une diagonale 対角線


「やっぱやめる!」

ドアの前でアーリンは立ち止まってきびすを返す。

「もーーっ!ここまで来て!今さら帰るの?!」

ライラックは呆れた顔でアーリンを見る。アーリンは困った顔でライラックを見た。

「だって…。うっとーしそうだし……」

”ファイランジアのアーリン王子”はこういう場所には来ないことで有名だ。いつしか自分のイメージだけが一人歩きして、”女ったらしのリュート王子”とは反対の優しくて真面目で、女性にオクテの”カワイイ”王子と思い込まれているらしい。本当は舞踏会に出ないのは『めんどくさい』し、うちで寝ていたほうが『ラク』だからなのだが、周りはそうは思っていないようだ。今から中に一歩足を踏み入れれば、間違いなく自分は見せ物だ。普段でもなぜかは解らないが、自分を見てキャーキャーと黄色い悲鳴を上げる女性たちがいる。きっと今日だって、そういうヒトたちがいるはずだ。

入り口の前で、ひとりグズグズしているアーリンの後ろに人影が見えた。ライラックはその人影に声をかける。


「あ!ねぇ、ちょっとリュートからも言ってよ」

そのライラックの言葉を聞いて、アーリンの目が大きくなる。


――リュート?

アーリンはその名前を聞いて、ライラックが見ている人物の方を振り返って見た。相手も自分を見ていた。

「…小せえな…おまえ……」

それが、クロイアーツの”リュート王子”のアーリンに対する最初の一言だった。



⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹




着飾った若い男女がひしめく広間。あちこちから明るい話し声や笑い声が聞こえてくる。

 

部屋の中央に並べられた料理。その向こう側には椅子がいくつか並べられている。その広間の隅の方に3つの人影が見える。

 

「ひでーな。それで無理やり連れてくんのかよ」

「うん、まぁね。でもどーせそのうち来なきゃなんないんだし、いいんじゃないの?サファスだって見たいっていってたじゃん」

サファスの向かい側で、ケーキを山盛りに盛った皿を見つめながら話しているのは、サファスのイトコのユーリウェン・レイルーシアだ。

ユーリウェンはキアロスクーロの南西の国レイルーシアの王子で、アーリンと一緒の法術の修練所の修練生だ。

彼はは肩から下ろした髪を束ねなおすとフォークを握る。

「さぁ食べるぞー!今回は気合入れてきたからね。ケーキバイキング制覇のためにおなかもばっちりすかしてきたし」

そんなユーリウェンを見ながら、隣でため息をついている影。

「普通さぁ、男ってあんまケーキって食わねーと思うけど…」

「いいじゃん。アッシュも食べなよ。おいしいよ?」

「ヤダよ。いらねーよ。酒飲んでるほうがいいじゃん」

そういいながら、アッシュは呆れ顔でユーリウェンを眺める。

アッシュ・シェルフューズは、ユーリウェンの親友で彼もまた法術の修練生だ。シェルフューズは、キアロスクーロの北西にある国で宮殿のある国である。

アッシュはケーキを黙々と食べているユーリウェンを横目に、サファスに聞く。

「でもさ、今日リュート来るんだよな。あの2人って、顔合わせてもダイジョーブなのかぁ?」

アッシュの困ったような顔を見て、サファスも同じような顔をした。

「…さぁ…わかんねぇけど…。どーだろうな…」



アーリン王子とリュート王子は、お互いそれぞれの術派の後継者だ。サーベルマスターにもハイドロマスターにもちゃんと組織があって、それぞれ上層部がある。その上層部は『評議会』と呼ばれ、術を鍛錬して経験を積んだお偉方がたくさんいる。

そのお偉方が自分たちの術派のなかで特に優秀な人間を選んで、”特別なポスト”を与える。それが『統帥』で、統帥はマスターになった人間だけが得られる権利だった。リュートはマスターの資格を得たと同時に”統帥”の権利も与えられた。特別扱いなわけではなく、ちゃんとその基準を満たしていたからだ。

