第2話 翡翠の眼差し
アレン・クローウェンには夢がある。
それは──アークライン王国の誉れとも呼ばれる魔法騎士になることだ。
魔法と剣術を高水準で極めることができる、少数の精鋭だけが所属する王国魔法騎士団に所属することで、初めてその称号を与えられる。王国の人々は称号を持つ者に敬意を表し、貴族や国王からも頼りにされる国防の要にして、誰もが一度は憧れる職業──それが魔法騎士。
アレンは7歳の頃に魔法騎士たちの凱旋パレードを見て……目を奪われた。
煌びやかな鎧を身に纏いながら、鎧には無数の小さな傷が刻まれ、包帯を巻いている者もいた。しかし、その威風堂々たる姿に、誰もが歓声を口から漏らして、魔法騎士の栄光を喜んでいた。
あの時、アレン・クローウェンの夢が、定まったのだ。
俺は、その夢の原点を共に見つめていた。
「うわぁっ!?」
魔法が暴発した。
紺色の学生服に身を包んだアレンが、手を焦がしながらその場に倒れ込み……涙目になりながら、なんとか痛みを堪えて立ち上がろうとするが──周囲からは嘲りの笑みが向けられていた。
王立アークライン魔法学院は実力こそが全て。平民の生まれでも、魔法の実力があれば立場が保証される、平等で残酷な小さな社会だ。
逆に言えば──貴族であろうとも、実力がなければ蹴落とされ、周囲の全てから蔑まれてしまうような地獄の環境であることは間違いない。
「また貴様か、アレン・クローウェン」
「ご、ごめんなさい! 次は、次はちゃんとうまくやりますから!」
「その言葉も聞き飽きたな。貴様には魔法の才能がないと言っているはずだ。努力をするのは勝手だが、騒ぎを起こさないでもらおうか」
「……はい」
唇を噛みながら、アレンは俯く。
ここは魔法の実力こそが全ての場所。だからこそ、今はまだ無能と蔑まれているアレンでも……努力して認められれば、普通の人間として扱われることになる。だからこそ、周囲からどれだけ嘲笑われ、教授から才能が無いと罵倒されようとも……決して歩むことを止めない。
彼にとっては、才能がないと拒絶されるよりも、自分で歩みを止めてしまうことの方が恐ろしいからだ。
「……レイン」
『駄目だ。自分でちゃんと立ち上がれ』
誰にも聞こえない小さな声でぼそりと呟いたアレンに対して、俺はすぐさま否定の言葉を吐き捨てる。
互いの存在を認知している俺たちは、肉体を共有している者としてなのか……こうして喋ることができる。アレンが音として発していない声も、俺には聞くことができるし、逆にこちらから話しかけた言葉は音になっていない声として、アレンの心に響く。
「なにが、駄目だったの?」
『いつも言っているが、魔力が偏り過ぎだ。魔法陣に魔力を込める時は均等にしないと、さっきみたいに爆発することになる。さっきは右手に偏ってたぞ……あと、こっちもいつも言ってるが、呼吸のタイミングに合わせて魔力を動かせ。バラバラの癖、直ってないぞ』
「……難しいね」
『お前にとってはそうだろうな。だから繰り返し練習するんだろ』
「そうなんだけどさ……」
何度でも、はっきりと言うが──アレン・クローウェンには魔法の才能が無い。
この世界の魔法が使える普通の人間なら、誰もが無意識にできることも、アレンにとっては難しいことになる。
魔力を魔方陣に均等に流し込むなんて、溝に水を流し込むようなもので、自然とその形になっていくと誰もが思っているのに、アレンにはそれが難しく感じる。
「君が、本当の僕だったら……僕は魔法騎士になれたのに」
『そんなことはない。俺が肉体をしっかりと持っている人間だったら、そもそも最初から魔法騎士なんて目指してない。その夢は、お前の心から芽生えたものだ……だから、夢を追いかけるなら泣き言は短めにしておけ』
厳しいことを言っているのは自覚しているが、アレンが本当に魔法騎士になる夢を追いかけるのならば……甘やかすばかりでは駄目なこともある。
『魔法陣すらまともに描けなかった頃に比べたら成長しただろう? 努力すれば必ず結果に辿り着くはずだ』
「嘘だよ」
