Fantasy of Kiaro わけあり王子ですがライバル王子に溺愛されてます
ユズキナコ
La cloche de commencer 始まりの鐘
「もーわかった」
グリーンの瞳がうんざりしたように閉じた。
「わかったって。行くから。行けばいいんだろ?」
大きくため息をついて答える彼に、彼女は目を細めて嫌味を言う。
「なに?その嫌そうな顔。私と行くのがイヤなの?」
「違うって。そういうワケじゃないんだけどさ・・・」
小さくため息をつき、彼は目を開けてチラリと彼女を見た。
彼女はテーブルに乗り出して、彼に説教を始める。
「アーリン。なんでそんなに嫌がるの?17になったら、舞踏会に行くのは王族の決まりなんだよ?わかってるでしょ?いつまでも行きたくないから行かない、じゃ通らないんだから。みんなにも言われてるじゃない」
手元にあるオレンジジュースのグラスのストローをかみながら、彼は彼女を上目遣いで見上げて小声で答える。
「わかってますって。行きますから」
参りましたという顔で彼女を見て、彼は苦笑いした。
2人と同じ年頃の男女が大勢ごった返す部屋。
2人の前には、紅茶の入ったティーカップとケーキが置いてある。
「もーっ。ホントに大丈夫?ちゃんと迎えに来てよ?お友達にも連れて行くって言っちゃったんだから」
そんな彼女を彼は小さく笑って見た。
「そんなウソつくから。俺が彼氏の振りするのはいいけど、イトコなんだからどうせすぐ違うってわかっちゃうよ?」
「大丈夫だもん。イトコは結婚してもいいんだよ?」
「……は?」
彼は呆れた顔で、彼女を見た。言っている言葉の意味を理解できていない様子だった。
「それにさぁ、アーリン王子にエスコートされて舞踏会に行くなんて、すっごい自慢できるもん。えへ」
「………目的はそれか……」
また、はぁっと深くため息をつく彼。そんな彼をニコニコ笑ってみている彼女。
ここは、キアロスクーロという海に浮かぶ大陸の中。
2人が居るのは大陸の西の方の、その中にあるファイランジアという国の森のそばにある法術という術学の修練場である。2人は今夜行われる舞踏会の話題を朝からずっとしていた。
というより、彼女がしつこく彼を誘い続けているといった方が正しい。彼は行きたくないと言い張り、彼女はどうしても連れて行くと言って聞かない。そんな訳で、1日ずーっとこの話題になってしまった。
彼の名は、アーリン・ファイランジア。
この修練場がある国、ファイランジアの跡継ぎの王子だ。
そして向かい側の彼女は、彼のイトコのライラック・キフロレーシュカである。
キフロレーシュカはファイランジアの分国で、もともとはファイランジアの領地だったものを分領した国だ。
2つのほかにもキアロスクーロには6つの国があり、キアロスクーロの隣には、ザクセンという大陸がある。
大陸では17になったら舞踏会に出るという風習があって、舞踏会には王族の王子や王女はもとより貴族や富豪の子息や令嬢も参加する。でもアーリンはそれに一度も出たことはなく、1年間ずっと行かずに通してきた。
行きたくないわけではないが、どうしても出たくない理由があったからだ。
舞踏会とはいっても低のいい社交の場で、だいたい行けばみんな良さそうな相手を探す。
要は、大規模な飲み会をかねた『お見合い大会』なのだ。
―アホくさ……。
アーリンはずっとそう思っていた。
そんなことに全く興味はなかったし、わざわざ出かけて飲んで、しょーもない世間話をしている時間があるなら家で寝ていたほうがまだマシだ。
―っとに…。メンドくせー……。
イトコには悪いが本当に行きたくなかった。
「何時に迎えに来てくれる?」
そんな事を思っているとは知らず、ライラックは目をキラキラさせてアーリンを見つめる。
―しょーがないかぁ……。
行くと言ってしまったからには、すっぽかす訳にもいかない。それに、そんなことしたら自分は絶対にひどい目にあう。