一方アーリンは、今のところマスターでもないし、統帥でもない。

比較的短い期間で、技を会得すればあとは体力勝負のサーベルマスターと違って、法術、いわゆるハイドロマスターになるには、体力と経験値と、魔法の知識やら、長ったらしい呪文やら覚えることが満載だ。最低10年は修行を積んで、そのあと5年ほど、学習をかねて、後輩の指導をしたり、論文を書く。20年くらい経験を積んでやっとマスターになれる資格を得ることができる。

アーリンはその基準の20年をクリアーしなくても、マスターになれるかもしれないと言われていた。要は、建前の経験値が足りないだけで、いつマスターになってもおかしくないという事だ。


そんな2人は何かにつけて比べられるようになっていた。同じ年齢だというのもあるし、クロイアーツとファイランジアはキアロスクーロの北と南に位置しているライバルのような国で、2人はお互いその国の跡継ぎなのだ。それだけでももう比べれれる材料には事欠かない。その上、対立する術派の後継者として期待されている人物同士。そんなわけで、今まで2人は公の場所で顔を合せたことはなかった。


それが、こんなやんわりとした”コンパ”状態の場所で顔を合せてもいいのか。アッシュは顔をしかめてサファスに言う。

「……なんかなー……あの2人ってさぁ…、会ったらすぐケンカしそう…。リュート口悪いし、アーリンは気が短いし…。なぁ、リュートいつ来んの?」

「知らねぇよ。あいつ今日、デートの約束3件入ってるって言ってたし…。いつ来るかなんて聞いてねぇ」

「はぁ?3件?!相変わらず超モテじゃん」

アッシュはうらやましーとこぼしながら、近くにあるシャンパンをとる。

「顔合わせなきゃいいけどね。どうかなー…」

2人の話を聞いていたユーリウェンはケーキをもごもごとほおばりながらそう言った。うーん、と3人が考え込んでいたその時、広間の入り口が騒がしくなった。





バーンと扉が壁に当たる音。そして、叫び声。

「ざけんなよ!!テメー!!ぶっ殺してやるっっっ!!」

3人は目を見張ってその方向を見た。どうやら今まで心配していた出来事が本当に起こったようだった。

「るせーな。チビだからチビっつってんだろーが」

「チビって言うなーー!」

ゴォっと上がる炎が見えた。それを見て、ユーリウェンはあわてて入り口の方へ走る。アッシュとサファスも、それについていく。


「そんなコトでギャーギャー言うな。チビの上にガキみたいだな」

フフンと笑う”リュート王子”を見て、”アーリン王子”はブチ切れていた。

「うるさいっ!!テメーみたいな色ボケの女ったらしにチビって言われる筋合いはねーよ!」

「あんだって?誰が色ボケだ!俺は自分で女を誘ってるわけじゃねぇ。頼まれてるから遊んでやってんだ」

「バッカじゃねーの?そういうの色ボケって言うんだろーが!毎晩毎晩あっちこっちで女をたらしこんでるんだから十分色ボケだっての!」

「こんのチビー……。テメー!!表出ろ!!」

「おう!やってやろうじゃねーか!!」



顔を合せて睨み合う2人を、周りのギャラリーはあっけにとられて見ていた。その後で、ひとりおろおろするライラック。ユーリウェンたち3人の姿が目に入ると、彼女はあわてて飛んできた。

