにまとめられるかな?」


「え? 部長。もう定時っすけど」


「そこをなんとか」


「いやムリですね。自分の時間削ってまで働きたくないっす。

 今どきワークライフバランスですよ、部長。お先に」


「あっ……」


部下である山田はささっと帰ってしまったので、

電気が消えたオフィス夜なべして自分が残業した。


「今の子は変わったなぁ。

 私の時代なかはみんなががむしゃらにお金を稼いだものだ」


いい車。人気のブランド。いい時計。

とにかく人より優れたものを手に入れる。


競うようにお金を稼いでいて、それがステータスだった。

しかし今はその覇気がなく誰もが無欲に生活している。


「時代なんだなぁ……」


デカい独り言を呟いて仕事を終えた。

それからしばらくした頃。


「ぶ、部長。ちょっとお時間よろしいですか?」


「どうしたんだね課長くん」


「実はうちの山田が……」


「え。なんかやらかした?」


「いえ逆です。とにかく見てください」


オフィスに向かうと、瞳に炎がともっている山田がいた。

バリバリと仕事をして休み時間にも必死に勉強している。


「な……なんだあの変わりようは……。

 隙あればスマホ見ていたのに……」


「部長にもそう見えます?

 やっぱり変わりましたよね、彼」


「やばい薬やってないよね?」


「それまっさきに疑うの上司としてどうなんですか」


心配になったので山田を別室に呼び出した。

山田は入りたて新入社員のようなギラつきを出している。


「や、山田くん。最近がんばってるそうだね……」


「はい!!!!」


「なんかすごい自己啓発本でも読んだ?」


「あんな自己啓発に見せかけた自分語りなんて読んでません!

 ただぼくは! とにかく! お金を稼ぎたいのです!!」


「え? はぁ」


「というわけで次の企画書を用意しました!

 営業もいきます!! なので給料あげてください!!」


「お、おお……?」


山田から聞けた話は次の給料アップまでの相談ばかり。

この変わりようの真実は女子社員のいる給湯室で知った。


「部長、山田さん最近サブスク経験したみたいですよ」


「サブスク?」


「億万長者サブスクです」


「なにそれ……。それであんなに変わるものなのか?」


その日の仕事終わり。好奇心にかられてサブスクを調べる。

どうやらネットでポチって契約ではないらしい。


「ここか……。こ、こんにちは」


「いらっしゃいませ。億万長者サブスク受付へようこそ。ご希望ですか?」


「まあ、はい。いくらかかるんです?」


「無料です」

「へ」


「期間は1ヶ月。加入料金は無料ですが、初回のみです。

 2回目はすべてのお客様をお断りしています」


「1回こっきりのサブスクなんですね」


「はい。ではこちらで顔認証と指紋登録。

 声紋登録と、おしりの型を取ったら利用開始です」


「すごい厳重だ……」


おしりをセメントにつけて型をとりおわる。


「以上で契約は完了です。重ねますが2回目の利用や延長はお断りしています」


「わかりました」


「ではこちらを。はい、1兆円」


「1000000000000円!?」


「あ、足りなければ追加するので教えて下さい」


億万長者サブスクは、大富豪の生活を体験できるというものだった。

1ヶ月の期間終了後にはすべて回収される。


「ひゃっほーー! こんな大金が手に入るなんて!!」


これまでは場末の安居酒屋で飲んでいたが、

高級キャバクラをいくらハシゴしようとお金は尽きない。


「部長、はぶりがよくって素敵~~!」

「ねえ。このあとアフターしない?」


「ぬっはっは! これが億万長者の生活かぁ~~!!」


大金を手に入れるだけで世界は劇的に変化する。


地面に吐かれたガムくらいにしか見られていなかったのに異性からモテモテ。

欲しいものはなんでも買える、あらゆるストレスを金の力で解消。


人生の最高潮の生活はあっという間に1ヶ月を過ぎた。


「以上でサブスクは終了です、ご利用ありがとうございました」


「はあ……。あっという間だった。まるで夢みたいだ」


1ヶ月後に現実へと戻される。


あれだけ連絡先を交換していたキャバ嬢は

お金の匂いがなくなるやあっという間に音信不通。


高級料理も食べられなくなり、ふたたび安居酒屋へと舞い戻る。


「今まではこれになんの不満もなかったのか」


一度でも億万長者の生活を味わってしまうと、

今の生活はあまりにしょぼくて息苦しく感じる。


前と同じ水準を、とまではいかなくても

もっと稼いで前の生活を近づけたいと思い始めた。


「うおお! お金を稼がないと!!

