04 知っていること、知り得ないこと

 ルームメイト。それは正真正銘ひとりしかいない、ルナ・ノワールのことだろう。

「どうしてあなたがアイツのことを?」

「ふむ、その感じだと、あまり仲良くなれてはいないのかな。じゃあ尚更都合がいい」

 私が反射的に質問をしたのには答えず、彼は何かを考え込んでいる。これも口には出さないけれど、相変わらず話を聞かない奴だ。

 都合がいい、なんて、まるで私とノワールが仲良くっちゃあいけないみたいな言い草だけれど。

「その通りだよ。あの子はね、闇の魔女の家系の娘なんだ」

 もちろん知っている。というか、学園内では割と有名な噂だ。アイツに関しての噂は根も葉もないことも混じっていそうではあるが、しかし火のないところに煙は立たない。ある意味その中では異質で、スケールが大きすぎるそれは、きっと本当なのだろうとは思っていた。

 闇魔法。光魔法とは対になり、ある意味「禁忌」でもあるそれからは、私は両親によって遠ざけられて生きてきた。フレーヴァ家のひとり娘なのだから当然だ。

 ノワールの名は聞いたことがなかったが、おそらく意図的に隠れているのだろう。いくら法では認められているといえど、社会的には忌避されがちな魔法だし、表舞台から姿を隠すのは正解と言える。

 私が彼女を出会い頭から嫌っていた理由としては、それが最も大きい。決して、彼女の才能を妬み嫉んでいたわけではなく。

「だからあまり馴れ合うなって話? 言われるまでもないわよ」

「それもそうだけれど、気持ちの問題だけでもなくてね。できれば、生活スペースや持ち物も混じらないようにしてほしい。君の持つ光のエネルギーは、それだけで消え失せてしまうそうなほど希薄なんだ」

 自分の魔力が薄いと言われるなんて、嫌な話だ。

 私は生まれつき、火とか土には人並み以上の適性があったのに、光魔法に関してはてんでダメで。得意だった属性も、その家系や本気で専攻してきた奴らには勝てないし。

 彼の言うことは、きっと正しい。一から百まで。揺り籠から墓場まで。まぁ、こんなお人好し野郎でも、本当に死ぬまで私なんかの面倒を見てくれるわけではないことは知っている。

 私が利用価値を失った時、彼はあっさり手を引くだろう。 だからこそ、私は彼にとって価値のある存在で居続けなければならない。

「そう。わかったわ、気をつける」

「じゃあ、そういうことで。くれぐれもよろしくね」

 どうやら、本当にそれだけらしい。魔法具で合図が来たのは今日の朝のことだけれど、もしかして部屋割りの情報を盗んだのかしら。しかし、我らが『落ちこぼれ寮』は、その辺りの管理も緩そうではある。それも仕方ないくらいに。

 そもそもあんな、同じ空間にいるだけで髪の毛が全部抜けてしまいそうなほどストレスの溜まるやつとは、仲良くなる気なんてそれこそ毛ほどもなかったし。明確にどうすればいいのかを教えてくれて、ありがたいくらいだ。私はそれを実行していればいいだけなのだから、そのぶん研究や予習復習に時間を使える。

「ちょうどお昼ご飯の時間だけど、食べていく?」

 再び箒の穂を整えたところで、彼にそう声をかけられた。

「遠慮するわ。……それじゃ」

 もっと何か、例えばお前が嫌いだからだとか、クソ不味い料理を作るからだとか言いたかったのだけれど、かろうじてそれらも飲みこんだ。流石に、言っていいこととダメなことの分別くらいはつくつもりでいる。

 むしゃくしゃするのを抑え込むように、地面を蹴った。

「まいったな……」

 振り返ることもなく、ぐんぐん高度を上げる。どうせ帰ったってノワールが、あの闇の魔女がいるだけなのだけれど、早急に生活スペースなんかを決めなくちゃあならない。アイツのことだから、もう好き勝手に散らかしたりとかしているかもしれないし。

 私の光のエネルギーは、希薄だから。

 それも血筋故の「おまけ」程度で、他の属性と混じれば消えてしまう。それは幼い頃からよくわかっていたし、両親がそのために手を焼いていたことも知っている。

 追い出されたあのときは頭に血が上っていたけれど、こうも不出来な娘だと、出て行けと言いたくもなってしまうだろう。

 まぁ、今となってはそれもどうだっていい。私には支援者がいて、自分のしたい研究にも集中できる。高等部への進級試験で披露しなければならない、そして両親を見返すための「自分だけの魔法」の研究を。

 そのためにも、あの狭苦しい部屋の中で、どうにかして自分のスペースを確保しないと。

 そういう未来のことを、とりあえず考えていよう。今晩の夕食に向けて、すこしでも気分を落とさずにいたい——すでに地の底にも近くはあるのだけれど。

 そう、初等部から高等部までが集う、夕餐会。

 始業式、夏季休み前、冬季休み前、終業式の年四回開催される、言うなれば生徒たちにとってのお祭り、パーティーのようなものだ。

 上流階層の家系のものはテーブルマナーや余興で権威を示し、始業式では特に、部活動の宣伝なども行われる。校長先生の話があること以外は、生徒たちにとってとても楽しみな行事のはずだ。

 いちおう、おそらく最悪の待遇ではあるのだろうが、『落ちこぼれ寮』の生徒も参加を許されている。

 それがとても憂鬱なのだ。

 参加をすっぽかすという選択肢もないわけではないのだけれど(もちろん注意はされないだろうし)、やはり参加しないこと自体がフレーヴァ家の権威に関わる。

 ハモンド家をはじめとする爵位持ちの家たちも、この座を虎視眈々と狙っているのだし。

 うちはただひとつの光魔法を使う一族だから、そういう階級制度とは別の分類にある。同じ家系制でも、闇魔法のほうは少し事情が違うらしい。

 だから、羨望するだけでなく奪おうとする奴らから、権威を守っていなければならない。

 もう陥落したも当然だと言われれば、否定できないものの。

 ともあれ、今回は参加しなければならない。私にとっては逃げこそが恥である。堂々としていれば意外と、どうとでもなるものだ。だから、いつも通りに凛と座って食事をしていればいいだけ。たったそれだけだから簡単だと、自分に言い聞かせる。

 ようやく校舎が見えてきた。さあ、あの問題児の相手をしなければならない時間だ。

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