「もーっ。なんでいきなりケンカしてるの?あの2人って、仲悪いの?」

泣きそうな顔で言うライラックにユーリウェンは言う。

「仲悪いもなにも。今日初めて会うんだから、そんな事あるわけないよ」

「そうなの?!でもアーリン、リュートに会った事あるって…」

「会ったって、行き違いざまにちょっと話しただけだぞ」

ライラックの言葉にサファスが答える。

「しかももう2年も前の事らしいし」

それを聞いてライラックは困った顔をした。

「……じゃあ初対面みたいなもんじゃない」

「もんじゃないっていうか、初対面だろ。ほとんど」

アッシュが呆れたように言った。

「なのにあのケンカ…。やっぱ俺の勘は当たった…」

アッシュは苦笑いしてそう言いながら、ドアの向こうでまだ言い争いをしている2人を見た。


「ちょーどいいや。お前俺と勝負したいって言ってたよな」

「言ったよ…。よく覚えてたな…。女のコトしか頭にないと思ってた」

「フン。この俺様がちゃんとお前みたいなドチビとの約束を覚えててやったんだ。ありがたく思えよ」

「……だーかーら。チビって言うなって!さっきから言ってんだろーが!!」

アーリンはグッと左手を握るとそのまま腕を後へ引いた。物凄い勢いで炎が高く上がる。

それを目で追いながらリュートは自分の右腕をすっと上げた。

サーベルマスターは自分の腕に結印を結んでいて、そこに自分の剣を封じて持ち歩いている。その手に白く光が閃くと、白銀の剣が現れた。

「最近身体がなまってたトコだ。遊んでやるよ。来な」

フフンと笑ってリュートは、上からアーリンを見下ろした。そんなリュートを睨み上げると、アーリンははき捨てるように言う。

「余裕で笑ってられんのも今のうちだっつーの!」

ゴォっと走る炎の上を、青い稲妻が走る。リュートの右腕には剣が握られていて、アーリンの左腕からは真っ白な炎が上がっている。

リュートは剣を肩に掛けたまま、馬鹿にしたような笑いでアーリンを見て言った。

「謝るなら今のうちだぞ」

「バカ言ってんじゃねーよ!それはこっちのセリフだろーが!お前こそ謝れ!」

大きな目をさらに大きくしてアーリンはリュートに怒鳴る。



4人はそれをあっけにとられて見ていた。

見ていたが。


「って。見てる場合じゃない!!止めなきゃ!」

ユーリウェンはあわてて2人の所へ走る。

「ストーーーップ!こんなトコでケンカしない!」

2人はユーリウェンの姿を見て、少し力を緩める。

「ホラ!リュート剣しまって!アーリンも。建物燃えたらどーすんの?」

2人はムッとしながらもユーリウェンに言われるまま、お互いの”武器”を収める。ユーリウェンはそんな2人を見て、はぁっとため息をつく。

「何が原因か知らないけど、こういうことはここじゃやらないでくれる?みんなびっくりしてるでしょ?ホントにもう…」

相変わらずにらみ合っている2人を、ユーリウェンは困ったように見比べた。


「はいはい。ショーは終わりでーす。皆さん中へ入って下さーい」

アッシュがギャラリーを中に入れると、サファスはリュートのところへ言って襟首をつかんだ。

「行くぞ。お前ほかっとくとロクなことねーな、ホントに」

不満そうな顔でアーリンを睨みながら、リュートはサファスに引きずられていく。


一方、アーリンもユーリウェンにその場で説教される。

「もー。何してんの。こういう所で術使っちゃいけないって、いつも言われてるじゃん。アーリンはただでさえ前科持ちなんだから。気をつけなきゃ」

「だっ…てさ。あのバカがー…」

うーっと唇を噛みながら、アーリンはユーリウェンを見上げる。ユーリウェンはそんなアーリンを見ながら仕方ないなという顔をした。


『前科持ち』。アーリンは今までに何度も修練場の天井を焦がしていた。

気をつけているときは平気なのだがさっきまでのケンカのようにヒートアップしすぎると、火炎放射器状態になってしまいとても危険だ。

「チビチビって…連発しやがって……」

小さな声でアーリンはまだブツクサ言っていた。

はーっと大きなため息をつき、ユーリウェンは腰に手をやってアーリンを叱る。

「リュートは関係ないでしょ?今度なんか燃やしたらまたマスターになるの先送りになっちゃうよ?いいの?」

「それはやだけど…」

「じゃあ文句言わない。ホラ、中に行くよ」

ユーリウェンに促され、アーリンはとぼとぼと中へ入る。奥のほうへ行くと、ライラックとアッシュが心配そうにこっちを見ていた。

「ごめん」

小さく謝ると、アーリンはその場にある椅子に座り込む。ふーっと息をつき、ちらりと少し離れたところにいる”色ボケの女ったらし”をみた。

