砂と海のアイダⅠ

 海を見るのは二度目だ。今回は待ち時間もある。波打つ回数を数えていたが、果てしない事に気付いたアーディアは、ニーデンとの連絡に一休止がついたヒイングへ雑に話し掛ける。


「ねーヒイング、私の腕って竜宮城で治るの? ぶらぶらしてるんだけど」

「善い質問だ。運次第だな」

「善い答えじゃ無いね。運かー、運が良かった事一度も無いなぁ」


 魔力を持った人間は、烙円が人体から切り離されると命を落とす。魔力を無くせば人は生きていけなくなる、新たな世界のルール。烙円が第二の心臓を呼ばれているのは、何も魔力の源だからというだけでは無いのだ。

 思ったより命懸けな状況だが、アーディアは焦らない。そんな態度がヒイングの鼻につかない訳では無いが、追及はしない。


『確認した。収容所にいた政治犯達はヒーデルの兵士たちと合流した。追撃は……ヒイングが全員殺してるから大丈夫、だと思うよ』

「そう、ですか」


 同じく海を眺め黄昏ていたエリザベートは、リッサの報告も本当に聴いてるのか怪しいように受け止めた。体力の消耗が激しかった彼女だが、怪我は鎖骨のヒビが精々。時間が経つにつれ、ある程度体力を回復している。生身でもある程度戦えるヨーベルから失効過学を借りているのも、追撃部隊に見つかった時に、(一応)瀕死のアーディアとは違って戦力になると見込んでの事だ。


「さて、手短に済まそう」


 ヒイングはエリザベートの方を向く。相手の反応を待って話し掛けているわけではない、一方的に布告している。


「お前が命令違反――俺の囮の命を危険に晒してまで守りたかったデイサスの囚人たちの安全は確保した。だから、もう言い訳を聞くつもりも無い」


 アーディアが「誰がヒイングの囮だ」と文句を言うよりも、ホタルが構えるよりも早く、ヒイングはエリザベートを蹴り飛ばした。受け身の用意などしていなかった――そもそも距離もあり、攻撃のモーションも見えなかったエリザベートは、ボールのように海上で一度バウンドし海面へと沈んだ。


「抵抗もしていい、当然の権利だ」


 呟くヒイングの言葉が聞こえた訳では無いだろうが、エリザベートは立ち上がる。痛みに顔を顰めているが、失効過学のサーベルを構えている。戦う気だ。


「ちょっとちょっと! ヒイング何やってんの⁉ 若い女の子虐めるのが趣味なの⁉」

「お前は少し黙れ、俺への心証が悪過ぎる」


 アーディアへ一瞬意識を逸らした瞬間、エリザベートは高速でヒイングに接近する。ヒイングは見えるところに失効過学を携えていない、使い切ったと見るべきだ。勝機は接近戦!


「踏み込みが甘いな。速度を味方に付けるのは結構だが、踏ん張りが無ければ逸らして終わりだ」


 ヒイングが手にしているのは愛用の二丁拳銃。実弾も込められているが、ヒイングの界華を発動する為の媒体というのが主目的なソレは、異常な科学の恩恵の受けていない。それだというのに、ヒイングは涼しい顔でエリザベートの美しい剣戟を凌いでいる。


「本気でやれ。顔見知りだからといって手加減する理由も無いだろう。仲間じゃなければ気を配る必要が無いのと同じことだ」

「貴方の理屈で仲間を作ってルールで縛るなんて、随分と身勝手ではありませんの⁉」

「恩恵は授けただろう。今手にしている武器はお前の独力で手にした物か?」


 科学で鍛えられ、鋼をも切り裂く刀身。人間の生み出す限界を超えた刃をヒイングは二本の指で横へと捻じ曲げる。


「ッチ……! 【劫火】!」


 魔力の回復も十分ではない。だが、武器や剣捌きではヒイングには届かない。そう判断したエリザベートは、界華を放つ。

 魔力は完璧では無いが、一人の人間を包むくらいなら難しくはない。

 それは勿論、当たればの話だが。


「強力な界華だ。なんでそこまで使い方が下手なのか、理解に苦しむ」


 狙って炎を灯す。当然の段取りは、瞬間移動に近い移動能力を持つヒイングには通用しない。ヒイングを追い掛けるように次々と砂浜が燃え盛るが、魔力の消耗に息を漏らすエリザベートとは対照的にヒイングは汗一つ流さない。


「燃え盛る戦場が好きなら否定しないが、燃やしている間は魔力を消耗するのだろう? 不必要な魔力の浪費などするから直ぐにガス欠するんだ」

「偉そうに……!」


 何度目かの炎を放とうとするが、ヒイングの速度に間に合わない。今度は腹部を殴りつけられる。先ほどの蹴りよりは猶予があり、失効過学での自動防御が間に合った。


「まだ、ですわ……!」

「惡い考えた方だな。この距離になった時点で、お前の負けだ」


 もう一撃来る、とエリザベートが考えた頃には二度殴られていた。失効過学は破損し、エリザベートを守る物は何もない。


「痛いぞ。備えろ」


 そして一撃。ヒイングの拳はエリザベートの腹へとめり込み、再びエリザベートの華奢な身体は宙に舞う。今度は砂浜への落下だが、どこかを強く打ち付けたのだろう。嫌な音が響く。


「ぅぅ……」

「終わりだな」


 銃を右手で携え、エリザベートの頭へと標準を合わせる。

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