アーリンにはそれが容易に想像がつく……。ここはあきらめて連れて行かれた方が自分の身のためだ。
「何時でも。ライラックのいい時間で。俺は準備することないし」
「うーん。じゃあ…5時でいい?」
「……うん…。今日、レイツベルグだったよね…」
「うん」
「わかった。じゃあ5時に」
そういうとアーリンは立ち上がる。
「じゃね。俺修練に行くから」
「うん。また帰りにね。ちゃんと時間通りに終わってきてよ?」
「ん」
ちょっと困ったような顔でライラックをちらりと見て、アーリンは4度目のため息をついた。
⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹⊹⊱⊰⊹═══⊹⊱⊰⊹
「はぁ?またかよ?!」
金髪の大男が大声を上げる。
「そんなことばっかりしてると、バチがあたるよ?」
男の大声に少し驚いたような小さな声でアーリンと同じグリーンの瞳が、その人物を見て言う。
「俺が自分で呼んでるワケじゃねーし。向こうが勝手に来るんだからしょーがねぇだろ」
呆れきった顔で自分を見る2人をちらりと見やってふふんと軽く笑って答える男。
「しょうがないからって、一晩に3人もとデートするのは間違ってるぞ…」
自分を見下ろす大男の言葉に、彼は鼻で笑って答える。
「…いいじゃん。減るもんじゃなし。いただけるモンはもらっとかねぇと。それに俺はわざわざ時間を割いて逢ってやってるんだからさ。感謝して欲しいね」
「……人間として失格だよ」
グリーンの瞳の彼は本当に呆れた、という顔をして、軽蔑したように向かい側の彼に言う。
言われた方はムッとして、その呆れ顔を睨む。
「んだよその言い方。お前それが上司に言うセリフか?」
「……リュート……、お前言われてもしょうがないぞ……」
はぁっとため息をつく大男…。
「何だ。サファスにも2人ぐらい準備してやろうか」
サファス、と呼ばれたその大男も、ルシュフィーと呼ばれたグリーンの瞳の彼と同じ呆れ顔をした。
「……いらねー……、俺、女に興味ないし……。酒飲んでるほうがいい……」
-お前見てるとホントにそう思う…。
サファスはその言葉を飲み込みながら、リュートと呼んだその男を見た。
ここは先ほどのファイランジアとは反対側の、アストレンドという国にある剣術の修練所。
3人は、ここの修練所を管理するマスターだ。1日の修練を終え、今日の分の日報をつけたり門下生の成績表を整理したりしながら、今夜の舞踏会の話をしていた。
リュート・クロイアーツ。
青い髪に青い瞳。端正な顔立ちのその男はクロイアーツというキアロスクーロでも一番大きな国の王子である。
大陸一の国の跡継ぎ王子というブランドに、持って生まれたルックスも手伝って、彼には常に女性からの誘いが絶えない。そこで本人が常識的な判断を下せばある程度の取捨選択はされるはずなのだが、彼的にはそんな選択は不要らしい。悪く言えば”来るもの拒まず”状態なのだ。
で、一晩に3人とデート。などという、凶悪極まりない状態をほとんど毎晩というほど繰り返していた。
「そんなことしてるから、”女ったらし“なんて呼ばれちゃうんだよ?」
ルシュフィー・ファイランジアは、その名の通りアーリンの家族だ。彼はアーリンの弟でもうすぐ16になる。
ルシュフィーは自分の前で、羽根ペンをクルクル回すリュートを困った顔で眺める。
「うちの兄貴がバカにしてたよ?サーベルマスターの統帥は頭悪いのかって」
「……そりゃ言うぞ……。お前最近ひどすぎる」
サファスはあーあ、とため息をついてリュートを見下ろした。
サファス・アストレンドは、この修練所のあるアストレンドの跡継ぎの王子でリュートの親友だ。彼はいうなれば、リュート王子のお世話係といった所だろうか。女癖が悪い上にろくに仕事をしないリュートは、何かにつけてサファスに面倒を掛けている。