視線を感じたのか、リュートはふっとこっちを見た。ぱちりと目が合うと、2人はふいっと顔を背けた。



「何?ケンカしたの?」

離れて座っている2人の間で、4人に話を聞いて素っ頓狂な声を上げる人影。彼女は2人を交互に見比べると、はぁっとため息をついた。

ピアニー・レイツベルグは、リュートの従姉妹で彼女は法術の修練生だ。今日、この舞踏会が行われているレイヅベルグの王女でもある。

「そーなの。もーちょっと早く来ればよかったわね」

おもしろいケンカが見れたのに、とピアニーは残念そうに言った。

「笑い事じゃないって。もーちょっとで建物燃えるとこだったんだから」

そういうと、はーっとため息をついてユーリウェンはアーリンの方をちらりと見た。

ひとり椅子に座り込み、ご機嫌ななめ状態でケーキにフォークを突き刺している。

「リュートがチビなんて言うから…。アーリンまだ怒ってるし」

ライラックはそう言いながら心配そうにアーリンを見る。

サクサクとフォークの刺されたミルフィーユは、もう原型をとどめていなかった。

「あーあ…ありゃもうご機嫌取りもムリだぜ…」

アッシュはしょーがねーなぁと小さく笑う。



「…で?どうなんだ?小さいのは…」

サファスがふらりとやって来て、ひそひそと話している4人の所に顔を出す。

「バカっ!小さいとかそういうこと言っちゃダメだって。気にしてんだから」

ユーリウェンは小声でそう言いながら、サファスをちらりと睨んだ。

「…悪ぃ…失言だった。…アーリン王子のご機嫌は………」

サファスはちらっとその方向を見た。

形をなくしたケーキと、椅子に座り込んでそれをじっと見ているアーリンを確認した後、サファスは眉間にしわを寄せてこう言った。

「……あれ……食い物か……?」

小さな声でそう聞くサファスの質問に、4人は黙ってうなずく。

「…リュートは?ドコいったの?」

ユーリウェンはサファスの向こう側を確認して、”問題の人物”の姿が無い事に気づく。

「……さぁ…。いつものことだから…。どっかその辺でおねーちゃんとデートでもしてんだろ」

「………懲りないわね……。それじゃほんとに”色ボケ”の女ったらしじゃない」

そんなピアニーの言葉に、アッシュは言う。

「まぁ……病気みたいなモンだから……もう治らないだろ、きっと…」

4人はアッシュのそのセリフに深くうなずき、はーっとため息をついた。



⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹





――ムカつく……。あのドチビ――…。


人の笑い声や話し声が微かに聞こえ、広間の光もうっすらと届く庭の奥。

リュートは広間の方を見ながら思い出してはムカついていた。

自分がチビと言って怒らせたことはすっかり忘れ、”色ボケの女ったらし”呼ばわりされた事にひたすら腹を立てていた。

「…ったく……。小さいクセに……」

ふぅっと息をついて、小さく呟く。

そんなリュートの腕をきゅっと握る白い細い指。

「リュート様?」

今日のデートのお相手が心配そうにリュートを見上げた。

「…あ…ああ、ごめん…。何でもない……」

自分の腕を握っていた手を取り、その指にキスをする。

彼女の肩を抱き寄せながら、頭の中ではまだぐるぐると文句が回る。


――っとに……。一回痛い目遭わせてやらなきゃ気が済まねぇ…。

そんな事を考えながら、リュートはその彼女と庭から出て行く。






「だから。もういいって」

アーリンはフォークを振り回しながらその顔を見上げた。

「いいからさ、機嫌直せよ。な」

サファスは自分の前に並べられたケーキがどんどんその口の中へ運ばれていくのを眺めながら、話を続ける。

「アイツさー、口悪ぃからさ。いつもあーなんだって。な」

「いつもあーなんだってって、そんなこと俺の知ったこっちゃないよ」

アーリンはケーキをごくりと飲み込むと、手元にあるジュースを飲み干す。

「とにかくあんなおバカな女ったらしにチビ呼ばわりされる筋合いはないっ。ぜーーーったいオトシマエつけてやる!!」

「お…オトシマエってなぁ…お前……」

呆れたような顔でサファスはアーリンを見る。アーリンはキロっと大きなツリ目で、自分を見ているサファスを見上げた。

「謝ったって無駄だからね。それになんでアイツの代わりにあやまったりすんの?」

「いや、何でって、理由はないけど…」

「うちのルシュフィーが言ってたけど、あの女ったらし、今日3人もデートするんだってね。それのドコが女ったらしで色ボケじゃないわけ?俺の言ってること間違ってないじゃん」


