いつだって渡嘉敷は有言実行男

ゆいゆい

第1話 1/4

「俺な、富士山の山頂削ってこよう思とんよ」

 昼食時間、弁当を食べながら向かいの席に座る渡嘉敷はそう漏らした。俺は、掴んでいた卵焼きを思わず落としそうになった。

 また始まった。渡嘉敷遥輝の奇妙奇天烈、自由奔放な思いつきが。


「どうしたんだよ、急に」

「いやいや、俺な、ずーっと前からそのつもり満々でなぁ。もう入場券も取っとるんよ」

 相変わらずの行動力だ。他のクラスメイトは雑談に熱中していて当然ながら、俺達の話など聞いちゃいない。渡嘉敷のこの発言を聞いたら何を思うだろう。

「俺な、富士山の標高が気に入らんのよ。3,776mって中途半端や思わん?3,775mのほうがキリええやん」

「うん、全くわからん」

 ストレートに俺は返答する。渡嘉敷の感性は独特で、それに共感できた試しはほとんどない。これは俺に限った話ではないので、別に俺の思考が特殊なわけではない。

「だってよ、3,776の平方根を出したらな、8√59になるんよ。何か気味悪ない?」

「そもそも平方根を取る理由がわからん」

「でなでな、3,775だとこれが5√151なんよ。わかるか、この意味?」

「全然わからん」

 両手を広げ、オーバーリアクションで俺はわからないアピールをする。

「河合は察しが悪いなぁ。5√151やで。つまり、ゴイゴイスーやん。こっちのほうがええやろ」

「どうしてそうなるんだ」

 理解が追いつかず頭が痛くなってきた。渡嘉敷遥輝、お前の脳内を覗いてみたいと何度思ったことだろう。


 渡嘉敷遥輝は小学1年生の時に徳島からここ浜松に引っ越してきた。渡嘉敷という苗字は珍しいなと思っていたが、ルーツは沖縄なんだと本人から聞いて納得したのを覚えている。

 当時の彼は小柄であったが、可愛らしい顔立ちからとくに保護者からの人気が高く、友達も数多くいたと記憶している。渡嘉敷遥輝に1番友達が多かったのはまさにこの頃だろう。

 彼の行動の奇抜さが目立つようになったのはいつからだろうか。校庭に一晩かけて巨大ミステリーサークルを作った時か、図書館の本のほとんどを取り出してドミノ倒しを完成させた時か、それとも片道15キロの浜名湖まで1人で歩いて往復した時だろうか。いずれにしても彼の奇行は同級生の目には異色なものとして映り、友達は徐々に減っていった。中2になった今も毎日言葉を交わしているのは俺、河合修二くらいじゃないだろうか。

 つまりは、渡嘉敷遥輝は一度決めたことは必ず決行する、有言実行男なのだ。


「ルートはもう決めとるんよ。富士宮ルート、初心者向けらしいけんな。じゃけん、今週金曜から行ってくるで。月曜は休みやしなぁ」

「もう明後日じゃん」

「そやそや。父さんが登山セット貸してくれてなぁ、準備は万端や。カルロスもついてきてくれるしなぁ」

「カルロス来てくれるのかよ」

 俺は呆れるように口を合わせた。

 カルロスとは、渡嘉敷の友人で30代のブラジル人だ。何でも東京の温泉で出会ったらしく、露天風呂の中で「ハママツ!」「オー、ハママツ!」と出身が同じことで息が合い、今も付き合いがあるのだとか。


「知ってるか、河合。富士山の標高はほんま言うたら3,775.57mでなぁ、四捨五入して3,776mってことになっとるらしいんよ。ほんならな、登頂部をたった8cmぱぁ削ったら3,775,49mになるんよ」

「はぁ。どうやって削るんだよ」

「ん。ヤスリでガリガリやれば削れるやろ」

 さらっと渡嘉敷は答えるが、それは無理があるんじゃないのかと疑問が芽生えた。だが、面倒だから言わないでおこう。

「じゃ、当日写真送るけんな。楽しみにしとってな」

 昼食時間も終わりに差し掛かっていた。弁当を片づけ、俺たちは午後の授業の準備を始めた。




 そして、金曜日の夜、俺は茶の間でのんびりスマホをいじっていた。渡嘉敷からラインが来たのはその時だ。


"じゃあ行ってくるわ!お土産楽しみにしといてな"


 文と一緒に写真が送られてきた。黒い軽自動車の前で、やたら厚着をした渡嘉敷、そしてカルロスが仲良くピースをしていた。

 

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