サファスは机の上にあるボトルの水を一口飲むと、説教口調でリュートにこう言った。
「いい加減に“特定”を作ったらいいだろーが。あっちもこっちもつまみ食いじゃ、そりゃあ“アーリン王子”にバカにもされるぞ」
「あんな“小っちゃいの”にバカにされても俺は困らねーよ」
サファスの言葉をいつものように聞き流して、リュートは羽根ペンをペントレイへ投げ入れる。
「でも、今日は舞踏会に行くかもって言ってたよ?ライラックに押し切られて。リュートやばいんじゃないの?」
心配そうに言うルシュフィーにサファスもうなずきながら調子を合わせる。
「だよなぁ。小っちゃくっても、アーリン王子の人気はお前と同じくらいあるしな。しかも、女を絶対作んないってトコがまた謎めいてていいんだと。うちの妹もキャーキャーいってたからな……」
ルシュフィーとサファスは、リュートをじっと見る。2人を見上げて、リュートは考えながらこう言った。
「……でも俺、小っちゃいの一度しか見たことないし」
実はリュートは、アーリンに一度しか会ったことがない。
それも会ったといっても行き違いに少し言葉を交わした、といった程度のものだ。
サファスも、アーリンに直接会ったことはなかった。
その理由はキアロスクーロに伝わっている法術と剣術という2つの術派の流れにあった。
法術と剣術は、その管理をキアロスクーロの総合宮殿で行っていて、“大教皇庁”という組織の管理下にある。
それぞれに管理組合のような組織があって、上層部は術派に属するマスターや修練者の管理を行っている。
しかも2つの組織は昔から非常に仲が悪い。いわゆる”犬猿の仲”というヤツだ。その仲の悪さはここ最近の事ではない。もう何百年も前から続く『伝統』なようなものだった。お互い仲良くやっていこうと思うことは無いらしく、常にどちらが上に立つかで争っていた。
さらに各国の王家では代々その後継者が受継いでいく術派が決まっていて、個人の意見は全く尊重されない。
クロイアーツでは剣術、ファイランジアでは法術が代々後継者が習得する術と決まっている。
それに加えて過去の諸事情から、2つの国では互いの交流はあまりなく、それがいつしか”ライバル同士”になり、現在に至っていた。
そんなわけで、アーリンとリュートには接点がほとんどなく、さらにサファスに至っては顔をみる機会もないので、”その姿を一度も見たことが無い”状態になってしまっていた。
が。
舞踏会となれば話は別だ。
さすがの大教皇庁も、単なる『大規模な飲み会&お見合い大会』には口出しをすることはできない。
今まではアーリンが舞踏会に顔を出さなかったので、リュートやサファスにとってアーリンは、”名前は知っているけれど、正体不明なヤツ”になってしまっていた。
「本人は、ホントーに行くの嫌がってるんだけどね…」
ルシュフィーはそう言ってため息をつく。
「でもさ」
サファスは首をかしげてルシュフィーに聞く。
「…なんで、そんなに嫌がるわけ?」
サファスにはアーリンがそこまでして舞踏会に来ない理由がわからない。べつに、そんな毛を逆立てて嫌がるようなイベントではないはずだ。そんなサファスの質問に、ルシュフィーはエヘへと笑う。
「…さぁ?本人は“アホらしい”って言ってたけど…どうなのかなあ?」
リュートも、サファスも半分わからないような顔でルシュフィーを眺める。
「…アホらしい…ねぇ。でも来るなら、拝見させてもらおうじゃねーか」
そういうとリュートはニヤリと笑った。
自分の最も反対側にいながら、誰もが自分と比較する人物。それがどんなヤツなのか知っておいても損はない。
「約束もあることだし」
「約束?」
2人はリュートのその言葉に首をかしげた。1度しか会ったことのない、しかも行き違った程度の相手とどんな約束をしたというのか。
リュートはクスリと小さく笑う。
「ああ。アイツがあんまり真剣だったんで、よく覚えてんだ」