『嘘だと思うなら──お前が証明してみろ。自分の限界まで努力して、その先で「やっぱり成功しなかった」と言ってから、嘘だと言え』
こんな偉そうなことを言っているが、俺だって別に死に物狂いで努力したことなんてない。アレンに教えている魔法の知識だって、神を自称しているカスから与えられた知識でしかないし、神崎蓮という人間はいつだって途中で挫折してきたつまらない人間だった。
だからこそ、俺はアレンに諦めて欲しくない。
30歳が近くなってから、ようやく自分が逃げ続けた人生だったことを理解した俺の後悔から、少しでもアレンは学んで欲しいと思っているから。
「君みたいな、なんでもできる人間にはわからないんだよ!」
『アレン……おい、アレンっ!』
それでも、年寄りの余計なお節介など、誰も聞かない。
年長者からなにかを言われたぐらいで変わるのだったら、俺だって若い頃に変わっている。
身体は同じなのに、伝わらない心にモヤモヤしてしまうが……それも仕方のないことかもしれない。
人間が他人を真に理解できるなんて、ありえない話なのだから。
翌日以降、アレンは落ち込んだ様子でずっと授業を受けていた。
普段から生真面目だからこそ落ち込みやすい性格なのだが……今回のは長引きそうだ。
『……ペンが止まってるぞ』
授業を受けているアレンのペンが動いていない。
黒板にはスラスラと魔法理論が書かれているのに……アレンの手は動き出す兆しも見えず、ただ授業だけが淡々と進んでいく。
『アレン?』
「……どうして、僕なんかが、魔法騎士なんて目指したんだろう」
『……目指したことを、後悔してるのか?』
「うん……僕に才能がないなんて、最初からわかってたのに……子供みたいな夢を見て、高望みで……届かない」
まぁ……気持ちはわからんでもない。
人間の成長速度は一定ではないし、個人によって才能の差があるのは厳然たる事実だ。
『それは、努力をやめる理由になるのか?』
「……ならない」
『なら、続けよう。たとえ結果がついてこなくても……いつかお前の人生を支える財産になる』
結果が出ない努力ほど辛いものはない。でも、そこで投げ出したらそれで終わりなのだ。だから……そこで努力を止めるべきじゃない。
授業が終わり、気落ちした表情でノートを鞄にしまったアレンが教室から出ていく時、クスクスと嘲笑するような笑い声が聞こえた。
アレンはそれを聞いて顔をくしゃりと歪め、涙を堪えながら教室から逃げるようにして出ていく。
教室を俯瞰するような視点で見つめていた俺は、誰がアレンを笑ったのかまで見ていたが……敢えてなにも言うことはなかった。言ったとしても……なんにもならないから。
「おい、無能」
「うわっ!?」
階段を降り、学校から出た瞬間にアレンは制服の襟首を掴まれ、そのまま引きずられ……校舎裏に放り投げられた。
「ぐぇっ!? な、なに?」
「お前みたいな無能は、退学しろよ」
「い、嫌だ! なんでいきなりそんなこと言われなきゃいけないんだ!」
耳にピアスをつけて、制服のネクタイが緩められている茶髪の男に対して、アレンは怯むことなく叫ぶ。
その瞬間、男の額に青筋が浮かび上がったのが見えた。
「……もう一回だけチャンスをやるよ。さっさと退学しろ」
男の取り巻きらしき黒髪の二人も、ニヤニヤしながら「退学しろ」と言っていた。
「い、意味がわからない……この学校に退学しなきゃいけないなんて規則はない! それに、たとえ僕に才能がなかったとしても、普通科に転科すればいいじゃないか!」
「あ? 一回だけって言ったよな?」
思い出した。
アレンに退学しろと迫っているのは、この王立アークライン魔法学院に出資している伯爵家の次男だ。
アレンと同じクラスで授業を受けているが、貴族の出身だからなのか、やけに平民を見下しているやつで……あまりいい印象を受けない男だった。
気に喰わない生徒に退学を迫るとは、どんな権利があってやっているのか。
「お前、魔法騎士を目指すとか、入学した時に言ってたよな? そんな甘い世界じゃねぇんだよ、魔法騎士ってのはな」
「っ」
