第2話 桃のような甘さ

 頼りない裸電球が、体育倉庫の中をぼんやりと照らしている。

 天井まで積み上げられたマットの壁、横倒しにされた跳び箱、空気が抜けてひしゃげたボールの数々。

 まさに、学校で使われる備品の墓場だ。

 俺たちの気持ちも墓場の中に沈んでいた。

 電球の光に照らされて、空気中に舞う無数の埃がキラキラと光っている。

 俺は壁に背中を預けたまま、向かい側で膝を抱えている結菜に視線をやった。

 白の半袖ブラウスに、紺色のスカート。

 改めて見ると、本当に平凡な夏服だよなと思う。

 二人とも普通の高校生だ。

 制服は適当に洗濯機に放り込んで、ぐいんぐいん回して干した後、特にアイロンもかけないで使っている。

 だから、よく見ると小さなシワが隠れている。

 それでも結菜の制服は、毎朝パリッとして見えた。

 結菜と俺の家は隣同士だ。

 家族ぐるみの付き合いで、うちの両親が不在がちなのを心配して、結菜のお母さんが晩御飯に誘ってくれることがある。

 小学生の頃は、俺の服を洗濯してくれることもあった。

 洗濯のやり方は、うちとほぼ同じ。洗剤や柔軟剤も同じだった。

 だから、結菜の制服が、朝には、きちんと整えられているのが少し不思議だった。

 友人に「なんでだろな」と聞いたところ、「夏川さんは帰宅部のお前と違って、バスケ部で鍛えられてんだよ。背筋の伸びようが人並みじゃない。仮に同じものを着ても別人みたいになるさ」とからかわれたことがある。

 だが、今の彼女は違っていた。

 体育倉庫の片付けと今の状況のせいで、少しばかり着崩れている。

 汗で湿ったブラウスは、背中のラインにぴったりと張り付き、うなじにかかる後れ毛も、首筋を流れる汗で肌に貼りついていた。

 いつもの自信に満ちた大きな瞳も、今は不安に揺れている。

「俺より汗っかきだもんな」

「……何?」

 ふてくされたような、力のない声だった。

 そんなことはわかってる、それを今どうして言うんだという暗い目つき。

 沈黙が気まずいのか、結菜は不意に立ち上がった。

「……もう一回、ドア、叩いてみる」

 だが、結菜が俺の横を通ろうとした瞬間。

 暗い床にあったサッカーボールに足を滑らせ、体勢を大きく崩した。

「わっ……!」

「あっ、危ない!」

 考えるより先に、身体が動いていた。

 腕を伸ばし、倒れかかってきた結菜の身体を、とっさに抱きとめた。

 腕の中にすっぽりと収まったその身体は驚くほど柔らかかった。

 今まで意識したことのなかった、汗の匂いが、俺の胸の中にまで伝わってきた。

 そこには俺の汗臭さとは違う、桃のような甘さがあった。

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