――ダメだコリャ…。

サファスはあーあと小さく呟きながら苦笑いする。

――どーせアイツも同じよーな事考えてんだろーしなぁ…。

眉間にしわを寄せ、サファスは複雑な顔でアーリンを眺めるのだった。



⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹




その1週間後だった。宮殿では、ある会議が行われていた。

「では、あの2人に試合を?」

「それしかあるまい。言い伝えとバカにもできん。各国の王たちも言い伝えの事は気に掛けておる」

「……それでは、決まりですな…」




『言い伝え』

キアロスクーロには、500年前から伝わるとある言い伝えがあった。


500年前、森である行方不明事件が起きた。

フォレストアッサムと呼ばれるその森は、昔からその奥に魔物の世界と通じる入り口があると言われていて、森の奥には人が踏み込めない領域があるとされていた。

居なくなったのは、当時婚約中だったクロイアーツの王子とファイランジアの王女だった。2人は1年ほどして戻ってきたが、居なくなっていた間の記憶は全て失くしていた。

程なくして2人は結婚し、双子の子を授かった。子供は順調に成長し、王女は無事に臨月を迎えた。

そして王女は出産する前日の夜、ある夢を見た。夢に老婆が現れ、王女にこう告げたのだ。


『その双子には魔物の呪いが掛けられている。

 500年後、呪いは双子の子孫に受け継がれ、次に魔物が転生する時、その子孫の王子と王女に厄難が降りかかるであろう。』



今年はその双子が生まれてから丁度500年目に当たる年であった。

老婆の話通りだと”魔物が転生する時”に再び同じ様に2つの国に王子と王女が生まれ、厄難が降りかかるという事だったが、幸いクロイアーツにも、ファイランジアにも王子しか生まれていない。かと言って言い伝えを無視するわけにも行かず、しかたなく評議会と宮殿の上層部の会議で、”厄難払い”の神前試合をしようという事になったのだった。

厄難払いをする2人とは、当然、厄難を掛けられているであろう本人たちである。

クロイアーツ王子とファイランジア王女の子孫は言い伝えでいけば、今年、もしくはこの近年に厄難が降り掛かるらしい。でも今のところは2人とも何事もないし、2人が連れ立って森へ行くことも100%ない。神前試合で厄難が本当に祓われるのかどうかは別として、とにかく何かしておかなければという気持ちが評議会や宮殿の上層部にはあった。


「決まったなら話は早い。1週間後、宮殿の試合場で執り行うことにしましょう」

「全員それでよろしいですかな」

誰もがうなずき、反対意見は出なかった。こうして、厄難の掛けられた2人の王子の神前試合が行われる事になった。



⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹



「1週間後ですか?!」

アーリンは修練場の師匠の部屋で驚いて声を上げる。

「なんでそんな急に……」

「…ふむ…。ワシもよくわからんが、何でもお前さんたちに掛けられている厄難を祓うためらしいからのう…。ワシも断る訳にもいかなくての…」

老人はそういいながらあごにたくわえた白いひげを撫でた。

アーリンたちの師匠、スワイ・ガッフェルドルツは評議会の重鎮だ。この世界で彼の右に出るものいないというほどの法術使いである。ファイランジアの修練場はスワイの管理下にあり、この修練場は宮殿を運営する”大教皇庁”の直属でもあった。

