Re.Re.アンデット
「さあ。楽にしてやろう」
両腕を切られた永夜ににじり寄る骸骨。
このままじゃ死んでしまう。
彼女は自分を不老不死と言っていたが……
「いや〜ホント……ここまでやられるとはねぇ」
腕が再生する様子はないし、立ち上がる素振りも見せない。
「ッ! 永夜!」
駆け寄ろうとするがゾンビが邪魔で近づくことができない。
二、三匹散らすのが精一杯だ。
……正直、自分の力に驚いている。
つい昨日までこんな力なかったはずなのだ。何が起こってるか、彼女なら知ってるはず。
「集中してねぇ。ボクなら大丈夫だからさぁ」
本当に頼んだわよ。
まだ、お互いのことを知らないけど信じるしかないのだ。
*
「大丈夫だって? 寝言は寝て言え」
「はははぁ。ま、そんな焦りなさんなぁ」
姿勢を正し、あぐらをかいて座る。
腕がなく、多少ふらついたが問題なく座れた。
「あぁー。三つほど言いたいことがある」
「ほう? 命乞いか? 悪いがそんなに悠長にはできんぞ」
「そんなつれないことを言わないでおくれぇ。このあたり、ここからが面白いんだ。推理マンガとかいうやつの種明かしパートの始まりというやつさぁ。多分」
「何を言っている」
永夜はカラカラと笑う。
「まず一つ目ぇ。君の不死の仕組みについて」
「……」
「君は魂を切り分けて、それをゾンビに入れているね」
アンデットとは死を超えた死者のことを指す。
その不死性は自分には及ばないものの、十分に高い。
彼らは魂からの再生が可能なのだ。
「
「ククク。ハハハ。クハハハ」
骸骨は面白そうに腹立たしそうに笑い出す。
「正解だ。まったく。簡単に解き明かしてくれたな」
「案外素直に認めるんだねぇ」
「ああ、認めよう。さて、終わらせるとしよう」
「わわわ。待ってよ。ていうか、もう少し動揺してよ」
「無理な相談だ。第一、その考察に意味はない。今のお前に何ができる? 両腕を失い、失血で体力を失ったお前に!」
全くもってその通りだ。
痛いし、血を失ったせいでふらふらする。
まともに戦えない状態なのは確かだ。
「それもそうだねぇ。じゃあ手短に二つ目。“影浪“のもう一つの能力について」
「黙れ」
闇色の光が迸る。
*
迸った光は旋回する刄となりあたりを切り刻む。
土煙が舞い上がり、辺りを静寂が包む。
煙の緞帳が上がるとそこには肉片が……。否……そこには不自然な程、何もなかった。
あるのは結晶化した血の塊のみ。
「どこだ! どこに行った」
ゾンビがひしめき合う音が聞こえる。
棍が振るわれ、ゾンビが倒れる音が聞こえる。
違う、心臓の音が聞こえる。大きく、大きく。
「な」
——ドサッ
ゾンビ達が崩れ落ちる。
あるものは胴と足が切り離され、あるものは首が消え、あるものは心臓をくり抜かれている。
(魂を回収できん!?)
ゾンビ達に預けていた魂が回収できず驚き戸惑う。
ゾンビの亡骸に目を向ける。ゆらめく影。人狼。
「これがぁ! これこそがぁ! “影ッ浪“のぉ! 真の能力ってぇわけだぁぁ!」
熱に浮かされたように叫ぶ人狼。
まるで夜を切り取ったかのような毛並み。
赤く、爛々と輝く眼。
腕は再生しサイズは二倍ほど、赤黒い爪が輝いている。
「さぁぁぁぁあ! パーティーはここからだぁぁぁぁぁあ!」
*
高揚感と共に駆け出す。
思い切り駆け回り、ゾンビに爪を、牙を立て、殺す。
掴んで、ぶん投げて、まとめてひき肉団子にして。
噛みちぎり、引きちぎり、切り裂き、八つ裂きにする。
「なぜだ! 魂を回収できん」
「ボクの爪が、牙が、お前の魂を食ってるからさあ!」
“影狼“開放状態の特徴として、
リーチや腕力などの身体能力の上昇や吸魂能力を得ることである。
吸魂能力とは、魂を吸収し己のものにする能力だ。
魂で自らの傷を癒やし、相手の魂にもダメージを与えられる。単純かつ強力な能力。
「さぁ、早くしないと死ぬぞ骸骨! どっちにせよボクの方が速いけどねぇ!」
ゾンビ達に攻撃されるよりも速く切り裂く。
動きがただでさえ鈍いゾンビでは対応することはできない。
今新しく生み出されたゾンビなど、ただの木偶の坊。骸骨を殺せば死ぬ。
……魂を分け与えることでゾンビが強化されたのは、相手にとって嬉しい誤算だったのかもしれない…
「詰みというわけさぁ!」
「くそ、集まれゾンビども」
骸骨は光の陣を形成、そこにゾンビは吸い込まれていく。
「ならば私一人が戦えばいい! ゾンビの血肉を纏った私は、一味違うぞ!」
骸骨はゾンビを纏い、巨大なゾンビと姿を変えた。
「我が力、見せてやろう!」
「いいや、詰みだね。君は、重大なことを忘れているみたいだぁ」
「は?」
ゾンビの後ろから、ツバメのように飛び出した影。
棍を振り上げ、跳躍。
5mを超えるゾンビの脳天をかち割った。
「な」
ゾンビは脳天から二つに裂け、血飛沫を上げた。
