第3話
ショッピングモールへと颯爽と踏み込んだイヴの目は、輝いていた。
「なんじゃ、この場所は!まるで城下町のようではないか! そして、このエスカレーターという名の動く階段は物凄く便利じゃのう! あそこに見える、魅惑的な匂いのする店はなんなのじゃ!?」
イヴの驚きと質問は止まらないが、菫子はにこやかに、その好奇心を一旦打ち切る。
「ふふ、イヴちゃん、楽しいね!全部、後でゆっくり見ようね。でも、まずはイヴちゃんの服と下着を見に行こっか」
「む、そうであったな」
服屋に入るなり、菫子は目を輝かせた。
「イヴちゃんは、すっごく美人さんでスタイルもいいから、なんでも似合っちゃうよね。逆に悩んじゃうな〜。とりあえず、色んな系統の服を試着して、イヴちゃんが気に入った服を買おっか!」
菫子の興奮した様子に、イヴは傲慢に鼻を鳴らす。
「ふん、服など妾にとってはただの布切れに過ぎん。なんでもよいわい。だが、妾は気分が良いから、うぬの希望通りに試着してやろうぞ」
菫子は迷わず、ミニ丈の白いワンピースをイヴに手渡す。
「はい、じゃあ、まずこれ!」
「なっ...なんじゃこの布は!?身体の大部分が露出しておるぞ!こんな薄っぺらい布切れなど、奴隷のようではないか!」
イヴは拒否するが、菫子はにこりと笑う。
「だーめ!人間の一般的な服なんだから、ね?ほらほら、早く!」
「...ぬぬぬ。致し方ない」
イヴは観念し、試着室に閉じこもった。数分後。
「...おい、終わったぞ」
イヴの声に、菫子が期待を込めてカーテンを開けると、言葉を失った。
そこに立っていたのは、普段の派手な魔王衣装とは真逆の、清純で儚げな美少女だった。イヴの黒髪と白い肌に、ワンピースが信じられないほど似合っている。
「〜っ!か、可愛いいい〜!イヴちゃん完全に天使だよお!」
しかし、イヴは菫子の方を見ず、鏡に映る自分を食い入るように五秒ほど見つめていた。
「な、なんじゃ...この姿は...」
イヴは思わず声を漏らした。菫子が息をのむと、イヴは、静かに呟いた。
「...こ、これは。妾、可愛すぎるではないか!」
「そーだよイヴちゃん!ものすっごく可愛いよ!!」
菫子の歓声に、イヴはハッと我に返り、顔を赤くする。
「ふん!まあ、うぬが選んだにしては悪くない布切れじゃ」
そう言いながらも、イヴは鏡から目を離さない。そして、さらに傲慢に要求を始めた。
「次じゃ!次はもっと暗い感じの魔族っぽいものを持ってくるのじゃ!」
菫子はあまりにも楽しそうなイヴの姿に笑いをこらえながらも、嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、次はゴスロリっぽい感じの服にも挑戦しよう!」
その後も、試着を何度か繰り返し、イヴはかなり洋服を好きになったようだった。
人間界に来てたった一日で、イヴはすっかり無防備な女の子の顔を見せていた。その無邪気な変貌ぶりを見つめながら、菫子の胸には「可愛い」という感情とは別の、もっと貪欲で、理性を揺さぶる衝動が湧き上がっていた。(抱きしめたい。その高貴な傲慢さも、世間知らずな可愛さも、全てを独り占めしたい) 菫子は、その欲望を必死に理性で抑え込んだ。
「服は結構買えたね!次は下着を買いに行こうね!」
イヴは、下着屋に向かう道中、冷静さを取り戻し、先ほどの自分の態度を強く反省していた。
(先ほどの妾の態度は、魔王としてあるまじき無様さじゃ。全てこの人間にペースを握られておるのが原因。本来であれば今すぐ離れるべきなのじゃが...。認めたくないが、妾はこの人間を特別に思っておる。この胸のざわめきは、偉大な母上や側近たちへの親愛とは根本的に異なる。...このままでは、妾が魔王でなくなる。この感情は、正直、ちと怖い)
真剣に何かを考えているイヴの隣で、菫子は内側から込み上げる熱に必死に耐えていた。
(イヴちゃん、可愛すぎてしんどいよ。昨日はただ助けなきゃって思っただけなのに、もう完全に恋しちゃってる。この気持ちに気づかれたら、イヴちゃんは戸惑って、きっと私の前から消えるだろう。そんなことを想像しただけで、心臓が握り潰されそうだ。一緒にいられない未来が来るのが、何よりも怖い)
