最終戦争 その2

「おっと、失礼。少々取り乱してしまった。本題はどう死んだかではない。死ぬ度にお前が分身を再構築し続けたという事だ」


 その言葉に妖狐の狐耳がピンと立つ。


「再構築する度に、お前の魂はより分身の作成をしやすいものへと変貌していった。まぁお前は気付いていないだろうがね。では、分身の作成をしやすい魂とはどういうものか。分身が自我を持つという事は魂を持つという事と同じだ。即ち、分身の再構築とは魂の再構築さ。そしてお前はその魂を何度も切り離して使役してきた。だから、再構築を繰り返したお前の魂は———

 非常に分離しやすくなっているって事さ」


 会長は、いや魂を操る事の出来る神は一拍間を置いた後、再び話を続けた。


「その意味が分からないお前ではないだろ? 分離しやすくなった魂を私が放っておく訳はない。お前自身には勝らなくても分離してしまえばこっちのものだ。分身を各個撃破し続け、お前の妖力を奪い続ければやがて私がお前の妖力を上回る。ホラ、そろそろ分離すするんじゃないか?」


 神は自分の勝ちを確信しており、胸を反らして妖狐を見下ろしている。

 しかし妖狐の顔色を窺うと、直ぐに不安な顔つきが露わになった。

 どうやら妖狐の反応が想定通りではないようだ。


「確かに魂を分離したまま戦うのは少しばかり骨が折れるけどの。お主こそ気が付かなかったのか? もう何百年もひぃとふぅはあやかしと戦っておる。それなのに主がその姿を見た事がないという事には疑問を抱かなかったのか?」


 余裕ぶった表情を見せていた神の顔が少し曇る。

 神は賽銭箱から降りると妖狐に近付き、見上げて睨みつけた。


「何が言いたい」


 妖狐は狐耳をピョコピョコと跳ねさせて神に反逆した。


「余は主が余の対策を練る前から既に布石を打っていたという事じゃよ。娘達が斃されて、主にその妖力が移ることを端(はな)から危惧しておったのじゃ。余は娘達に、主の前には姿を現さぬよう定めておる。例え魂が分離したとしても主に娘が斃される事は決してない」


 一瞬、神は顔をしかめた。が、直ぐに元の余裕そうな表情に戻る。


「なるほどね。もしそれが本当ならお前の妖力を奪う事は無理そうだ。でもね、それがどうした? お前の妖力を奪えなくたって、お前の妖力は目減りするんだ。何れ上回る事には変わりない」