「え。怖。私、なんでこんなに高く飛んじゃったの!? というか、なんでこんなスッと殺せたの?」
困惑する深紅。
自分の身体能力に驚いてるようだ。
おそらく私の魔力に触れたことで、身体能力が大幅に上昇したみたいだ。
ずいぶんと魔力に適合しやすい体質だな。
「ないすぷれーだねぇ。深紅ぅ」
「何この狼……もしかして永夜?」
「そだよぉ……ほら」
狼から、人間へ姿を戻す。
腕は完全に再生し、ダメージはほぼのこっていない。
深紅のおかげで手間が省けたな。
骸骨にゆっくりと歩み寄る。
「ククク。私を殺すか……だが」
「ああ。知ってるよ。まだ魂を残してるんでしょ?」
骸骨の顔に驚愕が浮かんだ。
全く、骨なのに表情豊かなやつだ。
「君の魂を九割ほど回収してるからね。流石にわかるよ。
それに九割はもう無理じゃないかい?」
「そうか……そうかもな。ククク。クハハ。クアーハハハハハハ」
顎をカタカタと揺らし、笑い出す。
なんとも、不敵で、不気味で……
「そうだとしてもだ。そうだとしても、あの方が必ず、我らが望むものを成し得てくれる。あの方の野望は私の野望。私の野望が潰えようとも必ず!」
「そういうのいいからぁ。カンケーないし。“影狼“」
影狼で作られた大剣が骸骨へ真っ逆様に落ちる。
砂埃が舞い、風が吹き荒れる。
砂埃が晴れた後、そこには何も残っていなかった。
不自然なほどに……
「うーん?」
「どしたの」
「いや? 一瞬、膨大な力を感じたんだけどぉ? 気のせいかぁ」
*
夕暮れ時の小さな公園。
ブランコに腰掛け。空を仰ぐ。
学校は再開の目処が立つまで、休みとなった。
まあ、当然の結果だろう。
エントランスはがれきが散乱する無惨な場所になったのだから。
しかも、体育館、グラウンド、3階などにロケランが着弾。
これじゃあ修理に半年はかかるだろう。
「隣町の学校で授業をすることになるかもね」
このど田舎じゃ、学校は一つくらいしかない。
逆になんでこんなとこに立てたのか疑問なくらいだ。
「それがどうしたんだい?」
爆破した張本人はのほほんとしている。
学校関係者に見せたら怒られそうだ。
「交通費、大丈夫かな? 自転車は……動くかな?」
ただでさえ金がないのに……
また小中の頃のように、無理をさせると思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
いやまて、永夜に影移動させればいいんじゃね。
「移動なら影移動……」
「よろしく」
本人もそう言おうとしたみたいだ。
まあ、やってくれるみたいで安心した。
ブランコの振り幅を大きくする。
「そういえば、骸骨に何話してたの?」
「……昔、経験したことをね」
永夜は珍しく難しそうな顔で答える。
「永く生きてると長く生きようとする奴に出会うことがあるんだ」
「へえ。そうなの?」
「因果かねぇ? ま、その中に魂を研究する奴に出会ったんだ」
妻や子に突然先立たれた悲劇の男。
彼は変人だった。だからその時こう思ったらしい。
“妻や子供の記憶を未来永劫に伝えて、覚えていきたい“
「研究の果て、魂を物体に定着させて不老不死になろうとしたんだ」
「あなたみたいな?」
「いや、私みたいな完全な不老不死にはなれなかった。不死にはなれたけどね」
様々な術式を重ね、ついに完成した“別魂“術式。
彼は歓喜した。
年老いて行かない体。魂の情報を元に再生する傷。
「それってもう完全に不老不死じゃない!?」
「いや、違うね。私は、彼は大切なことを見落としていた。
それは“心“。心とは移ろいゆくもの。
移ろうものは必ず終わりに向かうように、彼は次第に最初の目的を忘れて行ったのさぁ」
言うなれば、彼という人格の死だ。
彼は、不死の肉体を"残して"死んだのだ。
「死なない体を生かし、悪逆非道な実験を行う彼を私は殺すことにした。屋敷に火を放ち、魂を封じた物体を一つ残らず壊した」
永夜は目を閉じ、つぶやく。
「私は不老不死だ。なぜこうなったのかは覚えていない」
「うん」
「おそらく私の心は移ろわない。私は完全な不老不死だから。それに……」
“そもそも心などないのかもしれない“
小さな呟きが私の耳を反芻する。
その呟きに不安を感じたから、私は変なことを言ったのかもしれない。
「そんなことないよ」
身もふたもない言葉だ。
私らしくもない。
「だって、まだわからないじゃない」
でも、これが本心だ。
そんな言葉を聞いて、永夜ははにかむ。
「そうだね。そうだ。まだ、わからない」
「ええ」
「じゃあまず。この街を案内してもらおうかねぇ。約束、忘れてないよねぇ?」
「う。お財布に優しくね」
ブランコから立ち上がり、小さな繁華街に繰り出した。
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