少女の故郷はよく燃えるⅢ


「エリザベートちゃん! リッサちゃんの通信聞こえてるでしょ、無力化はもう終わってる! 増援も来る筈なんだ、ここで力を使い過ぎるのは良くないよ!」


 いかに焔が燃え盛っていようと、アーディアの大声が聞こえていない筈は無い。だが、当然と言うべきか返事はない。

 エリザベートの界華は【劫火】。エリザベートによって燈り、燃やし尽くすまで消えはしない魔力の炎だ。


「エリザベートちゃん!」

「うっさいですわ! だいたい、生き残らせてどうするんですの⁉ 人の国に我物顔で駐留する軍隊なんて、死ぬに越した事無いですわ!」


 寧ろ激高し、火力が更に上がる。兵隊の断末魔も燃え盛る建物の音にかき消される。

 敵はもういない。そんな打算も無く、エリザベートはアーディアに怒鳴り散らかす。


「何も知らない癖に、ほっといてくださいまし! わ、た、く、しは、貴女が大っ嫌いですわ!」

「うーん、なんとなく察してたけど、直で言われるとやっぱり傷付くなぁ」


 アーディアはあまり深刻に捉えないように笑みを作る。そんな態度が、エリザベートの火を更に昂らす。


「その! 軽挙妄動な態度が一番気に食わないんですわ! 貴女みたいな人間なんかと仲間にさせられる事が!」


 そして集中が逸れた隙に、燃え残りの兵が武器を構える。魔術槍だ、生き残るに必死の兵は最後まで諦めない。


「ローム帝国に栄光を!」


 エリザベートの脳髄を狙った一撃だが、背中に付いている丸盾が自動で飛び攻撃を弾く。失効過学で守られているエリザベート達に不意打ちは通用しないのだ。


「ローム帝国の栄光?」


 そうしてエリザベートは男の手足を焼き迫る。既に痛みで半狂乱となっているが、そんな事は、憎悪の処刑人には関係ない。


「な、に、が」


 そうして足に力を込める。膝に付いている失効過学のサポーターは微細な電気が身体を刺激する事により、身体能力も総じて上がっている。人間の頭蓋骨を踏みつぶせる程度には。


「人の国を侵略して、クーデターに乗っかって! 盗人の集まりのどこに栄光があるっていうんですの!」

「き、貴様はもしかして! なら、狙いは収容所の――」


 それが男の最期の言葉となった。嫌に鈍い音でエリザベートの足は地面へと着いた。エリザベートは止まりはしない。もう一度足を上げ、感情のまま再び踏み潰そうと足を降ろす。


「流石にやりすぎだろう、姫。殺すのは兎も角、殺し方だってあるだろう」


 が、遺体へと向かう右足が鞘によって阻まれる。戦地まで駆けつけたホタルの仕業だ。


「わたくしの勝手ですわ」


 エリザベートの息は荒い。魔力を使い過ぎたことに加え、怒りで体力を削っている。戦闘への覚悟はあったが、戦闘慣れはしていない。異様な興奮が体力の消耗を助長しているのだ。

 そんな姿も見かね、ホタルは苦言を呈する。


「一応だが拙者達は仲間としてここにいる。一蓮托生である事は言うまでも無かろう?」

「わたくしは、貴女たちを仲間と認めた事など一度もありませんわ」

「認識の話はしておらん。事実として、行動を共にしているのだから――」

「なら、別行動にしますわ」


 エリザベートの腹部、烙円が光り紋様が変わる。


「なっ⁉」

「危ないですわよ、離れてくださいまし」


 エリザベートを斬って勝手をさせない、という反射的な判断を脳内で打ち消す。その数瞬間の後、ホタルが立っていた場所に焔の壁が燃え盛る。


「姫! 味方への攻撃など!」


 焔に向かってホタルは叫ぶが、エリザベートからの返事はない。

 十秒ほど、焔が燃え尽きた後にはエリザベートは遥か彼方だ。背中に付けられた個人型のジェットパック、失効過学による緊急ブースターでエリザベートは飛んでいった。


「……行ってしました、ね」

「行ってしまったな」

『行っちゃったね。何もしてないと思われるのが嫌だから言うけど、ボクは散々耳元で止めたんだからね? イヤホンは投げ捨てられたけど』


 残った三人とリッサは、少しの小休止が生まれる。現在進行で起きている大きな問題に目を瞑り、ヒステリックに戦う仲間がいなくなった事で緊張感が解けたのだ。


「リッサちゃん。エリザベートちゃんがどこへ向かったかわかる?」

『収容所。ヒイングの手伝いに行ったわけでは無さそうだねぇ』

「ヒイング様の命令では、収容所に近づくことは許されていません」


 ヨーベルの声には、怒りが滲んでいる。少女たちの中で、唯一のヒイングのシンパだ。ヒイングの言う事を絶対視している節がある。


「だが、それは砲和魔術の存在が前提の話だ。拙者が周囲の砲和魔術を全て潰した以上、収容所が吹き飛ばされるというリスクは排除出来ている筈だ」


 携帯用の魔術武装。それが前線での主力であったというのなら、砲和魔術は中距離の戦争道具だ。魔力の波長が合う兵士が数十人集い、専用の魔術武装に魔力を込める事で発動する大量殺戮兵器。特に帝国は砲和魔術専門の部隊を幾つも用意し、多くの軍を焼き払って来たのだ。


