アーディア・アーカイブは静かに微笑むⅧ
アレハンドロ・ディスワードは出世欲が強く、界華兵であるにも関わらず不慣れな文官を目指す野心家だった。だが、それと同等以上に彼はローム帝国へと忠誠を誓う愛国者だった。不確かな作戦の為に村を焼けば、情勢最悪の国に捨て駒のように大使として派遣されもした。不遇な扱いだとは感じたが、帝国の為と飲み込み全てを受け入れた。
今回もそうだ。自分の命は尽きる、それを理解したアレハンドロは、せめて帝国の未来に影を落としかねない二人を巻き添えにする事にした。
アーディアとアレハンドロの界華の応酬により、宮殿は既にズタボロ。アレハンドロは、最期の界華をは身を守る為では無く、宮殿の崩壊を早める為に使った。
目論見は成功。宮殿はいよいよ崩壊しアレハンドロの頭上へ、そしてアレハンドロよりも宮殿側に近かったアーディア達への頭上へと降り注いだ。
その最期に唯一ミスがあったとすれば、アレハンドロはエルピスは死なないという事を知らなかったという点か。
二人は草原の上に倒れ込み、周囲の瓦礫を見渡す。足の踏み場も無く積み重なった瓦礫の山は、まさしく足の踏み場も無いといった体だ。なぜ倒れ込むスペースが残ったのか、不思議ではあるが彼女たちは気にしない。
瓦礫の下にはおそらく兵士の遺体と燃えカス。背後からは土煙が風に乗ってどんどん飛んでくる。
「なんで生き残ったんでしょうね。わたくしたち」
「死なないから仲間になった。ってヒイングなら言うんじゃない?」
「……センスがないですわね、アイツ」
「まったくだよ」
二人で口を合わせて、ヘラヘラと笑う。余裕のある態度だが、周囲の瓦礫がいつ自分たちへと崩れて来るかわからない。疲労と全能感により逃げる気にならない。
そして、その全能感は口を些か軽くする。
「……私に何か、聞きたい事あるよね?」
「ありますわね。エルピス内で噂してる、アーちゃんの嫌疑について」
「嫌疑って」
アーディアは苦笑する。この前ホタルって書いてあるプリンを勝手に食べた事でお茶を濁したい気持ちが湧くが、生々しい血の匂いがアーディアの姿勢を動かす。
「私の界華は見ての通り。生活の彩りを戦争の道具にする、とっても強い界華」
「……ですわね。見たら少し引きましたわ。この界華でしたら、下手な軍隊なんて相手になりませんわ」
投げやりとも取れるエリザベートの言葉だが、一部には力が込められている。
「アーちゃんのその界華でしたら、故郷を襲った軍隊なんて簡単に成敗出来た筈ですわ」
ぶっきらぼうに告げられたその言葉に、アーディアは苦笑を崩さない。
「私、合唱コンクールが嫌いだったんだ」
「聞いた事ある話ですわね」
静かに続きを促してくれるエリザベートに感謝しながら、アーディアは記憶を遡る。
「だから喧嘩しちゃったんだ、友達と。……細かい事に愚痴愚痴と! 構ってられない! これ以上続けるならもう友達じゃない!なんて言ってさ」
言葉が少しずつ湿っていく。死体の腐食を早めそうなほど燦々と照る太陽と反比例するように。
「もう一切話しもせずに、お互い無視してさ。放課後の合唱コンクールの練習も、顔出し辛くなっちゃって公園でサボってたんだ」
思い出を語っていると言うのに、アーディアの言葉はどんどん暗くなっていく。
「公園でやる事無くなって、ちょっと合唱曲を口遊んで、家に帰って。三日も立てばモヤモヤして、一週間経った日の夜に謝ろうと思ったんだ。明日、明日には謝ろうって。それで……」
足の痛みに呻きながら、エリザベートはアーディアの上に跨る。顔の上に乗った髪を落とし、真正面から表情を見抜く。
「……私の界華【燎原】、この界華の発動条件が私の気持ちなのか、世界のルールなのかはわからないけど、友達が傷つけられないと発動できないんだ」
「それで?」
「絶交してる友達は、友達じゃないみたい。だから、あの夜、私は界華を発動できず、みんなは襲撃者に――」
ヘラヘラとした笑みはいつしか崩れ、山吹色の瞳からは涙が流れる。
「私が、もう少しだけ合唱コンクールを好きでいれたら、みんなは――」
「それは違いますわ」
息遣いの温度を感じる距離で、エリザベートはアーディアを見据える。アーディアの表情を絶対に見逃さない。
「侵略者に適切な手立てを打てなかった。その事に関して自治の長が責任を負うのは妥当ですが、一住民、それも投票権もない未成年が負うべきではありませんわ。力がある者には責任もありますが、その責任も特権が無い上で背負えというのは横暴ですわ」
一息で思いを吐き出した後、態勢を変えずに後頭部を掻きむしる。
「~~っ違いますわ! わ、た、く、しがアーちゃんに言いたい事はそう言う事じゃありませんわ!」
「エ、エリザ?」
そもそもなんで上に跨られているんだろう、疑問を挟むタイミングが無かったが少し冷静になったアーディアは首を傾げる。
「わたくしはアーちゃんといると楽しいですし、心が踊ります。アーちゃんの髪を撫でていれば苦悩が癒されますし、こうしてアーちゃんが悲しんでいればわたくしも悲しいですわ。貴女のそのわたくし達に向ける、日常を楽しもうとする元気な笑顔も、自分の性に抗えずとも葛藤する悲しい微笑みも、全て大好きですわ!」
至近距離からの突然の告白。アーディアは茶化す事も出来ず、ただドキドキしている。
「そうですわ、この特別で初めてのとっても素敵な気持ち。これこそが――」
「ちょ、ちょっと! ムード! 死体の中心でやる事じゃなくない⁉」
焦るアーディアに優しく微笑み、エリザベートは少し深く息を吸い想いを告げる。
「わたくしは、アーちゃん親友ですわ」
「ほわい?」
「親友。し、ん、ゆ、うですわ。何があっても親友、アーちゃんが今後友達を失う事は無い、っていうとってもいい話ですわ」
勝ち誇ったように笑うエリザベートの腹を蹴っ飛ばし、立ち上がる。
「酷いですわ! わたくし、結構な怪我人ですわよ!」
「親友に思わせぶりな事を言わない!」
アーディアはプンプンと天を見上げ、やはり溜息。
座り込んだエリザベートに手を差し伸べる。
「……ありがとう」
陽射しに照らされたアーディアの顔は、少し晴れ晴れとしていた。
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