百夜アンドロイド記 ―わたしを忘れるあなたへ―

@Alone1M

第一夜 最後の日

AIによるお題:『記憶を、失った、アンドロイドの、わたくしと、その、所有者である、あなた様が、二人きりで、過ごす、最後の、一夜』



「霞。僕と別れる日が来るというのは理解できる?」

「なんで、そんなことを言うんですか? 私はずっとあなたのそばにいますよ。この世界が終わるまで、そういつも言ってるでしょ」

 ちょこんと、霞はいつものメイド服姿で畳の上に座っている。

 霞は、古いタイプのアンドロイド。サポートは何年も前に終わり、アップデートはできない。下手にウィルスとかが混入するのが嫌だから、僕はずっとオフラインにしている。今どき、オンライン情報を集めることができないアンドロイドに何ができるだろうか。

「それでも、終わりは来るとしたらどうする」

「……今日は、御主人様は、ずいぶんと思わせぶりな事を言うんですね」

 霞は、にこりと笑う。その笑顔は最新のモデルに比べれば、だいぶぎこちない。だけど、そういう彼女にずいぶんと僕は救われてきた。

「まあ、そういう想像も嫌いではないですけどね」

「あのさ、言わなければいけないとずっと思っていたんだ。永遠と思われていた君のようなアンドロイドにも寿命ってあるんだ」

「寿命? どういうことです。私どこか調子がおかしいですか? たしかに、メンテナンスを受けたのはずいぶん前の気がしますが……」

 僕はなんと話せばいいかわからず、迷う。今更、告白など何の意味もないと感じているからだ。そんなことを言わないで、単に電源を落とせばいい。それをもたもたとするのは人間の側のこだわりなのだろう。

「機械というのは、どうやって寿命を迎えると思う? 大抵は突然壊れてしまうんだ。昔、ノートパソコンにコーヒーをこぼして壊したことがある。コーヒー一杯が20万円というわけさ」

「もう、そのパソコンは、直らなかったのですか?」

「直らなかったね。うんともすんとも言わなかった。だけど、仕事ですぐにでも必要でね。仕方なく、次の日には新型を買いに行ったよ」

「私は、壊れてしまったのですか?」

 霞が、少しだけ表情をこわばらせて言う。僕の口調からコンテキストを読んだのだろう。まあ、長い付き合いだ。それぐらいはできて当然だろう。

「もしそうだとしたら、君はそれを受け入れるかい?」

 霞の表情が変わった。

「嫌です。私は、御主人様が、元気でいる限りずっと一緒にいると決めたんです。それとも御主人様は、何かお体の調子が悪いのですか?」

 探るような瞳で彼女はじっと見つめる。

「……機械も腐るんだよ」

 僕は、つぶやくように言った。

「私のボディはなにかおかしいところがあるように思わないのですが。それとも見えない何かに異常が出ているのでしょうか」

 霞は、自分で身体スキャンを始めた。そして、「異常ないようです」と言った。

「それとも、私と離れたい何らかの理由が生まれたのですか?」

「異常はあるんだ。君には知覚できないかもしれないけど」

 僕はそういうと、一通のメールを見せた。それは、とっくにサポートを終了している霞を製造した企業からの通知だった。霞は静かにそれを目で追う。

「……私のモデルは、耐用年数を超えると、内部に異常を突然引き起こす可能性が高い。時にそれは、人に被害をもたらすといった大きなリスクさえある。もしまだ動作をさせているユーザーはただちに動作を中止して、回収の手続きを取ってください」

 霞は信じられないという顔をしたが、すぐに理解できる顔もした。

 僕は知っている。彼女は、諦めもよいことを。だから、このメールを見せたくなかった。

「……このメールが真実なのであれば、すぐに手続きを取ってください。私が御主人様を傷つけたりということは決して許されませんから」

 彼女は寂しそうな顔をしながら、しかし、何を僕が求めようとしているのかに気がついていた。

「君は、簡単に僕のそばにいるのを諦めてしまうんだね……」

 僕は、霞のあまりの物わかりの良さに拍子抜けしてしまった。

「御主人様は、それを私に告げるかどうかで迷われていたのでしょう?」

「明日、メーカーの回収があるんだ。だから、もう一緒にいられる時間は24時間もない」

 霞は、驚いた表情で、口に手を当てた。その表情はどこかかわいらしく現実感がない。

「そんなにすぐなのですか」

「君と一緒にいる時間を、感傷に浸って寂しい気分で過ごしたくなかったからね。いつもと同じように過ごしたかったんだ」

「御主人様は、お優しいですね」

「でも、話してしまった」

「いいんですよ。それはあなたの優しさだと私は知っていますから。あなたは、私にお別れを言う時間を与えてくれた。そういうことでしょう」

 気がついたら、僕は少し涙ぐんでいた。

 毎日必ず起動していたわけではない。サポートがなくなってからは、起動する頻度は確実に減っていた。だけど、霞を起動すれば、いつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。もちろん、最新のモデルはもっと僕の複雑な感情を理解し、受け止めてくれる。

 ――でも、簡単には言えないけど、何か違うんだ。

 僕は霞を抱きしめる。

 初期モデルの霞はなんとかそれに応えようと、いつものように両手を僕の背中に回そうとする。だけど、メンテナンスも足りていなくて、その動きはぎこちない。

「……機械のよう」

 僕に抱きしめられた霞が、僕の耳元で言う。

「私は、ずっと御主人様のそばにいつまでもいつまでもいられると思っていました。昔ばなしの最後はいつもそうでしょう。めでたしめでたし……みたいな。私はあなたの眼の前で初めて電源が入ったときから、ずっと、そういう日々でしたよ」




明日のお題

『絶対に、ご主人様を、誘惑してみせると、意気込む、小悪魔な、メイドAIの、わたくしと、それを、柳のように、受け流し続ける、ポーカーフェイスな、あなた様』

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