無理やり転生させられたけど、少年の夢を叶えるために協力することにした
斎藤 正
魔法学院一年生 実技科
第1話 転生させられた
乗用車がこっちに向かって突っ込んでくる。
交差点に立っていたわけでもなく、普通に歩道を歩いていただけなのに──目の前から迫ってくる車が、ゆっくりと俺に近づいてくる。
あ──死んだわ、これ。
最期の瞬間に見えたのは……運転手の、まるで好奇心と邪悪な考えが入り混じったかのような、気味の悪い笑顔だった。
「いやぁっ! 死んでしまったね!」
「……は?」
車に轢き殺された感触と痛みがまだ残っている状態で、俺は謎の空間に倒れ込んでいた。
数トンの重さがあるような鉄の塊に身体を無残に轢き潰された痛みと恐怖が抜けきらない状態で、俺は立ち上がることもできずに、息を荒げて両足を生まれたての小鹿のように震わせていた。
そんな俺に対して、底抜けに明るい声で話しかけてきたのは──白くてゆったりとしたシャツに、下半身は灰色のジャージみたいにラフな服装に身を包んだ、金髪にサングラスの若い男。その片手には、なぜか缶コーヒーが握られていた。
「
「……誰だよ、お前は」
「私? 私は……神様だよ!」
「頭イカレてんのか?」
「おっと! いきなり辛辣だねぇ! でもいいよ……私は寛大だから、許してあげよう!」
どうやら、話が通じるタイプの相手ではないらしい。
何回か呼吸をしていたら、少しずつ身体の痛みが遠のいていくのがわかったので、ゆっくりと立ち上がりながら自称神を睨みつける。
「いいね、その目……そういう目ができる君には、記憶を持ったまま異世界に転生して人生をやり直す権利が与えられます! いやぁ、良かったねぇ!」
「──断る」
「……はい?」
テンション高めに、転生して新たな人生を送ることができると騒いでいた神の言葉を遮る。
俺が何を言ったのか理解できていないのか、何度も瞬きしながら見つめてきた神に対して、堂々ともう一度宣言する。
「俺は転生して人生をやり直すつもりなんてない。交通事故とは言え、そこで死んだなら俺の人生は終わってる。今からそれを蒸し返して、自分の後悔を清算するなんて、そんなことをするつもりはない」
「……どうして? もしかして不安なの? 安心していいよ。ちゃんと異世界に転生させる時に、必要な知識はそのまま頭に直接叩きこむつもりだし、異世界転生特有のチート能力をつけてあげるよ。異世界に転生してから、最強の力を使って多くの女の子を惚れさせて、ハーレム作っちゃえよ!」
「ふざけんな。俺は、やり直すつもりなんてない」
人生に後悔がなかったわけじゃない。
やりたいことだって沢山あったし、親より先に死んでしまった不孝に対してなにも思わないほど、両親と仲が悪かったわけじゃない。
死ぬのが怖くないわけでもないし、転生したらきっと彩のなかった人生を楽しく過ごせるようになるだろう。それでも、俺は異世界に転生してこの自称神の言う通り、好き勝手に生きようとは思えなかった。
「うーん……なんか、思った反応と違ったなぁ」
「わかったら、さっさと死後の世界にでも案内してくれ。ないなら俺の意識を消せ」
「わかった。チート能力は魔力が視認できる特別な神の眼と、底無しの魔力、それからあらゆる魔法の知識と、武器の扱い方を頭に叩き込んでおくよ」
「人の話聞いてんのか!?」
勝手にチート能力を詰め込まれた状態で転生させられそうになっているので、慌てて自称神を止めようと手を伸ばそうとしたが、神がにやりと笑った瞬間に、死ぬ瞬間の記憶がフラッシュバックして、その場で吐いた。
「最後に特殊能力として、剣として認識できる物体を手にすると、それがなんでも斬れて絶対に折れない魔剣に変わる能力を君に与えよう!」
「ふざ、けんな」
「じゃあ、もう転生させるから」
「ぐっ!?」
自らの気持ちを奮い立たせて、なんとか自称神に向かって手を伸ばそうとするが──いきなり足元がなくなって、落下し始めた。
「ばいばーい! 異世界でチート能力者として、好き勝手に生きてね!」
落ちていく俺を、身を乗り出しながら覗き込んでそう叫んでいた自称神の顔は──好奇心と邪悪な考えが入り混じった不気味な笑顔だった。
そう……俺を轢いた車の運転手と、同じ顔だったのだ。
その瞬間、俺は直感的に悟った。
俺は不幸な交通事故で死んだのではない。
