第3話 打ち捨てられし者たち


6


 日が高くなることを諦め、森の底が静まり返る日々が訪れる。


 乾いた風が木の枝を鳴らし、その日の空は鉛色に閉ざされていた。

 その静寂を乱暴に掻き乱すような、数人の男たちの荒い息遣いと、がさつな足音が響き渡る。


 それは、戦に敗れたか、あるいは主君を失い、食い詰めて野盗に身を落とした者たちの成れの果てか。痩せこけ、ぼろを纏い、その目には飢えと暴力の色がぎらついていた。


 彼らは偶然にも、森の奥深くにあるこの小さな家を見つけた。


 よく見てみれば女一人と幼子二人。これほどたやすい獲物はない。


 男たちは下品でそれでいてどこか空虚な笑い声をあげながら、躊躇なく家の扉を蹴破った。


 「飯だ! 飯を出しやがれ! ありったけよこせば、痛い目には遭わせねえぞ!」


 男たちを率いた顔に傷のある男が怒鳴る。


 しかし、彼らの目に映ったのは、怯え叫ぶ女子供の姿ではなかった。


 暖炉の前に座っていたニラは、一本の鉄の棒で火をかき混ぜていた。男たちの狼藉にも動じる様子を見せず、その棒を手にしたままゆっくりと立ち上がる。そして真っすぐ、彼らにその身体を向けた。


 彼女の顔に恐怖の色はなく、ただ、招かれざる客を値踏みするような、静けさだけがそこにあった。背後では、ニクリムがロッケを庇い、息を殺して壁際に身を寄せている。


 男たちはその異様な雰囲気に思わずたじろぐ。しかしすぐに空腹と焦りがそれを打ち消した。


 「なんだその目は! なめてんのか!」


 一人の男が、錆びた剣を抜き放ち、ニラに襲いかかった。


 大きな音がした。そしてふと気付けば、男は床に倒れ伏していた。何が起こったのかは誰の目にも分からない。

 そう、ニラはほんのわずかに身をかわし、手にした鉄の棒で男の手首と膝の裏を、まるで点を打つように正確に打ち据えた。それだけのことだった。


 男は悲鳴さえ上げられず、関節を砕かれてうめいている。


 「なっ…!」


 仲間がやられたのを見て、残りの男たちが逆上し、一斉に襲いかかった。


 狭い家の中は、怒号と暴力で満たされるはずだった。

 だが、それは一方的な無力化の作業に過ぎなかった。


 ニラは、まるで荒れ狂う波の間をすり抜ける小舟のように、男たちの間を舞った。鈍い音が何度か響く。

 彼女はその暴力をするりと受け流し、簡単すぎる動きで相手の重心を奪う。そして力を奪われ、よろめく相手の急所を的確に突く。


 鉄の棒が空を切り、男たちの体のあちこちに、鈍い打撃音を響かせる。


 それは戦闘というより、人の身体がどう動き、そしてどう動かないかを知り尽くした者による、冷徹な解体作業のようだった。


 わずか数十秒後。家の中には、床に転がり、呻き声を上げる男たちの姿だけがあった。


 誰一人として命を落としてはいない。しかし、肩を外され、手足の筋を伸ばされ、あるいは打撲の痛みによって、全員が完全に戦意と行動力を奪われていた。


 呆然とする子供たちを尻目に、ニラは静かに鉄の棒を暖炉の脇に戻した。そして、まるで最初からそうするつもりだったかのように、家の隅から薬草の入った箱と、清潔な布、そして水桶を持ってきた。


 肩の関節を外して苦しんでいた男の腕を掴むと、何の躊躇もなく、ぐいと引き戻す。ゴキリ、と骨の嵌まる鈍い音が響き、男が絶叫する。ニラはそれに構うことなく、別の男の切り傷を薬草で消毒し、手際よく布を巻いていく。

 その手つきは、憎しみも憐れみもない、ただ適切な処置をする。その一点に於いて何の曇りもためらいもない、完璧な所作だった。


 やがて、応急処置を終えたニラは、大きな鍋で滋養のある薄いスープを煮立て、それを木製の器によそって、動けるようになった男たちの前に無言で置いた。


 男たちは混乱していた。


 自分たちはこの家を襲い、ここに住む者を脅したのだ。普通なら殺されるか、半殺しの目に遭って森に放り出されるはずだった。しかし、目の前の女は自分たちを完膚なきまでに叩きのめした後、その傷の手当てをし、温かい食事まで与えている。


 その無言の施しは、どんな罵声や暴力よりも、彼らの奪って喰らう、そのすさんだ心に得体のしれない恐怖をもたらした。


この女は一体何なのだ。


 翌日も、その次の日も、同じことが繰り返された。

 ニラは男たちに必要最低限の食事と手当てはしたが、一切言葉を交わそうとはしない。彼女はただ、いつも通りの日常を送るだけだ。


 その静かな生活の中に、暴力でしか生きる術を得られない男たちの居場所は、どこにもなかった。

 彼らは、自分たちの存在が、この静謐な空間を汚す異物でしかないことを、痛いほどに思い知らされた。


 三日目の朝。最初にリーダー格の男が、まだ痛む体を引きずるようにして、黙って立ち上がった。

 そして、家の戸口で一度だけ振り返り、暖炉のそばで静かに本を読むニラに、かすかに頭を下げた。

 他の男たちも、それに続く。

 彼らは、何も盗らず、何も言わず、まるで悪夢から逃げ出すかのように、家から去っていった。


 ニラは、男たちの姿が森の奥に消えると再び鉄の棒を取って暖炉の火をかき混ぜ始める。

 彼らが去った後、部屋の空気が少しだけ冷たくなった気がした。

ニラは火に焚べた薪がたくさん空気を得られるようにと棒を操りながら、小さく、誰にも聞こえないほどの息をひとつ、静かについた。

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