Re.Re.アンデット

 「さあ。楽にしてやろう」


 両腕を切られた永夜ににじり寄る骸骨。

このままじゃ死んでしまう。

彼女は自分を不老不死と言っていたが……


「いや〜ホント……ここまでやられるとはねぇ」


腕が再生する様子はないし、立ち上がる素振りも見せない。


「ッ! 永夜!」


駆け寄ろうとするがゾンビが邪魔で近づくことができない。

二、三匹散らすのが精一杯だ。

……正直、自分の力に驚いている。

つい昨日までこんな力なかったはずなのだ。何が起こってるか、彼女なら知ってるはず。


「集中してねぇ。ボクなら大丈夫だからさぁ」


本当に頼んだわよ。

まだ、お互いのことを知らないけど信じるしかないのだ。



「大丈夫だって? 寝言は寝て言え」

「はははぁ。ま、そんな焦りなさんなぁ」


 姿勢を正し、あぐらをかいて座る。

腕がなく、多少ふらついたが問題なく座れた。


「あぁー。三つほど言いたいことがある」

「ほう? 命乞いか? 悪いがそんなに悠長にはできんぞ」

「そんなつれないことを言わないでおくれぇ。このあたり、ここからが面白いんだ。推理マンガとかいうやつの種明かしパートの始まりというやつさぁ。多分」

「何を言っている」


 永夜はカラカラと笑う。


「まず一つ目ぇ。君の不死の仕組みについて」

「……」

「君は魂を切り分けて、それをゾンビに入れているね」


 アンデットとは死を超えた死者のことを指す。

その不死性は自分には及ばないものの、十分に高い。

彼らは魂からの再生が可能なのだ。


ワン骸骨フォーオールゾンビオールゾンビフォーワン骸骨。よくいったものだね。君は魂を分けたゾンビがいれば死なないしゾンビは君がいればいくらでも呼び出せる」

「ククク。ハハハ。クハハハ」


 骸骨は面白そうに腹立たしそうに笑い出す。


「正解だ。まったく。簡単に解き明かしてくれたな」

「案外素直に認めるんだねぇ」

「ああ、認めよう。さて、終わらせるとしよう」

「わわわ。待ってよ。ていうか、もう少し動揺してよ」

「無理な相談だ。第一、その考察に意味はない。今のお前に何ができる? 両腕を失い、失血で体力を失ったお前に!」


 全くもってその通りだ。

痛いし、血を失ったせいでふらふらする。

まともに戦えない状態なのは確かだ。


「それもそうだねぇ。じゃあ手短に二つ目。“影浪“のもう一つの能力について」

「黙れ」


闇色の光が迸る。



 迸った光は旋回する刄となりあたりを切り刻む。

土煙が舞い上がり、辺りを静寂が包む。

 煙の緞帳が上がるとそこには肉片が……。否……そこには不自然な程、何もなかった。

あるのは結晶化した血の塊のみ。


「どこだ! どこに行った」


 ゾンビがひしめき合う音が聞こえる。

棍が振るわれ、ゾンビが倒れる音が聞こえる。

違う、心臓の音が聞こえる。大きく、大きく。


「な」


——ドサッ


 ゾンビ達が崩れ落ちる。

あるものは胴と足が切り離され、あるものは首が消え、あるものは心臓をくり抜かれている。


(魂を回収できん!?)


 ゾンビ達に預けていた魂が回収できず驚き戸惑う。

ゾンビの亡骸に目を向ける。ゆらめく影。人狼。


「これがぁ! これこそがぁ! “影ッ浪“のぉ! 真の能力ってぇわけだぁぁ!」


 熱に浮かされたように叫ぶ人狼。

まるで夜を切り取ったかのような毛並み。

赤く、爛々と輝く眼。

腕は再生しサイズは二倍ほど、赤黒い爪が輝いている。


「さぁぁぁぁあ! パーティーはここからだぁぁぁぁぁあ!」



 高揚感と共に駆け出す。

思い切り駆け回り、ゾンビに爪を、牙を立て、殺す。

掴んで、ぶん投げて、まとめてひき肉団子にして。

噛みちぎり、引きちぎり、切り裂き、八つ裂きにする。


「なぜだ! 魂を回収できん」

「ボクの爪が、牙が、お前の魂を食ってるからさあ!」


 “影狼“開放状態の特徴として、

リーチや腕力などの身体能力の上昇や吸魂能力を得ることである。

 吸魂能力とは、魂を吸収し己のものにする能力だ。

魂で自らの傷を癒やし、相手の魂にもダメージを与えられる。単純かつ強力な能力。


「さぁ、早くしないと死ぬぞ骸骨! どっちにせよボクの方が速いけどねぇ!」


 ゾンビ達に攻撃されるよりも速く切り裂く。

動きがただでさえ鈍いゾンビでは対応することはできない。

今新しく生み出されたゾンビなど、ただの木偶の坊。骸骨を殺せば死ぬ。


……魂を分け与えることでゾンビが強化されたのは、相手にとって嬉しい誤算だったのかもしれない…


「詰みというわけさぁ!」

「くそ、集まれゾンビども」


 骸骨は光の陣を形成、そこにゾンビは吸い込まれていく。


「ならば私一人が戦えばいい! ゾンビの血肉を纏った私は、一味違うぞ!」


 骸骨はゾンビを纏い、巨大なゾンビと姿を変えた。


「我が力、見せてやろう!」

「いいや、詰みだね。君は、重大なことを忘れているみたいだぁ」

「は?」


 ゾンビの後ろから、ツバメのように飛び出した影。

棍を振り上げ、跳躍。

5mを超えるゾンビの脳天をかち割った。


「な」


 ゾンビは脳天から二つに裂け、血飛沫を上げた。


「え。怖。私、なんでこんなに高く飛んじゃったの!? というか、なんでこんなスッと殺せたの?」


 困惑する深紅。

自分の身体能力に驚いてるようだ。

 