どんな理由があったのかは知らないが、自称神のあいつが──自らの悦楽のためだけに俺を殺して、異世界に転生させようとしているのだと。
恐怖を振り払い、遠ざかっていく自称神に手を伸ばすが……返ってきたのは、邪悪な高笑いだけだった。
こうして、俺は交通事故をきっかけとして、異世界に転生することになった。
転生して最初に思ったことは「あの野郎、いつか絶対にぶっ殺す」だった。
転生するなんて嫌だと拒否したのに、自分が楽しむためだけに様々な能力を与えて無理やり転生させやがったあの自称神。神を名乗ってるくせに現代的な服装で、しかも金髪サングラスだったのか……なんてことはどうでもよくて、俺が死ぬ原因になった事故が、そもそも仕組まれていたのではないかって疑惑についてだ。
『……ん?』
考えるために手を動かそうとして気が付いたのだが……意識の中では手が動いているのに、肉体が動いている気配がない。
そこでようやく、自分の周囲を確かめるために周囲に視線を巡らせたら──なにもない白い部屋に、一面の壁を覆いつくすほどのモニターだけがある場所だった。
意識して腕を動かすと、自分の腕が動くのだが……肉体が動いている気配がない。とても不思議な感覚なのだが、完全に俺の肉体と意識が切り分けられている。
どういうことになっているのか全く理解できないまま、モニターの前で全身を動かしていたら……急にモニターに世界が映し出され、同時に赤子の鳴き声が響いた。
『まさか……転生って、意識だけか?』
モニターが、泣き喚く赤子の一人称視点で動く。
母親らしき人物が優しそうな笑顔を浮かべながら視点の主を抱き上げ、澄んだ声であやしている。
「どうしたのー、アレン?」
『アレン……それが、この身体の名前なのか?』
身体と俺の意識が別れていることに戸惑いながらも、ただその映像を見つめていることしかできなかった。
俺が白髪の赤子──アレン・クローウェンの身体に入り込んでしまってから数年の時が経ち、いくつかわかったことがある。まず、俺は意識だけでアレンの身体に入り込んだのではなく──この肉体を共有している存在であるということだ。
アレンが3歳になった頃、近所の同い年ぐらいの子供と喧嘩をした。理由はくだらなさすぎて覚えていなかったのだが、アレンが相手の子供に顔面を殴られて後ろに倒れ、意識を失った瞬間に──俺の意識が浮上して、肉体の主導権を得たのだ。
いきなり肉体を得たことに困惑しながら黙っていたが、さらに殴りかかってきたのでそれを見てから掴み、顎に手を当てた。
「いでででっ!?」
「まぁ、少し待て……今、ちょっと考えてる」
格闘技なんて嗜んだこともない俺が、子供のパンチと言えど普通に見てから受け止めることができたのは、自称神が言っていたチート能力とやらのお陰だろう。
体格では相手の子供の方が圧倒的に上なのに、身体から溢れてくる底無しの魔力が……3歳のアレンの肉体を極限まで強化していく。
魔法についてなにも知らない筈の俺でも、自称神によって頭に直接叩きこまれた知識が、勝手に魔力を制御していく。制御できずに漏れ出していた魔力が収まり、ゆっくりと身体に巡っていく。
「えーっと……なんだったか……喧嘩、だったな。まぁ、こっちにも少しばかりは非があったから謝っておく。それで許してくれないか?」
「え? あ、うん……え?」
「ありがとう。君は優しいな……これからも、仲良くしてくれ」
それだけ言い残して、肩を軽く叩いてから俺は踵を返し、自宅に戻った。
家に戻ってから、すぐにアレン本来の意識が何処に行ったのかを確認しようと思ったら……身体の内側で、誰かが呻くような声が聞こえたので、目を閉じて意識を集中させると、ずっと待機していたモニターがある白い部屋に、アレンがいた。
「……君は、誰?」
「俺か? 俺は神崎──いや、レインだ」
日本人名を名乗っても通じないかもしれないと思いとどまって、蓮という名前をそれっぽい音に変え、レインと名乗る。
3歳児らしい微妙な反応をするアレンを見つめて、これからこの肉体についてどうしようか考えていると……ニコニコと悪意のない笑みを浮かべたアレンが、よたよたと近寄ってくる。
「レイン! 僕と同じ顔!」
「──意識したことはなかったな。顔が同じ……肉体を共通しているからか? だが、目の色が違うな」