「お前みたいな才能がない人間が努力すればなれるとか、勘違いしてるのを見ると虫唾が走るんだよ!」
『アレン、避けろ』
目の前の男が拳を握り込んだのが見えたので冷静に伝えたのだが、緊張しきっているのか……それとも先ほどまでの言葉に思うところがあったのか、反応することもできずに思い切り殴られていた。
身体を共有していると言っても、主導権を握っていない時は別に身体の感覚があるわけではない。だが──見ていて不快なものは不快だ。
『代われ』
「い、嫌だ……僕は、退学しない……頼り切りにもならない。自分で──」
ゴッ、っと鈍い音が響き──アレンの身体がゆっくりと倒れる。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」
目を開くと同時に倒れそうな身体をなんとか持ち直し、切れた右頬の内側から流れた血を吐き出す。
「……だから代われって言ったんだよ。どっちにしろこうなるじゃねぇか」
「あ?」
アレンの意識が無くなったことで、俺の意識が強制的に浮上してくる。
瞳に色が翡翠に変化し、身体の内側から無限の魔力が溢れ出す。
こちらの雰囲気が明らかに変わったのを察したのか、チャラそうな男は少し怯みながらも、自分の意地のためだけに拳を握りしめる。
「待て」
「あぁっ!?」
「俺はお前と戦いたくない」
「な、なに言ってやがる?」
「わからないのか? 俺はただの平民で、後ろ盾も何もないような人間なんだぞ。実力主義を掲げている学院とはいえ、平民がいきなり貴族の息子を殴ったなんて大問題……最悪、俺が投獄されるかもしれない。それは嫌だ」
淡々と、俺から攻撃するとどんな問題が起きるのかを説明する。
別に俺はこの男を殴っても別にいいのだが……社会はそれを決して許さないだろう。貴族は特別だからこそ貴族なのだ。
「なら、決闘ならいいのか?」
「……正気か?」
男が口にした「決闘」というのは、貴族にとってどれだけ重たいものか──伯爵家の人間ならわかっているはずだ。
「そこまでして、俺と戦う理由がわからない。お前の誇りを傷つけたのなら謝るが……心当たりがない」
「っ! お前みたいな才能もないやつがちょろちょろしてんのが、うぜぇって言ってんだよ!」
「……才能がない人間に対して極端な反応をするな。まるで、自分に言い聞かせるみたいだ」
挑発の意図はなかったのだが、男は握り込んだ拳で殴りかかってきた。
「自分の挫折を他人に投影するな。自分ができなかったことを妬む暇があるなら、自分を磨け……そうしないと、一生その劣等感を抱いて生きていくことになるぞ」
「黙れっ! お前みたいな平民になにがわかる!」
「わからないから、俺が思っていることをそのまま伝えた……それでも聞くつもりがないなら、もう言葉はいらないだろ」
本当は決闘なんてやる気が出ないようなことはしたくないし、この身体はアレンのものだから……極力、傷が付きそうなことは避けていきたいのだが、この男は一度ぐらいその頭に恐怖と一緒に叩きこんでおかなければ、またアレンに絡んでくることになるだろうことはわかっていた。
「決闘、だったな」
「そうだ!」
「自分から言い出したんだから、なにが起きても問題にするなよ? 勿論、再起不能にするつもりなんてないけどな……精神的に叩き折れても、俺は責任なんて取らないからな」
アレンの身体であることは理解しているが──ここまで言われて引き下がっていては、これからの学院生活でずっといじめられるだけだ。
才能がないことや平民であることを言葉で罵られるだけなら、俺もそこまで強く反応するつもりもなかったし、アレンの人生だから逆境を乗り越えるのも成長のためには必要だと割り切れたが……暴力を振るってくる相手には、暴力で返してやらなければならないこともある。
「……教師立会いで学院の規定に従った決闘なら、受ける」
「それでいい。ブレス伯爵家の名に誓って、規則は破らない」
内心でアレンに謝りながら、俺はその決闘を受け入れた。
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