 稼いで、稼いで! もっといい人生を歩まなくちゃ!!」


おしりに火がついたように仕事にのめり込んだ。

寝る間も惜しんで勉強して、しっかり仕事中に睡眠を取る。


かつて人がかわったようにバリキャリへと転身した山田。

彼もきっと同じ気持ちだったのだろう。


億万長者生活を味わって、現実の生活とのギャップに気づく。

自分が満たされていなかったことを自覚して努力に励んだのか。


「今はあいつの気持ちがわかる! 私も金が欲しい!!!」


必死に勉強し、必死に営業し、必死に企画案を作った。

その結果が実る人事発表の日。


「これだけ頑張ったんだ。きっと昇格してめっちゃ給料も……」


掲示板に貼り出された人事発表。

そこにはもちろん自分の名前が書かれている。その役職は……。



「か、変わってない!? 現状維持!?」



あまりに悔しくて強引に社長室へと乗り込んだ。


「社長!! 今ビンタするお時間よろしいですか!!」


「暴力前提で社長室くるのやめてくれるかな……」


「どうしてこれだけ頑張ったのに!! 給料かわらないんですか!!」


「うちは基本、年功序列だから……。

 実力主義で多少は盛ることもあるけど、

 そんな急にぽんと給料はあげられないよ」


「私は1兆円ぶんの仕事をしている自負があります!!!」


「それ社長のわたしの年収超えてないか?」


いくら社長にかけあっても馬の耳にK-POP。

ダンサブルな楽曲に踊りだすことはあっても、給料は上がらない。


「これが日本のかかえる経済の闇か……」


あれから頑張っていた山田も給料が上がらないのを知ると、

仕事をやめて他のもっと金を出す会社に転職したという。


ただし理想が高すぎて転職先もなかなか見つからず、

今は蟹釣り漁船で乳牛を育てるビジネスをやっているという。


「はあ、転職先もバカみたいに稼げる場所はないし……。

 現実はなんて厳しいんだ……」


このままの人生を歩んでも億万長者に思いを馳せ続ける。

まるで初恋の相手を忘れられず引きずり続けるように。


「億万長者サブスクなんかしなけりゃ……。

 ……いや、待てよ?」


億万長者サブスクは1回限定で再度入ることはできない。

本当にそうだろうか。


そこからの行動は早かった。

整形外科に通い、声の質を変え、指紋すら変更した。

ちょっぴりダイエットもしておしりの形も変えている。


「完璧だ! どこからどう見ても別人だ!!!」


自分以外に自分が自分だと認識できないだろう。

それくらい別人へと整形完了。


ふたたび億万長者サブスクに向かう。


「いらっしゃいませ。億万長者サブスク受付へようこそ。ご希望ですか?」


「ええ。そうです」


「こちらは初回限定のサブスクとなります。

 お客様が1度体験済みでないかをチェックしますね」


「よこざんす」


「顔認証……。不一致、問題ないですね」

「もちろん」


「次は声紋です。これも問題なし」

「でしょう」


「指紋を確認します。大丈夫ですね」

「当然です」


「最後におしりの形をチェックします」

「無駄なことです」


おしりを機械に通したときだった。

けたたましいアラームが響く。


「お客様、あなたはどうやら2度目ですね?」


「バカな。おしりの形は一致しないはず! それほど痩せたのに!!」


「肛紋のしわが一致したんです。

 あなたは体験者なのでサブスクには入れません」


「ちくしょう! ぬかったぁ!」


「どうしてこんなことを?」


「億万長者サブスクに入り直してから、

 そのお金で整形を取り消せばいいと思ってました」


「いや偽ろうとした理由じゃなく、

 二度目のサブスクに入ろうと思った理由です」


「そんなの決まってるじゃないですか。

 あの億万長者の生活が忘れられないんです。

 あれを味わってからの日常生活はしんどかった」


「大富豪リバウンドですか」


「このままじゃ日常生活に不満を持ちながら一生を過ごす。

 こんな拷問ほかにありますか! つらすぎます!!」


「いえ、あなたの今の人生も非常に恵まれてるんですよ?」


「億万長者生活してからそう思えるわけないでしょう!?」


「それを痛感するためのサブスクもございます。

 こちらは2度目も利用できますが、やってみますか?」


「え! そんな良いものが!? ぜひ入ります!!」




サブスクは1ヶ月。

終了までの1ヶ月後、今まで感じていた不満は消えた。


元の生活に戻ると今の生活がいかに恵まれていて、

そして自分は今とってもいい生活をしていると痛感した。


「ああ、自分はなんてぜいたくな悩みをしていたのだろう。

 衣食住があって、普通に生活できる。

 これだけで十分すばらしいじゃないか……!」




それほどまで『大貧民サブスク』で味わった1ヶ月。

あの悪夢の1ヶ月を過ぎてからは日常が本当に快適に思えた。

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