 それを聞いて妖狐はクククと笑うとバッと後ろに跳び退いた。


「妖力を分離させた程度で余に勝てるなど笑わせる。主に余の妖力が渡らなければ、主など依然脅威ではないわ。扇子一つで粉砕してくれる」


 妖狐は再び扇子を広げ、神に向けた。

 神もそれを受けて直ぐに臨戦態勢を取る。


「口では強がっているが、さっきよりも威勢がないんじゃないか? 何時までその減らず口が持つのか確かめさせて貰おうか」


 神がそう言ってフッと鼻で笑ったその瞬間、妖狐の攻撃が炸裂した。

 如何せん彼女達の戦闘はただの人間である僕には追う事が出来ないが、その結果だけは見て取れる。

 神はまた背丈が縮んでおり、気付けばひぃやふぅと同じくらいになっている。

 神に攻撃を加えた妖狐もまた、反撃を食らったらしく胸を抑えて苦しそうに息をしている。

 それからは、何度も何度も互いにぶつかりあってはその背丈と魂を散らしていった。 

 天でぶつかり、地でぶつかり、戦闘の衝撃と結果だけが僕の目と肌に感じられる。

 彼女達は自分の立場を守る為に命を散らせて戦っている。

 あと数刻もすれば彼女達の戦いは終わりを告げ、どちらかが勝者として神の座を得て、どちらかが敗者として勝者の前に斃れるだろう。

 どちらが勝った所で、僕自身には、そしてこの街には普段と変わらない日常が訪れるだろう。

 こんな戦いなど無意味にすぎない。

 僕は彼女達に傷ついて欲しくない。

 僕を散々いたぶって散々良いように扱ってきた彼女達あやかしを僕はもうこれ以上失いたくない。

 吸血鬼も、天邪鬼も、そして妖狐と神の因縁に巻き込まれたあやかし全員がもうこの世には存在しない。今では故人として、もうこの街を踏みしめて歩けはしない。

 それが酷く、悲しい。

 妖狐が正しいのか神が正しいのかをここに来るまで、いやここに来てからもずっとずっと考えていた。

 しかし、その判断は未だ下せない。

 ただ言える事は僕が妖狐も神も嫌いじゃないと言う事だけだ。

 全ての行動が僕を利用する為の虚構だったとしても、彼女達の魂の息吹を僕はずっとずっと感じていたい。

 気が付くと、僕は歩いていた。

 妖狐と神が衝撃を散らして戦っているその最中(さなか)に、身を投じて歩いていた。

 神はもうひぃやふぅよりも小さく、妖狐は足を引きずってドンドンやつれていっている。

 この戦いを終わらせなければならない。どちらが勝ったとしても後味の悪いこの戦いを終わらせて、新たな未来に向かわなければならない。

 それが妖狐と神の因縁に巻き込まれた僕に課せられた、ただ一つの使命なのだ。


「……」


 そう考えた僕は直ぐに頭を振って訂正する。

 いや、違う。

 これは、僕のエゴだ。

 僕が言った事は全て嘘だ。嘘っぱちだ。

 使命などでは断じてない。ましてや運命でも宿命でも決してない。

 あやかし達は誰もそれを望んでいない。僕の介入により計画が台無しになる事を決して望みなどする訳がない。

 だから、これは、僕が、僕の為に、僕だけの利益の為に、他人の心情を排除して行う、ただの独善的行為だ。

 まるで、そう正にあやかしのような———


「大分小さくなったの主よ。もう後一押しって所じゃな?」


「そういうお前こそ後一押しでもう妖力は私以下になるんじゃないか?」


 妖狐と神が互いに距離を取って睨み合っている。

 僕の入り込む余地は今しかない。


「妖狐! 神! 止めろ!」


 そう叫んだ僕は、部外者の侵入を拒むかのようなオーラを放つ険悪な二人の間に無理矢理身体を捩じ込ませた。


「もうおしまいだ。もう戦うのを止めてく———」


 僕が口を挟んだその瞬間、妖狐が僕に向かって飛びかかり一言「ありがとう」と言って僕を神の方へ突き飛ばした。

 僕は豪速球となり、神に向かって飛んでいく。


「な、何で来たんだ妖田くん!」


 神は怒鳴るが、もう時既に遅い。僕の背が神に磁石のように迫る。

 神は慌てて僕を受け止め、僕に文句でも言いたいのか口を開いた。

 しかし、パチンと指を鳴らす音が鳴り響き、神は何も言う事が出来なかった。

 音の主は一人しかいない。妖狐が鳴らしたものだという事は見るまでもなく分かった。


「グ、グフ」


 指を鳴らしたのと同時に、目眩が生じる。頭がクラクラして吐き気がする。

 何だ。何が起きた。僕は颯爽と二人の戦いを終わらそうとしたのに、何故気が付いたらこんなに気分が悪い。

 次に、僕の手足に激痛が走った。突き指をした時の感覚に似ている。まるで無理矢理指を縦に押し込められているかのるような激痛だ。


「何で来たんだ。待つように指示しただろう。おかげで君は私と同じ呪いにかけられたんだぞ!」


 神の声が耳をつんざいて煩い。

 同じ、呪い?

 僕は神と同じく時が巻き戻る呪いをかけられたのか?

 とすると僕はこのまま赤ちゃんになってしまうのか?

 痛みに悶えながらも、僕はやけに冷静に現状を分析している。

 これはきっと神が、会長が助けてくれると信じているからだろう。


「クソ、確かに私は君を守るとは言ったがこの現状では幾ら私でも早々簡単には治せないぞ。君が来たせいで私の計画は———」


 神は僕を降ろして寝かせると、僕に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟いた。


「私の計画は———完璧だ」


 ビュンと妖狐に向かっていく神に、妖狐は笑いながら問いかける。


「良いのかい? 怜をそこに置いたままにして。早く治さないと彼が死んでしまうぞ? 主を信じて、あまつさえ自分の身体を犠牲にしてまで主を助けようとした孝行者を放っといて主は心が痛まぬのか?」


 妖狐の煽りを、神はフンと鼻で笑って受け止める。


「お前がやっておいて良くもぬけぬけと言えたものだな。お前は妖田くんを利用して私に一糸報いたように感じているのだろうが、これも全て私の計画通りなんだよ! 妖田くんが乱入してくる事もお見通しだ!」


 神は妖狐の懐にすかさず飛び込み、拳を握って殴りつけようとした。


「何度も何度も同じ手を。今更その攻撃など食らうものか。逆に主を赤子にまで退化させて完全に殺してくれるわ」


 妖狐は扇子をクンと翻して神に刺すように突きつけた。

 しかし、扇子は髪をザンと切っただけで神の肉体には届かない。


「甘いな。何度も同じ手を食らわないのは私とて同じ事だ」


 神は妖狐の扇子の攻撃を跳躍する事で華麗に躱した。殴りつけようと固く握られたその拳は妖狐に向けられたものではなく、地面に向けられたものだったのだ。神はそのまま地面の石畳を砕き、その華奢な体躯を宙に浮かばせたのだ。まるで棒高跳びの選手のように、背を反らして綺麗に避けたのだ。

