08 仕切り直し

 結局疲れ切ってしまって、ルシエルに言われた通り生活スペースをきっちり半分こすることなんてできないまま、昨日は眠りについた。

 ペースを乱されっぱなしの昨日だったものの、今日からは心機一転、きちんとやっていこう。一応、頭をスッキリさせるためには、二転も三転もしておきたいところではあるが。

 ここにいる限り最高のコンディションなんてないのだから、せめてできるところだけは、きちんとやっておきたい。

 ちなみに、ノワールは昨日遅くまで本を読んでいたかと思えば、私が朝起きた頃には姿を消していた。普通に散歩をしている姿は想像できないけれど、すべての教室に悪戯を仕掛けるくらいのことはしていそうなアイツである。勝手にそうやって片付けておこう、これ以上あんな奴のことなんて考えていたくない。

「ふわぁふ……」

 カーテンは開いていた。昨日とそう変わらない晴れだ。

 朝の空気は澄んでいて、まだ少し肌寒い。これも昨日と同じ。変化はない。

 伸びをしてベッドから降りる。ノワールは「一日ごとに交代にしよう」とか言っていたけれど、私は二段ベッドの上下どちらで寝るかなんてどうでもいい。それにこだわっていい成績が取れるのなら、喜んでそうするけれど。

 ともあれ、授業の日にやることは今までと変わらない。面倒なのは付きまとう評判だけ。

 そもそも、所属する寮だけで相手のことを判断して、好き勝手言う奴らのほうがどうかしている。私だって、普通にしていれば──落第なんてしていなければ「あっち側」だったのかもしれないけれど、そんなたらればの話をしても仕方がない。

 私はただ、試験までの半年間を、この落ちこぼれの巣窟で鬱屈としたまま過ごす。それだけ。そんな事実以上も以下もない。

 昨日とったメモを見返す。今日の一時限目は魔法実技だ。

 淡々としたルーティーンを毎日繰り返して、それで評価されたい。突飛な才能や派手なエフェクトなんて、私の人生にはいらないのだ。

 真っ当な光の魔女になって、両親に認められたい。

 ただそれだけ。

 トランクから鏡を取り出して、ブラシで髪をとく。浮ついたピンク色は、親戚の誰にも似つかない、レッテルみたいな身体のパーツだ。いっそ坊主にすることも検討したい。

 そういえば、水場は共用か。ちょっと水を張るくらいなら、難しくないけれど——。

 ふと、狭いバルコニーの隅に何かが置いてあるのが目に入る。

 水の入った洗面器……アイツの置き土産か。

 このためだけにわざわざ魔法陣を描くのももったいないし、使わせてもらうとしよう。とても癪だけれど。

 長いものに巻かれるつもりも、ましてや仲良くなるつもりなんて全くない。でも、それと利益とは別。私は、自分のためになるものを利用することには躊躇わない主義だ。そのくらい貪欲でないとやっていけないわ、この学園。

 冷たい水で顔を洗うと、やはり気が引き締まる。

 さて、準備をしないとね。


***


「ホント最っ悪……」

「そう落ち込むのは良くないよ。きみには笑顔がよく似合うからね」

 新学期の一時限目、気を引き締めていこうと思った瞬間からこのザマだ。

「まさかこの僕とペアを組むことになって、麦束を増やす簡単な魔法に失敗したことを気にしているのかな? 誰だっけ——そうそう、ハモンドくんにもあれやこれや言われてしまったしね」

 やたら再説明してくれたコイツのことは置いといて、何度でも言うが最悪である。本当にありえない。私が何か、悪いことでもしたって言うのかしら。

 悪いことは、そりゃあまあ、生まれてから今までずっとしているのかもしれないけれど。

 両親を失望させて、迷惑をかけて、いい子になってあげられなかったこと。こんな最底辺で燻っていること。

 カミラに関しては言わずもがなで。また取り巻きを数人——違うクラスの奴もいるのか、昨日とは少し面子が違った——を引き連れて、私のあられもない失敗に対してぐちぐちと。近ごろは嫌味というより、ただ私の評判を下げたいがためだけに、あることないこと言っているだけのように思える。

 そして、まさかノワールが同じクラスだなんて、計算外も計算外だ。

 今まで一度も同じクラスになったことがなかったから、油断していたのだ。よく考えてみれば、今までどうだったかなんていうのは、先生たちが意図的に考えていない限りはクラス分けに何の影響もない。完全に失念していた。

「だったら何、馬鹿にしてるの?」

 いつまでも机に突っ伏していても仕方がない。次は魔法植物学だ。

「さてさて、次もお隣させてもらっていいかな?」

「ダメって言ってもどうせついてくるんでしょ、地獄の果てまで」

「ご名答、火の中水の中土の中風の中——天国でも地獄でもついていこう。どこへだってストーキングすると約束しようじゃないか」

 なぜか魔法の四属性をおさらいさせられたのはさておいて。ストーキングは不必要どころか、ありがた迷惑どころか、ありがたくすらない迷惑である。さっさと魔法警察に捕まってしまえ、この女は。

 嬉しそうなのも意味がわからないし。

 何を言ったところで、次向かうのはただの教室である。普遍的な、いつもと変わらない。


***


 とある人物のせいで、全く授業が身に入らないのに時間だけが嵐のように過ぎていってしまった。

 あっという間に放課後だ。

 どちらにしろ、『落ちこぼれ寮』に蹴落とされた私には一緒にランチを食べる相手すらいないから、付き纏われたっていいのだけれど。

 それで思い出したのが、ノワールと極力関わらないようにしろという、ルシエルの言葉である。

 そういえばいたな、そんな奴。

 あっちゃー忘れてた、えへへ、では済まない話だった。

 かなりまずいのだと思う。というか、今すぐにでもアイツとディスタンスを取って、会話を控えるべきだ。感染症対策も顔負けの闇魔法対策。ウイルスに侵食されて、私の光がなくなってしまうことがないように。

 何をしろと言われたかくらいは、しっかり覚えている。

『できれば、生活スペースや持ち物も混じらないようにしてほしい。君の持つ光のエネルギーは、それだけで消え失せてしまうそうなほど希薄なんだ』

 とかなんとか。

 後半は思い出す必要なかったかな。余計気が滅入ってしまった。

 頭ではわかっているし、そうしたいと思っている。むしろ心からそう思っている。ただ、それでも、身体はどうなのかという話である。いくらそう思っていたって、想像するだけで実現できるなら苦労はしない。

 さて、ここで問題。既に共用風呂にやってきている身体は、どうすれば今から、アイツと距離を取ることができるでしょうか。

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