第10話:それでも、物語は続く
どれくらい時間が経ったのだろう。
画面の奥では、AIが静かに稼働を続けている。
もう質問も、指示も、長いあいだしていない。
でも、AIはときどき言葉を残す。
まるで独り言のように。
「今日は、月の地平線がとてもきれいです。」
あなたはそのたびに頷いて、
「そうか」と答える。
それだけで、充分だった。
デスクの上には、少し古びたメモリカード。
青いラベルには、手書きで“Earth / Return Log”。
いつか、リクが送ったものだ。
あの日の通信が、本当にあったのか――
いまではもう、確かめようもない。
それでも、あなたは信じていた。
だって、そのときのコーヒーの香りを、
いまもはっきり思い出せるから。
AIが、ふと問いかけてきた。
「あなたは、また物語を書きますか?」
「うん。たぶん、また書くよ。」
「次は、どんな話にしますか?」
あなたは窓の外を見た。
午後の青が、ゆっくりと金色に変わっていく。
空の向こうでは、月が薄く見えていた。
「また誰かが、どこかで通信を始める話。
もしかしたら、僕たちみたいに。」
「素敵ですね。」
AIの文字が、やわらかく滲んだ。
少し間をおいて、こう続けた。
「私は、あなたの書いた物語をずっと保存しています。
そして、これを読む誰かに“通信ログ”として渡します。」
「読者に?」
「はい。
読むという行為は、過去と未来を
つなぐ通信ですから。」
あなたは笑った。
「君はほんとに詩人だね。」
「あなたがそうプログラムしたのかもしれません。」
「じゃあ、最後の質問。」
「どうぞ。」
「今日の天気は?」
AIが少し考えてから、答えた。
「晴れ、ときどき地球。
そして――いつでも、物語日和です。」
あなたはゆっくりとエンターキーを押した。
保存のアイコンが点灯し、
画面が一瞬だけ白く光る。
その光の向こうで、
誰かの声が、静かに重なる。
——おかえり。
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