――それは、2年前のある日の事。
その日リュートは剣術の特別修練をしに師範に連れられ宮殿へ行った。
サーベルマスターでもハイドロマスターでも、ある一定の力を会得すると宮殿から規定の称号を与えられる。その日の特別修練はその称号を受けれるかどうかの審査の為の修練だった。
修練にひと区切り付き、休憩で廊下をフラフラと歩いていたリュートの耳に物凄い歓声が聞こえた。何かと思い、ひょこっと覗いたその部屋に“アーリン王子”がいた。アーリンも同じように称号を受けるため宮殿に来て修練をしていた。
―すげぇ…。
リュートは思わず感心してしまっていた。
その頃、リュートはスキップ上がりでマスターになり自分より優秀な人間はいないと思っていた。でもそれは違っていた。小さな身体の王子は、自分の身体が燃えてしまうのではないかと思うくらいの凄まじい炎を左腕から上げながら、向かい側の師匠の技を軽くよける。タイミングを計ってその腕から放つ炎は、美しい軌跡を描いて相手へ飛んでいく。
どういう原理で炎が上がっているのかはよくわからなかったが、自由自在に操られるその炎に周りのギャラリーも見入っていた。
―やられた。
正直な感想だった。その技は自分の繰り出す剣の技よりはるかにレベルが高かった。
そう思って、昼からはすこし考え込みながら修練をした帰りの廊下で、リュートはアーリンとばったり鉢合わせしたのだった。
というよりも、慌てていたアーリンがリュートにぶつかったと言うのが正しい。散らばった書類を拾って、手渡したリュートを見上げてアーリンはこう言った。
「すごい技見せてもらったよ」
アーリンも同じようにリュートの修練を見たらしい。まっすぐにリュートを見上げてアーリンは続ける。
「あのさ、俺考えたんだけどさ、聞いてくれる?」
「は?何を?」
キラキラと透き通る綺麗な瞳。自分とは明らかに違う性格であろうと思われるその小さなライバルをリュートはじっと眺めた。
「次に会うときに俺と勝負しようよ」
-なんだそりゃ…。
リュートは半ば呆れ顔でその言葉を聞いていたが、アーリンは真剣だった。
「君と俺ってさ、いつもみんなに比べられてるけど、本当にどっちが強いのか誰にもわからないじゃない?」
「……まぁ…そりゃ…」
確かに、何かにつけ自分は今目の前で勝負しようと言っているこの王子と比べられていた。でも、もともと違う道に生きている人間だし、どっちが強いかなんて確かめる必要はなかった。だが、アーリンはリュートとどうしても勝負をしたいらしく、大きな目をきゅっと見開いてこう言った。
「だからさ、今はムリだけど、もっと大人になって試合とか出来るようになったら俺と勝負してよ」
ね!とアーリンに真剣な目で見上げられて、リュートは返す言葉がなかった。
―…変わったヤツ…。つーか、そんなんどうでもいいじゃねーか。
そう思いながらもリュートは…。
「…いいけど。ちゃんと覚えとけよ…?」
と返事をしてしまった。
別にどっちが強いのかを知りたかったわけではない。あまりに真剣なアーリンを見ていたら、思わずそう言ってしまったのだ。アーリンはリュートのその言葉を聞いてニッコリと笑った。
「やったー!ちゃんと覚えておくから!じゃあね。俺行かなくちゃ」
またねーと笑って、アーリンはリュートの前から走り去っていった。リュートは、その背中が見えなくなるまでそこで見送った。
それが2年前の『約束』だった。
「へぇー……」
ルシュフィーはちょっと考え込みながらリュートに言う。
「でもめずらしいね…。リュートが人との約束をそんな長い間ちゃんと覚えてるなんて…。いつも何もろくに覚えてないのに」
真剣な顔でリュートに向かってそんなセリフを言うルシュフィーに、サファスは苦笑いする。
「…お前……それすげぇキツイぞ…」
いつものリュートなら、そんな事を言われればすぐに反撃するところだ。
でも今回は違うらしい。