二人がそれぞれ、複雑な感情を抱えたまま、目的地である下着屋に到着した。
店内は、先ほどの賑やかな服屋とは打って変わって、照明が落とされ、レースやフリルに彩られた艶かしい雰囲気を醸し出している。
「ここが下着屋か」
「そーだよイヴちゃん。服の下に着る、大切なものだよ。まずはサイズを測ってもらわないとね。」
イヴは、一番手前に陳列されているレースのブラジャーを指差す。
「デザインは確かに良いが、こんなもの付けてなにになるのじゃ?服の下に着るのなら必要なかろう。」
「これはブラジャーっていって、女性の体を守る大事なもので防御のための装備みたいなものだよ!」
「こんなものが防御装備であるわけがないじゃろうが、いくら菫子の言う事であっても、流石に着る気がおきんわ」
イヴはそう言い放って、下着屋から出ようとしたその時だった。
「──お待ちください!お嬢様!」
声と共に、棚の影から熱気あふれる女性店員が、飛び出してきた。
「お嬢様のおっしゃる通り、これは防御装備ではございません。むしろ逆!」
女性店員は目を爛々と輝かせ、ブラジャーとショーツを指さす。
「女性の下着は、究極の戦闘服であり、最強の武器でございます。」
イヴは女性店員の熱弁に、面白そうに目を細めた。
「ふむ。最強の武器だと?なぜそれが究極の戦闘服になるのじゃ」
「はい、身体を支えるだけではなく、纏うだけで自己肯定感を高め、心を強くする。更に、自信という名の魔力は何よりも強い武器になります!ここぞという時の必殺の一撃にもなるのです!」
女性店員はガッツポーズをし、イヴの黄金の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「誰もが憧れるほどの、お嬢様の美しさが、究極の戦闘服を纏ったら、それはもうまさに、一騎当千でしょうね」
イヴは、女性店員の熱意と、下着が究極の戦闘服であり、最強の武器という話に、完全に興味を引かれたようだった。
「なるほどのう。自信という魔力...実に興味深いぞ」
イヴはそう呟くと、棚に並んだ戦闘服を真剣な目で見つめ始めた。
「よし、菫子。この戦闘服を、妾も試させてもらうではないか!この中で、妾の魔力を最大限に引き出せるものを選ぶのじゃ!」
「うん!任せて!」
菫子はいくつか下着を手に取り、イヴに手渡した。
「じゃあ、これ試着してみようね。イヴちゃん一人で着替えられる?」
菫子は少しからかうように笑った。
「妾は魔王ぞ?見ればわかる」
イヴは再び傲慢に鼻を鳴らし、すぐに試着室の奥に消えた。
しかし、数分後。
「...おい、菫子よ。このブラジャーの付け方がわからぬ!妾の背中で、絡まっておるぞ!」
イヴの声は先ほどの傲慢さを完全に失い、焦りに満ちていた。
「ふふっ。やっぱりそうなるよね」
菫子はケタケタと笑いながら、イヴに声をかける。
「今、店員さん呼んでくるから、待っててね!」
するとイヴは焦った様子で
「ま、まて!こんな姿、うぬ以外に見せられるわけないじゃろ!」
イヴの焦りと、助けを求める声が、試着室の薄い布を隔てて響く。
カーテンの向こう、イヴが最も無防備な状態で、菫子に助けを求めている。
(これ、まずい。無防備なイヴちゃんの姿に、私は果たして理性を保てるの?先ほど抑え込んだはずの欲望に、勝てるはずがない)
「菫子!早く助けぬか!」
「わかった。イヴちゃん、私が手伝うね」
菫子は深く息を吸い込み、意を決して静かにカーテンを開けた。
目の前のイヴは、上半身は素肌のまま、ショーツだけを身につけている状態だった。肩まで垂らした黒髪が、豊かな胸元のすぐ横で揺れている。彼女は顔を真っ赤にして、背中で絡まったブラジャーのホックと格闘している。
「す、菫子!早くせぬか!」
「...うん」
菫子は一歩踏み込み、イヴの肌が触れるほどの距離まで近づいた。
柔らかく、そして驚くほど熱を帯びたイヴの背中。菫子の指先が、その背骨のラインをなぞるように、ホックに触れた。
その瞬間、イヴの身体がビクリと震え、黄金の瞳が大きく見開かれる。
(な、なんじゃ...!?菫子の指先の感触が...胸のざわめきを熱に変えていく...!)
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