「ちょうどいいじゃないか。お前さんたちこのまえケンカしたそうじゃな。その続きだとでも思っておけばいいじゃろう」

「…な…何でそれを……」

アーリンは目を大きくして目の前の師匠を見た。師匠は笑いながら、自分を見つめる弟子にこう言った。

「ユーリウェンが言うておったぞ?広間の庭で。なかなか面白いショーだったそうじゃの?」

ふぉふぉふぉと笑って、スワイはアーリンにどうじゃな?という顔をして見せた。


――あのおしゃべり……。


アーリンは片眉を吊り上げながら、うつむいてため息をつく。

「すみませんでした。これから気をつけます」

「ふむ。別にワシは構わんがの。アスレイは結構怒っとたからの。後でちゃんと謝っておきなさい」

「…はい…」

アスレイというのはスワイの助手で、アーリンたちに直接術を指導する師範でもある。

「この後、修練があるので……。謝っておきます…」

小さく答えるアーリンを見て、師匠は言う。

「のうアーリン…。お前さん本当にそのままでいいのかの…」

師匠のその言葉を聞いて、アーリンの目が少し大きくなった。しばらく黙ったまま、師匠を見つめる。

「お師匠様……俺は別に……」

「言い伝えでは本来なら2つの国には王子と王女が生まれると言われとったそうじゃ。それに厄難が降りかかると。お前さんにはこの意味がわかるじゃろう」

うつむいたまま、アーリンは唇をきゅっと噛んだ。

「言い伝えは言い伝えです。それに…」

アーリンは顔をあげて、スワイにこう言った。

「厄難が降りかかるなら、自分で振り払うだけです。大丈夫ですから」

そんなアーリンを少し困った顔でスワイは見つめた。

「試合の詳しい話が決まったらまた知らせてください。それじゃ」

アーリンはそう答えると頭を下げ、部屋を後にする。

「……困った子じゃ……」

スワイは閉まるドアを見つめて大きなため息をついた。


廊下を歩きながらアーリンはまた1週間前のことを思い出してムカついていた。

――あの色ボケ王子と試合かぁ。っとに。やになっちゃうな…。


できれば、もう顔は合せたくなかった。合せればまたケンカになるに決まっている。

あの夜からしばらくは、ぶちのめしてやらなければ気がすまないと思っていたが、時間が経つにつれ、そう思っているのもバカバカしくなってきていた。


――なんであんな約束しちゃったのかな…。


思いつきとはいえ、アーリンから申し込んだ勝負だ。決着をつけない訳にはいかない。でもあの時は、そんな根性の曲がった口悪野郎だとは思ってなかったし、色ボケで、女ったらしなんて事も知らなかった。挙句の果てにはつまらない言い伝えに振り回されて神前試合をさせられる事になってしまった。

「あーあー…もう…めんどくさいなぁ」

そう呟きながら、アーリンは修練室へ向かって歩いた。



⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹




「試合?」

空になったボトルをくるくる回しながらリュートは門下生たちの修練を眺めていた。

そんなところへやってきたサファスに、神前試合の話を聞かされてリュートはサファスのほうへ向き直る。

「1週間後に?あのドチビと?」

顔をしかめながらリュートはサファスを見る。サファスははーっとため息をつきリュートを見る。

「何でも、お前たちに降り掛かってる言い伝えの厄難を祓う為らしいぜ?知ってるか?」

「…言い伝え…?ああ、あの500年前の?」

カランとボトルをゴミ箱にほおり投げるとリュートはこう言った。

「詳しくは知らねぇけど、でもあれは王子と王女が生まれたらっていう言い伝えだろ?ドチビはどう見たって男じゃねーか。厄難なんか降り掛かる訳ねぇよ」

アホくさ…とリュートは新しい水のボトルを取ってキュッとフタを開ける。

「でももう決まっちゃったんだってよ。宮殿の試合場でやるらしいから。よろしくな」

「……マジかよ……。…っうぜぇ…」

もう勝負なんかどうでもいい。あのドチビと顔は合せたくない。リュートはそう思っていた。

言いたいことだけ言うと、サファスはリュートを残してまた修練所の執務室へ戻っていく。リュートはまた門下生たちの修練に目をやりながら、いろいろと考え事をする。


――そんな厄難なんか降り掛かるかっつーの…。


大体、どんな厄難かもわからないし、魔物の呪いといわれても見当がつかない。そんな当たるかどうかも解らない言い伝えのためにわざわざ試合をするなんて面倒この上なかった。それに、もしアーリンと試合をするなら、ある程度修練もしなくてはならないだろう。

いくらチビだのガキだのとバカにしていても、相手はあのスワイ老師の後継と言われている法術の使い手だ。

しかも神前試合ともなれば絶対に負けるわけにはいかない。


――…まぁしかたねぇか…。ドチビに1発見舞っといてやるか…。

手にしたボトルの水を飲み干すとリュートはそれもゴミ箱へ投げる。

カランと音を立てて、ボトルはゴミ箱へ吸い込まれた。


「…っとに。試合すること自体がもう厄難だぜ…」

リュートはそう呟くと大きなため息をついた。



 

une diagonale.

fin.

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