少女の故郷はよく燃えるⅣ

 アーディアたちの危惧を他所に、エリザベートは真っ直ぐに収容所の入口へと辿り着いた。それが罠である事は煮え滾ったエリザベートの頭でも理解出来たが、それがエリザベートの足を止める理由にはならない。


「本当に、人の国で好き勝手する……!」


 木々の自然が豊かな地だった。母と使用人と妹で、珍しくのんびりと日向ぼっこをした。時折顔を覗かせる野生生物に弟が腰を抜かしたのはいい想い出だ。

 それをだ。侵略者共によって均され、デイサスの避暑地として名を馳せた観光地は他国の軍隊が占領している。


「ぶち殺してやりますわ」


 オーバーヒートしたジェットパックを放り捨て、エリザベートは収容所の中へと入る。


「ッ……!」


 しかし、足を踏み出した時に段差に足を取られ、エリザベートはパタンと地面に倒れる。戦闘の疲労だけではない、時速数百キロによる高速移動とそもそもの心労。既にエリザベートの心身は限界を超えている。


「いたぞ! 賊だ!」

「殺しても良い! フーゴ様からの伝令だ!」


 異常を察知したのか、収容所の衛兵が出て来る。とても簡素な形をした銃は、烙円に触れる事で魔力を溜め、銃弾を放つ魔術武装だ。


「だ、か、ら、賊は貴様達でしょうに!」


 立ち上がる時間は無い。寝そべったまま、エリザベートは【劫火】を放つ。兵士宿舎での業火とは程遠い、人を二人焼き尽くすのに手一杯の幼い炎だ。


「……流石にもう魔力はガス欠ですわね」


 なんとか立ち上がったエリザベートは焼死体を無視し、壁を伝いながら収容所の奥へと進む。


「嫌な臭いですわ」


 灯り、衛生状態、匂い。全てが劣悪。衛兵が焼かれた悲鳴は聞こえただろうが、囚人たちは静まり返っている。今更そんな事は怯えるに値しないのだろう。


「いたぞ! そこだ!」

「ここで殺せ!」


 前から後ろから、次々と来る敵を界華で払う程の気力はもう無い。失効過学による自動防御と射撃による射撃で敵を黙らせていく。アーディア程の腕は無いが、そもそも自動照準である程度の狙いは着く。何度も撃ち続ければ自然と命まで辿り着く。

 だが、タダでさえ激戦の後だ、自動防御ももう持たない。宙に浮き攻撃を弾いていた円盤は電池が切れたように床へと落ちる。


「うぅ……っ」

「……丁度いいですわ。お尋ねしますわ、デイサスの王族と政治犯はどこですの?」


 貫通箇所が焼かれるレーザー銃は致命傷となりやすいが、絶命までは時間がある。初撃で死ななければ、それは残酷な拷問器具となる。

 銃口を頭に突き付けるだけで、倒れた兵士は失禁し秘密を口にする。


「地下だ……この先の管理室から行ける……だから頼む、助け――」

「うるさいですわ」


 額に焼けた穴が開いた男が崩れ落ちるのを見向きもせず、エリザベートは管理室へと向かう。奥の扉の鍵を破壊し、手すりを握りながら階段を下る。


「ようやく……」


 地下だからか、上のフロアよりも腐臭が濃い。新体制に邪魔な旧体制の知識人の矜持を傷付ける為だろう。


「ようやく!」


 牢の前へ辿り着く、その三歩前。


「やっべ! 本当に来たよ、コイツ!」


 鍵がかかっていない、大きな牢。そこで待ち構えていた金髪の男が突如エリザベートの前に躍り出て、身体を蹴り飛ばす。伏兵など意識にもなかったエリザベートは受け身も取れず、廊下で身体がバウンドする。


 金髪は鬱憤を晴らすように笑い、エリザベートを指さす。


「聞いてくれよぉ! フーゴ様にお前はここで一年間じっとしてろって! 嫌だったんだよ、こんなクソ田舎に駐屯するだけでも嫌だってのに、こんなカビくせぇ所でジジババ虐めるだけの仕事だぜ⁉ おいおい、人殺せるっつーから兵隊になったのに、出来るだけ殺さない拷問ってよぉ!」


 元々騒がしい男なのか、倒れたエリザベートを見下しながら喋り続ける。


「センパイ方は言うんだよ。慣れれば拷問も味があるって。ダメダメ、やっぱ命を奪うってのはイキのいい奴じゃないと俺ダメなんだよ! マジで嫌だった、このまま兵隊やめて盗賊でもやろうかって結構悩んだんだぜ!」


 様々な器具を運搬する為だろう。普通よりもやや広い廊下に反響する声は、全方位からエリザベートの声に当たる。


「でもフーゴ様は言ったんだよ。王女を殺せば金も戦場もくれるってよ! いやはや、死んだって言われてる王女なんかに怯えてるフーゴ様もすべて捨てて逃げた王女様もバカにしてたが、両方すげぇって感服するぜ! 両方、俺の見せ場を用意してくれてる!」

「【劫火】!」


 勿論エリザベートはただ倒れているだけではない。不用意に語らい続けている男の隙を見計らい、エリザベートの界華、燃え尽きない炎を放つ。

 だが。


「おいおい! 俺はお前が来るって言われて備えられた界華兵だぜ! 王女の界華に対応できない訳無いだろ!」


 ただでさえ連戦の疲労にガス欠の【劫火】は、金髪の手の上に生まれた無機質な黒い箱に吸い込まれて搔き消える。


「安心しろよ! しっかり殺した後は牢屋に突っ込んで、見捨てた奴らの好きにさしてやるからよ!」

「……一体全体、なんなんですの」

「あ?」


 レーザー銃は蹴り飛ばされた時に落とした。まだ失効過学の武装は残っているが、不意を打てるような物は無い。不用意な動きをすれば、即座にエリザベートは殺されるだろう。

 質感のある死を目の前に、エリザベートはただただ怒る。


「どいつもこいつも力で蹂躙して! 無辜の民を殺して国を奪って! 何が楽しいんですの⁉ やってみましたわ! 怒りに任せて帝国兵を殺してみましたわ! 全く楽しくありませんわ、これ!」


 思惑も何も無い、剝き出しの怒り。目の前の男、戦って来た兵士、侵略してきている軍隊。それだけに向けた物では無い。

 人類に臓器が一個増えても変わらない、世界への怒りだ。


「国は蹂躙され! 大切な人を牢屋に入れられ! 民は殺される! もうなんなんですのよ、一体! しょうも無いんですわ、地上も海の底も! 殺し合いなんて、戦争なんて、楽しくありませんわ!」

「知るかよ」


 界華兵の手には炎の矢が握られている。エリザベートの【劫火】の炎だっただろうが、エリザベートの魔力に反応しない。コントロールを金髪に奪われている。


「白けたよ。恨むなら、力の無さを憎みな」


 適当に投げ捨てるように、界華兵は矢を放つ。空中で体勢を立て直し、鏃がエリザベートの心臓へ。


(ああ)


 迫る炎を前に、胡散臭い赤髪の男の言葉を思い出す。


(何が死なないですか。普通に死ぬじゃありませんの)


 どんな思考だろうと、平等に時は流れる。炎の矢は速度を落とすことも無く、少女の身体を貫いた。


 髪の毛は真っピンク、豊満な胸を持つアホっぽい少女の右肩を。

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