 そのまま神は地面に着地せずに妖狐の顔面に飛びかかった。妖狐は呻き、神を何とか引き剥がそうと扇子を投げ捨て必死に神を引っ掻き回す。


「ぐ、ぅ。何をする。余にその醜悪な身体を押し付けるな! 気持ち悪いんじゃ!」


 語気とは裏腹に、妖狐の力は貧弱で小学生程度の神を押し退けることすら能わない。


「決着だ、妖狐! お前が妖田くんに呪いをかけてくれたおかげで妖田くんにお前を封印する事が出来る!」


「う、うがぁああああああああああああああああああああああああ」


 妖狐はブンブンと身体を激しく震わせて、神を振り落とそうと懸命に悶えている。


「き、きさまぁ!」


 妖狐は叫び、更に神を殴って引っ掻いての暴力をし続ける。

 神は乱暴されながらも振り落とされずしっかり掴まっており、やがて片手を振り上げるとバチンと妖狐の胸を背中から引っ叩いた。

「うっ」という断末魔と共に妖狐の身体が静止する。

 神がピョンと妖狐の顔面から飛び降りると、妖狐は前方にドカッと力なく倒れた。

 直後、青白い光が妖狐の身体から立ち込める。

 それは数回妖狐の周りを旋回したかと思うと、神にガシッと握られた。


「魂だけになってしまえば妖狐とて可愛いものだな」


 そう言ったかと思うと、神は綺麗な投球フォームで僕に向かって勢いよく魂を投げつけた。

 魂は風を切って僕にぶつかり、そのまま僕の身体に吸い込まれる。


「フッ、ホラどうした。早く治さないとお前の新しい身体が死んでしまうぞ」


 神はニヤリと笑って僕に近付き、屈み込んで僕を見下ろした。


「もうとっくに治しておるわ。ホラ立て、怜」


 気が付くと、僕の身体中の痛みはすっかり消え去り元と同じ様な、いやそれ以上の元気に満ち溢れていた。僕は言われた通りに起き上がって、今度は逆に神を見下ろす。


「怜、お主が戦え。余はもう見ての通り戦えぬ。じゃから代わりにお主がこやつを殺せ」


 僕の口からぶっきらぼうな命令が飛び出る。これはあの時と一緒だ。先生が入っていた時と同じ状況だ。


「早くやらんか。余が入っておるのじゃぞ。ならば余の力も少しは使えよう」


 力が使える?

 直ぐ様しゃがみ込んで地面に手を当て念じてみる。

 すると、忽ち地面の割れた石畳は修復され、綺麗な石材に巻き戻った。


「な? ホラ、さっさとその力をこやつに使わんか」


 妖狐は好き放題指図して、神を、少女を、会長を、殺せと僕に命令する。


「流石に無理だ。僕には殺せない。僕にはこの戦いを止めるか、結末を見届ける事しか出来ない」


「戦いを止められなかったお前が拒否をするなよ? 余がお主に入った時点で妖狐が怜で怜が妖狐じゃ。結末を見届けるのならば、あやつを殺すか余と心中のどちらかじゃ」


「さぁ戦え」と妖狐は僕に神を殺す事を急かす。

 しかし肉体の主導権は僕に握られている為殺す気のない僕は神に攻撃をせず、ただ立ち上がって視線を送るのみだ。

 依然として「戦え、殺せ」と宣う妖狐に神はハーっとため息を吐いた。


「全く往生際が悪いな。それでも数百年神を名乗っていた奴のする事か? お前は封印されて負けたんだ。もう私には文字通り手も足も出ないんだよ。大人しく負けを認めて私を元の姿に戻して貰おうか」


 妖狐はそれを聞いて言葉を止め、これ以上僕に「戦え、殺せ」と言わなかった。

 が、代わりに静かな口調で話しだした。


「まぁ、そりゃそうじゃな。急に煩く『殺せ』と言っても怜には自分からあやかしを殺す程の度量がない。じゃからこれはあくまで『上手くいったらいい』というだけの副案じゃ。主案は別にある。これはただの時間稼ぎじゃからの」


 妖狐がそう言って口を噤むと、神は眉をピクリと釣り上がらせてドスの聞いた声で尋ねた。


「おい。どういう意味だ」


 それを聞いて、妖狐(僕)はクククと笑い、ただ一言「後ろじゃ」と口にした。


「———!?」


 神の背後から一瞬影が伸びたかと思うと、その影はガバっと神を取り押さえて抑えつけた。


「な、何だよこれ!」


 動揺して叫ぶ少女の姿をした神。それを抑えつけているのは———

 二人の少女、もとい姉妹だった。

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