リュートはうん…と答えながら、何か考え込んでいた。
自分でも不思議だった。
あんな約束を、どうしてずっと覚えているのか。約束なんてロクに覚えていたことはないし、もともと約束事なんてものは好きではなかった。しかも、よく知りもしない相手とした、宛てのない約束なのに。
「…何でかな…」
考えてもわからない。
でも忘れたことはないし、どちらかと言えば自分はむしろそれが実行される時をずっと楽しみに待っていた。
「まぁいいや」
リュートはそう言うと、机の上においてあった水のボトルを取り飲み干した。
「帰ろうぜ」
カランと空のボトルをごみ箱に投げ入れる。
「…今日は楽しめそうだし」
そう言ってふふっと笑うリュートをサファスはいぶかしげに見る。
「……そんなに楽しいか…?女遊びって……」
サファスにしてみたら、リュートが楽しみにしているようなことはそれしか思いつかない。
「そうじゃねぇよ」
リュートはそれだけ答えると立ち上がってドアのところまで歩く。
「ルシュフィー。ちゃんと戸締りしとけよ」
そう言い残して、ドアから出て行くリュートをルシュフィーは見送る。
「……何が楽しみなの??」
「……わからねぇよ…。あいつの考えてることはわからん…」
不思議そうな顔でサファスを見るルシュフィー。困り果てた顔でルシュフィーを見るサファス。
2人は顔を見合わせ、考え込んでしまった。
約束を覚えていた理由。
今日、アーリンに会えばリュートはそれがわかる気がした。相手がそれを覚えていればの話だが。
「…忘れてたら…どーするよ…」
それじゃ自分がバカみたいだ。
「ま、いいか」
会えばわかることだし、忘れていたのなら仕方ない。リュートはそう思いながら、修練所を出て自分の城への道を歩いた。
⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹⊹⊱⊰⊹════⊹⊱⊰⊹
「うわ!やば!5時に間に合わないじゃん!!」
ごろごろ転がっていたベッドの上からアーリンは飛び起きる。のん気に本を読んでいて、はた!と今日の約束の事を思い出したのだった。帰る途中も別れ際も何回も念を押されたにもかかわらず、本を読み出したらすっかり忘れてしまっていた。
「サフラン!サフラーン!」
バタバタと部屋のクローゼットを引っかきまわし、アーリンはマントを探す。
「何です?そんな大声出して…」
侍女のサフランが、部屋のドアからこっちを見ている。
「行かなきゃ!ライラックに怒られる!」
「ああそうでしたね」
サフランはあわてもせず、アーリンのところへ歩く。
「そこに掛けてあるじゃないですか。すぐ出せるように準備しておきましたよ」
「え?あ?ああ。これか」
アーリンは端のほうに掛けてあるマントを取る。
「あちゃー!急いでも間に合わないじゃん」
かなりの遅刻だった。どうしたって絶対に間に合わない。
「ああー。もうっ。行くなんて言わなきゃよかった」
顔をしかめてマントを羽織るアーリンを見ながらサフランは冷静にこう言った。
「アーリン様。そんなに急がれなくてもよろしいんじゃないですか?」
ニコニコ笑って、サフランは自分を見ている。アーリンはそんなサフランを見て首をかしげる。
「急がなくてもって…。間に合わないじゃん……」
はーっと大きくため息をついて、サフランは首を傾げ続けるアーリンに言った。
「下の広間で、ライラック様が待ってらっしゃいます」
「………はぁ?」
―迎えに来いっていったじゃないかー…
アーリンはそう思いながらサフランのため息よりもさらに長いため息をついた。
「待ってるのが心配だったから迎えにいらしたそうですよ…」
よほど信用されていないのか。それとも待ちきれなかったのか。どちらにしても強制的に連れて行かれる準備は整ったようだった。
「ねぇサフラン」
「何ですか」
「俺の代わりに行ってみない?」
「行ってどうしろって言うんですか」