『確かに、砲和魔術による爆撃の危険性は無くなっているね。でも、収容所には兵士が何人か常駐している、今の姫様で突破出来るかどうか。それに……』

「予想されている兵力――界華兵を、拙者達はまだ打ち倒していない。だろう?」


 再び重い沈黙が訪れる。科学全盛の時代は過ぎ、魔力の時代となった。前線の脅威を打ち払う魔術武装をした兵に、中距離支援の砲和魔術。そして、強大な力を持つ界華の兵を戦略的に運用するのがローム帝国の基本戦術だ。


『界華兵は収容所にいたみたい。ヒイングもまだぶつかっていない、これじゃあ、姫様は罠の中に突っ込んだような物だね』


 失効過学と強い界華を持っているエリザベートならば、そこらの界華兵など問題にならない。が、それは冷静な頭脳と体力があってこその話だ。何より、界華は人によって千差万別。絶対の信頼がある失効過学を簡単に貫く能力があっても不思議では無いのだ。


「あーーっもう! 戦場で何故こうも我儘に振舞う! 命のやり取りをしている最中に冷静さを失くせばどうなるか、難しい想像では無いだろうに!」


 ホタルは地団駄を踏む。嫌に戦場慣れしている少女だ、逆に戦場のセオリーから外れている事が落ち着かないのだろう。


『さて、どうする?』


 いつまでも話し合ってはいられない。

 リッサは敢えて声を低くし、冷徹な決断を迫る。


「先に忠告しておくが、この先は拙者と言えど安全ではない。界華兵による不意打ちは何が起こるか読めぬ、アーディア殿達の失効過学による防御でも十全とは言えぬしな」


 最初に口を開くホタルは、リスクの話をする。賛成か反対かは濁した。


「……ヨーベルはあまり賛成ではありません。ヒイング様の指示に従わず、アーディア様達を危険に晒す姿はあまり好感が持てません」


 ヨーベルはルールと個人の感情の話をした。反対を表明したのは、敢えて自分が反対する事でアーディアに責任を持たせない為か。


『ボクは深海の過ごしやすい部屋でモニターを眺めているだけだ。キミ達みたいに命を晒している訳じゃ無いから、危険に飛び込めなんて言えない』


 リッサは何も言わない。軽い口調には変わりないが、悔しさはどこかに滲んでいる。

 そうして、アーディアに注目が集まる。


「リッサちゃん。リッサちゃんは、私たちの個人情報を知ってるよね?」

『……失効過学が知っているくらいの事はね。サポート役だから、って言うと言い訳だね。フェアじゃ無いのは謝るよ』

「私は喋ってない事があるだけで、秘密じゃないから気にしないで。あんまり聞くべきじゃないけど、命を賭ける話をするから聞いちゃうね。エリザベートちゃんは、何をしに行ったの?」

『――弟を助けに行ったんだと思う』

「……家族を、か。そっかぁ、家族かぁ」


 小さく風が吹き、まだ整えられていないアーディアの髪が揺れる。

 その髪の隙間、その表情をホタルは偶然目にする。


(――何という表情をしているのだ、アーディア殿は)


「私たちも行こう」


 そして、アーディアは決める。


「私はエリザベートちゃんと仲間でいたい」

「随分と嫌われているように見えましたが、それでもですか?」


 ヨーベルは問い詰める。自分の反対意見だから、ではない。土壇場で意見を翻し、死に際で文句を言うような態度ならば、ヨーベルは動かないしアーディアの事も止める。

 自分の命を賭ける価値のある言葉を喋るか、見極めている。


「うーん、極論で言っちゃうと、エリザベートちゃんにどう思われてるかは、あんまり関係ない、かな」


 アーディアはそんな思惑に気付かないかのように、グーっと背伸びをし身体を解す。


「仲間は好き嫌いでなる物じゃない。なりたいかなりたくないかで決めるんだよ」


 そして、二人に手を差し出す。烙円が甲に刻まれた右手をだ。


「エリザベートちゃん。ホタルちゃんにヨーベルちゃん。勿論、リッサちゃんも」


 表情はまた変わり、木漏れ日を受けるひまわりのような笑みで。

 アーディアは笑った。


「私は、みんなで合唱コンクールがやりたい」

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