楽園追放Ⅱ


 三階建てであった学校は、七割が瓦礫となりなんとか残っている程度だ。少女が逃げ込んだ残りの三割は所々に穴が開き吹きさらしとなっている。壁のところどころにある赤い染みは、この地にどんな傷痕があるのか想像に難くない。


「さて」


 ヒイングが一歩踏み出し、右腕が輝く。それだけでヒイングと学校の間の距離が飛び、校舎の入口へと辿り着く。

 瓦礫を踏み荒らした跡があるが、少女は見当たらない、校舎のどこかに潜んだか。


「想像より身体能力が高いな。見込み違いか?」


 残り五十五秒。


 ヒイングは右手の銃を天へと掲げる。銃口に仄暗い光が集い放出される。半径十メートル、それがヒイングの一動作によって消失した範囲だ。


「殺す気⁉」


 右前の瓦礫の中から元気そうなピンクが跳ねる。想定を超えた暴力に混乱した、という所か。


「生きているならよかった」

「お、ようやくこの冗談みたいな鬼ごっこも終わりに……」

「証明が続けられるからな」


 事も無げにヒイングは銃を構える。


「……もう冗談じゃ終わらないよ。怪我しても知らないから!」


 少女は手にしていた紐を思いっきり引いた。ヒイングの頭上、二階部分を支えていた板が剥がれ、瓦礫が降って来る!


「なるほど、善い準備だ。生き残る気を感じる」


 が、ヒイングは一切目を向けずに瓦礫を躱して見せる。


「強いて言うのなら、殺す気を感じないのがいただけない。その程度では――」

「死ななければ勝ち、って言ったよね!」


 少女は次に、瓦礫の底のスイッチを足で押し込む。ヒイングより後ろ、学校の入り口の横に隠されていた箱からナイフが飛んでくる。軌道は低い、狙いは足の位置だ。


「不殺か? あまり好きな主義ではないな」


 ヒイングは足元の瓦礫を蹴り上げ、事も無さげにナイフを撃ち落とす。


「無理! 逃げよう!」


 ある程度の備えじゃどうにもならない、少女はヒイングを傷付けるのを諦め逃げる事に専念した。ヒイングに背を向け逆側へと走り出す。


「視線を外す、愚策だ」


 直接狙う事よりも、天井を狙う方が証明として適している。銃撃で二階部分を破壊し、瓦礫が少女へと降り注ぐ。残り三十八秒。


「へへん、どこ狙ってるんですか!」


 大きな瓦礫は躱せても、小さな飛礫が当たる筈だった。吹き抜け故の強風、それが少女を守った。足を止めない、少女は逃げる。


「さて、どうしたものか」


 角を曲がり逃げられた。ヒイングの能力と銃ならば、壁越しでも少女がどこを走っているかなど簡単に予測できるし、銃撃で貫通も出来るだろう。つまり、殺せる。


「あまり何度も手加減しても、何の証明にもならないか」


 ヒイングの顔の紋様が動く。線が一度集まり、花が咲いたように変わる。

 壁に向かって一発。感慨も無くヒイングは光の銃弾を放つ。狙いは頭部、油断している少女が躱せるはずもない。


「痛っ! 瓦礫増えてる⁉」


 残り二十五秒。予想外の所で足を引っ掛けた少女はすってんころりんと転ぶ。一瞬でもテンポがズレれば頭が吹っ飛んでいただろう事にも気付かずに。


「もーやだ。なんでこんな目に……」


 自分の悪運も知らずにしょぼくれている。ヒイングは呆れつつも、直にトドメを刺す事にする。そうして曲がり角を曲がった瞬間、彼は足を取られる。


「……落とし穴にハマったのは、二か月ぶりだな」


 自然の亀裂ではない、明らかに手作業で掘った痕跡がある。そもそも、下に粘度の高い泥が溜まっている時点で悪意がある。


「因果応報、って事にさせてね」


 そしてその隙を少女は見逃さない。今まで逃げ惑っていた真剣になり切らない少女とは思えない程の機敏さで、狙っているのはヒイングの肩。

 手には雑草を刈る為の鉈。これも瓦礫の下に隠していたのか。


「――暴力的な人は、少し痛い目に遭うくらいが丁度いいと思う」

「善い判断だ。力量差の把握さえしっかり出来ていれば、の話だが」


 狙われた腕の裏拳で、ヒイングは少女の鉈をへし折り吹き飛ばす。


「ぶへっ!」


 腰も入っていなければ地面にしっかりと接地してもいない、腕の力でだけの攻撃だったがもろに受けた少女は屋外まで吹き飛ばされる。


「残り五秒」


 落とし穴から簡単に抜け出したヒイングは、少女の肩を泥で汚れた足で踏み付け、銃口を頭に向ける。銃が詰まるなんていう奇蹟は無い。

 言葉も無い、ただ期待外れという表情を浮かべ、ヒイングは引鉄に指を掛ける――


 ピガリン、と轟音が響いたのはその瞬間。


 その轟音は銃口からでも、ましてや少女からでもない。高く高く空の上、天からの光。

 ヒイングに降り注いだ雷鳴だ。


「……………………え、大丈夫?」


 自分の身体が痺れていない、という事を確認してから少女はヒイングに話し掛ける。流石に自分の上で死なれるのは目覚めが悪いのだが……


 残り零秒。


「――死なない」

「よかった、生きてたんだね!」

「お前がだ。六十秒、お前は死ななかった。それどころか、確実に絶命する瞬間に敵への落雷。お前は死なない。お前で五人目だ」

「……会話があまり得意じゃ無いのはもう理解したけど、せめて雷が落ちた後に格好つけるのはやめて欲しいかな?」


 取り敢えず肩を踏み付ける足を外して欲しいが、そういう気分では無いようだ。少女は諦めて受け入れる。


「夢はあるか?」

「夢?」

「希望でも野望でも宿望でも、お前が望む将来の展望だ。皆殺しの廃墟で死なない少女は、何を夢見る?」


 取り敢えず足を外してもらう事、なんて答える雰囲気でも無い。

 そして、ふざけないのなら少女の望みは決まっている。


「合唱コンクール。合唱コンクールをやりたい」

「善い。理解するつもりは無いが、善い夢だ。名前は?」


 何が善いのか。全く少女には理解できないが、気が向いたのか肩から足が外されたから良しとする。

 立ち上がり、服の泥を払いながら少女は名乗る。


「アーディア。アーディア・アーカイブ。これからの元気な女の子」

「来い、アーディア」


 ヒイングはアーディアに向けて、手を差し出す。


「夢と仲間の為に、命を賭けろ」


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