サフランは腕組をして、アーリンをじっと見た。
「往生際が悪いですね。ホラ早くして下さい。ライラック様が待ちくたびれちゃいますよ」
そう言うと、アーリンの腕を掴んで部屋から放り出す。
「今日はお食事も準備してありませんから。さ、行ってらっしゃいまし」
言いたいことだけ言うと、サフランはアーリンの部屋の片づけを始める。
「ううーーー」
廊下で呆然としながらアーリンはその様子を眺めた。
「なにしてんの?」
後から、弟の声がした。
「行かないの?下でライラックが待ってたよ?」
小首を傾げて自分を見る弟をしばらくじっと見るアーリン。それからニヤリと笑った。
「ルシュフィー、代わりに行って。おんなじ顔だしバレないよきっと」
そういう兄に、弟は呆れ顔で答える。
「バカな事言わないでよ。いくら似てるって言ったって見ればわかるでしょ?」
ルシュフィーは腰に手をやり、アーリンを見る。
「大丈夫だよ。行ったからって何か起こるわけじゃなし」
そういうルシュフィーにアーリンはムッとして答える。
「別に…。心配なんかしてないよ」
「じゃあいいじゃん。行ってきなよ」
「わかってるよ!行けばいいんでしょ!行けばっ!」
普段はめているグローブを振り回しながら、アーリンはルシュフィーを睨んだ。
ルシュフィーは困った顔で苦笑いしながらアーリンを眺める。
「…あ…そうだ。そういえばね」
ルシュフィーは昼間の修練の時にリュートに聞いた話を思い出し、アーリンに聞いてみる。
「そんな約束したの?」
ルシュフィーに聞かれてアーリンははっとする。
「…うん。そういえばした気がする」
アーリンは少しずつ思い出しながら答える。
「あの時ね…。思わず言っちゃったんだよね…」
リュートがアーリンを見て負けた、と思ったように、アーリンもリュートの技を見て同じ事を感じていた。
確かに技の美しさも必要だが、結局は勝負に勝たなければ意味はない。
リュートが技を繰り出すときのスピードと気迫は、自分とは全然違っていた。
―絶対負けたくない。
元々負けず嫌いなアーリンは、小さいころから何かにつけて勝負したがった。
だから廊下でぶつかったリュートを見た時、アーリンは自然に“勝負”という言葉が口をついて出てしまったのだ。
今まででもふっとその約束の事を思い出す時はあった。でもだからと言って会う用事もないし、第一相手はそんな約束もう覚えていないだろうと思っていた。
「覚えてたんだ」
へぇ…と感心しながらアーリンはすこし口元が緩んだ。
どうしてかはわからなかったが、なんだかうれしかったからだ。
「…何……?なに笑ってんの…?」
一人で思い出し笑いしているアーリンをルシュフィーは不安そうに眺める。
―リュートといい、この人といい……。そんなうれしくなるような約束じゃないのに……。
ルシュフィーにしてみれば、初対面の相手に挑戦状を叩きつけて、次にあったら勝負だ!などどいうことは絶対に出来ないし、されるのも嫌だ。なのに目の前の兄は、挑戦状を叩きつけた相手がその勝負を心待ちにしていることを知って喜んでいる。しかも昼間の様子からすると、相手も約束を楽しみにしているようだ。
―おかしなヒト達だ……
ずば抜けて強い人間と言うのは勝負したがるものなのか、とルシュフィーは一人で納得してみたりする。
「ちょっとーー!いつまで待たせる気?」
その声にビクリとするアーリン。ルシュフィーはそんなアーリンを見てくすっと笑う。
「もうっ!全然降りてこないから何してるのかと思えば!早く行こうよ。始まっちゃうじゃない!」
ライラックはそういうとアーリンの腕を掴んで引っ張っていく。
「いってらっしゃーい」
ルシュフィーはそんな2人をニコニコ笑って見送った。
La cloche de commencer
fin.
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