02 魔女と道化と古校舎

「まぁまぁ、そんなに気を落とさないでくれ。スピカ・フレーヴァくん? あろうことかきみのような優等生が、こんな『落ちこぼれ寮』なんかに落第したという噂はかねがね聞いていたけれど、まさか僕と同室になるとはね。光栄だよ、握手してくれるかい?」

「嫌」

 ソイツの顔を、名前を、私はよく知っている。

 ルナ・ノワール。私は一度も同じクラスになったことがないけれど、それでも噂が耳に入ってくるほどの有名人。

 噂、というのも、大抵は忌み避けるようなニュアンスが含有されてやってくるものだ。つまり、彼女は変人で、よく言えば浮いていて、悪く言えばそこらの魔物よりタチが悪い。少なくとも私が知っている中だと、ここまで有害な生き物はコイツ以外にいない。

 長ったらしい銀髪に、碧い瞳をした怪物。そんな彼女についての流言蜚語を、すこし思い出してみることにした。

 まず、なぜか知らないが、ネクタイにズボンの男子制服を着用している。

 気を衒うつもりなのか、それともなんなのか。なのに髪はごく普通に、一本の三つ編みにして垂らしていて、外見をざっと見るだけでもちぐはぐなところが浮き出ている。こうして女子寮に所属しているにも関わらず、校則を破りおかしな服装をするなんて、まったく理解できない話だ。

「僕の服装に興味があるのかい? 存分に見てくれたまえよ」

 次。校内で校則違反と奇行を繰り返している。

 制服のことをはじめ、校庭で花火をぶっ放したり、魔法で人形を操って廊下を行進させたり、この手の噂には枚挙にいとまがない。そのうち、どのくらいが嘘だったり本当だったりするのかは、私には知り得ない話だ。

 こちらも、私の頭では理解が及ばないらしい。さすが天才さまだと言ってやりたい。

「きみが聞いてくれるのなら、いくらでも面白おかしい話をしてあげよう。昔々——」

 最後に、全部を言おうと思えばこれも全然最後ではないのだが、とりあえず。——コイツは、闇魔法の家系に生まれついた天才なのだ。

 光魔法と対になる存在。もっとも忌み嫌うべき血筋。

 おまけに、無尽蔵の魔力を持つ正真正銘の天才。テストでは一位以外取ったことがないとかなんとか。

 そんな、本来『特待生』でもおかしくない奴がなぜ『落ちこぼれ寮』なんかにいるのか、という問いには、答えるほうが野暮だろう。単に、素行による減点に減点を繰り返され、ここの常連になったというだけだ。私みたいな新入りと違って。

「僕はなぜか、ずっとひとり部屋だったからね。きみというルームメイトができてとても嬉しいんだよ」

 思ってもいないことをペラペラ紡ぐその二枚舌を、今すぐに引っこ抜いてやりたい。

 コイツは私を見下しているのだ。

 将来安泰の身だから、本来なら同じ立場にいたはずの私をこうやって嘲笑っている。あぁ可哀想だと見せもの扱いしている。

 そんないけしゃあしゃあとした態度が憎くて憎くて憎くて憎くて憎くてたまらない。

 私が憎悪を膨らませているのもいさ知らず、コイツは大仰な動きでこちらに歩み寄ってくる。空気が読めないのか、わざと読んでいないのだか。どちらにしろイライラする態度だ。

 品定めするような、どこか不機嫌そうでもある視線は、母親のものと似通っているように思える。赤と青とで正反対ではあるけれど、それでも、私に対する軽蔑は変わらないのではないかと身構えてしまう。

 そんなのは無意味だと、理解していないわけではないはずなのに。

「ま、ずっとこんなところで話すのもだし、まずは荷物を置きたまえよ。きみがどんな感想を抱こうと、僕らはこれからルームメイトなのだから」

 正論だ。私がそう思おうが思うまいが、とりあえず同室になってしまったという事実は覆せない。

 散々あって今や問題児の私には、先生たちに対して異議を申し立てるなんてできやしないし。誰にも顔向けできないくらいなのに、そんな図々しいことができたらそれこそ気が狂っている。

 目の前にいるコイツなら、それもやってのけそうね。

「……その話し方、どうにかできない?」

「生憎ね」

 指示に従うのは癪。負けたみたいで屈辱だもの。

 けれど、意地を張り続けるわけにもいかないし、時間もないしで、とりあえず壁際にトランクを置いた。

「急いでいるんだろう? さっきから、しきりに時計を確認しているしね。いいよ、ここには荷解きの確認をしにくる先生なんていないからさ」

 見透かしたように、お前の思考は見え透いていると言わんばかりに、彼女はそう指摘した。

「……そうね」

 普段だったら頭に血が登っているところだったけれど、そうしている場合でもないのが現状だ。その代わりお礼は告げず、箒だけを手にして部屋を出る。

 親切にされたみたいで、気に食わないもの。

 こんなところにいる私は性格が悪いから、これくらいして当然。

 そんなに急ぐ気にもなれなくて、だらだらと窓の外を見ながら、校庭に出られる渡り廊下へ向かう。さすが『落ちこぼれ寮』と言ったところか、祭日でもないのに騒がしい。これじゃあきっと、校内放送は聞こえないわね。

 校庭で飛び交うボールなんかを眺めながら、箒片手に足を進めていく。

 立て付けの悪そうな窓、掃除の行き届いていない床、蜘蛛の巣の貼った天井。去年まで所属していたメリディアでは、ありえなかった景色だ。もっとも、こんなところを見る羽目になるとは、ほんのすこしだって思っていなかった。

 あぁ、あの絨毯の敷かれた石畳が恋しい。間違っても、ギシギシ鳴る木の床の上なんか歩いていたくはない。

 冷暖房魔法具も、見回りの魔精も、今のところは見当たらない。信じられない冷遇加減に頭痛がしてくる。これからのことを考えるだけで、体調が悪くなりそうなくらいなのに。

 ともあれ、今から医務室に向かうわけにもいかない。もう渡り廊下にたどり着いてしまったし。

 かくして、私はいつも通り箒に飛び乗った。

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