第32話:黒曜石のナイフと、扉

異世界三十一日目。 俺は、昨日大樹の幹に突き立てられていた「黒曜石の槍」を、複雑な思いで見つめていた。 これは、あの少女の保護者――あるいは「長」からの、最初の「挨拶」だ。


「……威嚇か、力の誇示か、あるいは友好か」


どのみち、俺も「返事」をしなければならない。 俺は、槍には触れず、その場を離れた。そして、川辺の岩盤地帯――以前、礎石(そせき)やスレート(石瓦)を切り出した場所とは違う、黒くガラス質に輝く岩脈を探した。 あった。黒曜石の鉱脈だ。


「……お前らが『研いで』作るなら、俺は『切り出して』やる」


俺は右手の指先に意識を集中する。 イメージは、これまでで最も細く、最も鋭く、最も精密な「炎のメス」。 (ジュウウウゥッ!)


黒曜石の塊に熱線が触れる。 石を切り出す時とは違う。これは「彫刻」だ。 俺は、熱線で黒曜石の塊そのものを削り出し、刃(は)と柄(つか)が一体となった、完璧な一本ものの「ナイフ」を切り出していく。 切断面は熱でわずかに溶け、この世のものとは思えないほど滑らかで、鋭い輝きを放っている。


数十分後。 俺の手には、長さ30センチほどの、黒曜石だけで作られたナイフが握られていた。 あの槍が、何日もかけて石を「研磨」して作られたものなら、これは、俺の「炎」が、わずか数十分で石から「削り出した」ものだ。 これが、俺の「返事」だ。


俺は、ログハウスの建築現場に戻った。 今日は、最後の仕上げ。「扉」と「窓」だ。 床板(フローリング材)を切り出した時と同じ要領で、「炎のスライサー」で分厚い板を切り出す。 (ジュウウウゥッ!)


「グェ!」 グリーン1号・2号が、それを器用に吊り下げ、俺が作った壁の「入り口」部分に運んでくる。 俺は、板同士を熱線で「溶接」して一枚の頑丈な扉を作り、蝶番(ちょうつがい)の代わりになる「軸」も、焼き木と熱線加工で作り上げた。 窓枠も同様に作り、そこには……とりあえず、光を通す「薄く削いだ雲母(うんも)」でも探してはめ込むか。


夕方。 ついに、俺のログハウスが完成した。 石の基礎、黒く炭化した丸太の壁、一枚岩のスレート屋根、そして頑丈な木の扉。 完璧だ。


俺は、完成した「黒曜石のナイフ」を手に、いつもの大樹の根元へ向かった。 少女の姿も、槍の姿も、もうなかった。 カゴだけが、いつものように置かれている。中には、今日も山菜と「種」が入っていた。


俺は、お返し(焼き芋と焼き魚)を置く。 そして、その横に、俺が作り上げた「黒曜石のナイフ」を、そっと突き立てた。 あの槍が突き立てられていたのと、全く同じ角度で。


「……これで、どう出る?」


俺は、彼女(と、その向こうにいる「長」)の反応を待つことにした。 ともかく、俺には「城」ができた。 岩棚(拠点)から、新しい家への「引越し」だ。

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