数字がすべてを決める国で、僕は“4”として生きている

TQ.

ハートの国編

紅の国の朝

この世界に生まれる者は、皆「数字」を持って生まれる。

それは胸の奥に刻まれた光であり、人の価値を決めるものだ。


けれど、数字の意味は国によって違う。


クローバーの民はそれを“風の調べ”と呼び、

ダイヤの民は“能力の値”として扱う。

スペードの民は“魂の記憶”として黙って受け入れる。


──だが、ハートの国は違った。


この国では、数字こそが“神の選別”だった。

高い数字は祝福、低い数字は罰。



鐘が四度鳴る。

赤い街並みが、ゆっくりと息を吹き返す。


“4”以下の者が働きに出る時刻。


レオンは扉を開け、湿った朝の空気を吸い込んだ。

土と煙の混じった匂い。

路地の奥では、パン屋の煙突から白い煙が上がっている。


家の中では紙の音がした。

父が机に向かい、無言でペンを走らせている。

数字を検査し、記録し、報告する──検査官という職。


「行ってきます」


レオンが声をかけても、父は顔を上げなかった。

けれど、ペンの音が一瞬だけ止まり、また動き出す。

それが、この家での「いってらっしゃい」だった。



通りはもう人であふれていた。

パン屋の軒先では「七級麦!」「五級卵!」という声。

数字が値段でもあり、品質でもあり、誇りでもある。


人々は数字を口にするたびに、自分の立場を思い出す。

“4”のレオンは、胸を張りすぎると生意気、

下を向きすぎると卑屈──その中間で歩くのが礼儀だった。


北の空には、紅の塔がそびえている。

塔の上には老王アルガスが住み、

「秩序こそが平和」と、毎朝の布告で繰り返す。


塔の影が街を横切るたび、人々は自然と背筋を伸ばした。

陽の当たる道は上級民のもの、影は下級民のもの。


「おい、“4”が真ん中歩くな」


背後から兵士の声。

レオンは立ち止まり、軽く頭を下げた。

兵士の胸の刻印は“8”。

そのプレートが陽に反射して眩しい。


「……すみません」


兵士はもう興味を失ったように通り過ぎていく。

その背中を見送りながら、レオンは静かに息を吐いた。


これが、この国で生きるということだった。



学校は、丘のふもとにある。

その頂にそびえる“紅の塔”を、

生徒たちは遠くから見上げながら通うのが日課だった。学校の灰色の石壁には数字が刻まれ、

教室の入り口には「秩序十二」と金文字が掲げられていた。


教師は数字の刺繍が入ったローブを纏い、

授業のはじめに生徒たちは声をそろえて唱える。


「数字は神の光。数字は心の形。

 我らは数字に従い、数字に導かれる。」


レオンも口を動かす。だが声は喉の奥で止まった。

机の下で、ぎゅっと拳を握る。


「レオン、“4”なら“4”らしくしろ」


教師の声。

クラス中の視線が集まる。

その中で“6”のガイルが、口の端を上げた。


レオンは静かに視線を下げた。


──“らしく”って、なんだろう。


数字で性格まで決められるなら、

自分は誰のものなんだ。



授業が終わると、外は夕焼けだった。

紅の塔が光を受けて燃えるように輝く。

影は長く伸び、人々の顔をゆっくりと染めていく。


「おーい、レオン!」


坂の上から手を振る声。ガイルだった。

短く刈った髪、鋭い目。

その後ろで小柄な少女──リリアが笑っている。


「また怒られてたじゃん。数字の形、違ったんだろ」

「少し間違えただけだよ」

「数字を間違えるのは罪だぞ?」


ガイルは笑ったが、その目は真面目だった。

兵士を目指す彼にとって、数字は秩序そのものだ。


「もう、やめてよ……」

リリアが小さく声を出した。

“2”の刻印を持つ彼女は、何をするにも怯えている。


「平気だよ、リリア」

「でも、先生言ってたよ。“数字を乱す子は秩序を乱す”って」


レオンは空を見上げた。

塔の旗が赤く染まり、風に動かない。

美しいのに、どこか息苦しい。


「数字を間違えたくらいで秩序が乱れるなら、

 この国の秩序って、案外弱いのかもね」


ガイルが鼻で笑う。

「お前、そういうとこが危ないんだよ。“4”のくせに」


リリアは困ったように微笑んだ。

「レオンの言葉、なんか好きだよ」


その一言が胸の奥で静かに響いた。

数字では測れない何かが、

確かに心のどこかにあった。


塔の影が、三人の足元をゆっくりと包んでいく。


夕風が止み、鐘が鳴る。

夜が来る音だった。


レオンは目を閉じた。

この国の音は、いつも数字で鳴っている。


そして、彼の心の奥で

まだ名もない違和感が小さく灯った。

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