 おそらく私の魔力に触れたことで、身体能力が大幅に上昇したみたいだ。

ずいぶんと魔力に適合しやすい体質だな。


「ないすぷれーだねぇ。深紅ぅ」

「何この狼……もしかして永夜?」

「そだよぉ……ほら」


 狼から、人間へ姿を戻す。

腕は完全に再生し、ダメージはほぼのこっていない。

 深紅のおかげで手間が省けたな。

骸骨にゆっくりと歩み寄る。


「ククク。私を殺すか……だが」

「ああ。知ってるよ。まだ魂を残してるんでしょ?」


 骸骨の顔に驚愕が浮かんだ。

全く、骨なのに表情豊かなやつだ。


「君の魂を九割ほど回収してるからね。流石にわかるよ。

それに九割はもう無理じゃないかい?」

「そうか……そうかもな。ククク。クハハ。クアーハハハハハハ」


 顎をカタカタと揺らし、笑い出す。

なんとも、不敵で、不気味で……


「そうだとしてもだ。そうだとしても、あの方が必ず、我らが望むものを成し得てくれる。あの方の野望は私の野望。私の野望が潰えようとも必ず!」

「そういうのいいからぁ。カンケーないし。“影狼“」


 影狼で作られた大剣が骸骨へ真っ逆様に落ちる。

砂埃が舞い、風が吹き荒れる。


 砂埃が晴れた後、そこには何も残っていなかった。

不自然なほどに……


「うーん?」

「どしたの」

「いや? 一瞬、膨大な力を感じたんだけどぉ? 気のせいかぁ」



 夕暮れ時の小さな公園。

ブランコに腰掛け。空を仰ぐ。


 学校は再開の目処が立つまで、休みとなった。

まあ、当然の結果だろう。

エントランスはがれきが散乱する無惨な場所になったのだから。

しかも、体育館、グラウンド、3階などにロケランが着弾。

これじゃあ修理に半年はかかるだろう。


「隣町の学校で授業をすることになるかもね」


 このど田舎じゃ、学校は一つくらいしかない。

逆になんでこんなとこに立てたのか疑問なくらいだ。


「それがどうしたんだい?」


 爆破した張本人はのほほんとしている。

学校関係者に見せたら怒られそうだ。


「交通費、大丈夫かな? 自転車は……動くかな?」


 ただでさえ金がないのに……

また小中の頃のように、無理をさせると思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 いやまて、永夜に影移動させればいいんじゃね。


「移動なら影移動……」

「よろしく」


 本人もそう言おうとしたみたいだ。

まあ、やってくれるみたいで安心した。

ブランコの振り幅を大きくする。


「そういえば、骸骨に何話してたの?」

「……昔、経験したことをね」


 永夜は珍しく難しそうな顔で答える。


「永く生きてると長く生きようとする奴に出会うことがあるんだ」

「へえ。そうなの?」

「因果かねぇ? ま、その中に魂を研究する奴に出会ったんだ」


 妻や子に突然先立たれた悲劇の男。

彼は変人だった。だからその時こう思ったらしい。


 “妻や子供の記憶を未来永劫に伝えて、覚えていきたい“


「研究の果て、魂を物体に定着させて不老不死になろうとしたんだ」

「あなたみたいな?」

「いや、私みたいな完全な不老不死にはなれなかった。不死にはなれたけどね」


 様々な術式を重ね、ついに完成した“別魂“術式。

彼は歓喜した。

年老いて行かない体。魂の情報を元に再生する傷。


「それってもう完全に不老不死じゃない!?」

「いや、違うね。私は、彼は大切なことを見落としていた。

 それは“心“。心とは移ろいゆくもの。

移ろうものは必ず終わりに向かうように、彼は次第に最初の目的を忘れて行ったのさぁ」


 言うなれば、彼という人格の死だ。

彼は、不死の肉体を"残して"死んだのだ。


「死なない体を生かし、悪逆非道な実験を行う彼を私は殺すことにした。屋敷に火を放ち、魂を封じた物体を一つ残らず壊した」


 永夜は目を閉じ、つぶやく。


「私は不老不死だ。なぜこうなったのかは覚えていない」

「うん」

「おそらく私の心は移ろわない。私は完全な不老不死だから。それに……」


 “そもそも心などないのかもしれない“


 小さな呟きが私の耳を反芻する。

その呟きに不安を感じたから、私は変なことを言ったのかもしれない。


「そんなことないよ」


 身もふたもない言葉だ。

私らしくもない。


「だって、まだわからないじゃない」


 でも、これが本心だ。

そんな言葉を聞いて、永夜ははにかむ。


「そうだね。そうだ。まだ、わからない」

「ええ」

「じゃあまず。この街を案内してもらおうかねぇ。約束、忘れてないよねぇ?」

「う。お財布に優しくね」


 ブランコから立ち上がり、小さな繁華街に繰り出した。

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