「うん! レインの目はすっごく綺麗だね!」
アレンの瞳は明るいブラウンの瞳なのに対して、俺の瞳は翡翠のような色をしている。原因は……考えるまでもなく、魔力が視認できる神の眼とやらのせいだろう。本当に、余計なものばかりを押し付けてくれたものだ。
「……アレン」
「なぁに?」
「明日、クーリオにちゃんと謝っておけよ」
クーリオというのは、アレンが喧嘩していた少年だ。
喧嘩の原因に興味なんてないが、友達同士で喧嘩したのならばしっかりと謝ることが大切だ。これから先に遺恨を残さないためにも、一度でも互いに謝ったという事実が必要なのだ。
俺が身体の主導権を得て形だけの謝罪をしたが、それは俺の言葉であり、アレン自身の言葉ではない。だから──しっかりと謝っておけと伝えておく。
明らかに不満そうな顔をしていたアレンだったが……しばらく考え込んでから、小さく頷いた。小さな子供の仕草に、俺は苦笑いを浮かべながら頭を撫でる。
「……なんか、お兄ちゃんみたい」
「お前に兄貴はいないだろ」
「でも、レインがお兄ちゃんみたいなんだもん」
「そんなことはない。少しだけ……大人びているだけだ」
現実を知り、理想を捨て、身の丈にあった人生を歩む方法を知っているだけで……本質的に、子供と大人に大きな違いは存在していない。
大人とは、裏切られた青年の姿である──有名な作家はそう綴っている。
子供の時は大人は素晴らしいものであると錯覚するが、いざ自分が大人になると、子供の頃から大して変わっていないことなんて、よくある話だ。
「……僕、謝るよ」
「それがいい」
俺だって、決してできた人間じゃない。
それでも、アレンという年下の少年に対して、ある程度は教えてやることもできるだろう。
この身体に入り込んでしまったのは本意ではないのだが……身体を間借りしているのだから、力を貸すのもやぶさかではない。なにせ、彼がいないと俺は存在することすらできないんだからな。
「今回のように、俺が後始末をしてやることはそう多くない。自分の人生は、自分で決めろ。助言することがあったとしても、それはあくまでも助言だからな」
「えー? レインだって『僕』なんだから、いいじゃん」
「駄目だ。俺に甘えてたら、いつまで経っても子供のままだぞ」
「むぅ……」
協力するのもやぶさかではないと言ったが、それはそれとして……既に死んで人生が終わっている俺が、アレンの身体を好き勝手に使うことはない。
あくまでも身体の内側から助言をしてやるだけで、過度に彼を守ってやるなんてことはない。アレンは勘違いしているが、レインという人格は、アレンの身体に存在する二つ目の人格ではない……神崎蓮という人間が入り込んでしまっただけなのだ。
「……」
「レイン、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
もし、これが身体に入り込んだんじゃなくて──アレンの人格を塗り潰していたら?
そんなことを考えて、俺は吐き気を覚えた。寿命でも、普通の事故でもなく……神を名乗る存在が愉しむためだけに殺されたとはいえ、既に死んだ人間だ。そんな死んだ人間が……誰かを塗り潰して肉体を手にしていたとしたら、それはどんな感覚なのだろう。
もし、俺が身体の主導権を手に入れていたら──父が頭を撫でる感触も、母が向けてくれる優しい笑顔も、全てが俺のものになっていた可能性が、あったわけだ。
想像するだけで、気分が悪くなるし、俺をこんな形で勝手に転生させて自称神に対しても、再び怒りが湧いてくる。
「……アレン、もう一度言うが、俺に頼り切りになろうとするな。自分の足で立って、しっかりと前に進むんだ」
「えー? うーん……わかった」
俺が身体の中に存在していることが、既におかしい状況なのだ。
なにかが起きて、俺自身がこの身体から抜けてしまった時のことを考えると……アレンは1人で歩くことを覚えた方がいい。いつまでも二人で一人でいられる保障なんて、どこにもないのだから。
肉体の意識が浮上していくのと同時に、アレンがゆっくりと消えていく。
笑顔で手を振って身体に戻っていく少年を見て……俺は勝手に覚悟を決めていた。
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