30曲目 ”一生”と”ずっと”
「一生って何をもって一生なのか、オニイさん教えてよ!?」
酔い散らかした雪さんは血相を変えて怒っている。
山盛りポテトをバリバリと頬張り、今日はレモンチューハイに狙いを定めた彼女は、しつこく店員さんを呼びつけては気持ちの良いくらいグラスを空にしていった。
「俺もあの言葉嫌いなんだよね。熱心じゃないやつに限って、ポストのプロフィール欄に【一生】とか書いてるもん」
俺はいつものように彼女に賛同する。
「そうだよね!!!???やっぱそうだよね???」
「立つ鳥跡を濁さずって言葉を知らないか、よっぽど恥ずかしい言葉だと思ってるよ、俺は」
――恋乃実がコノミとして自宅のリビングでも、楽曲の振り付けやストレッチをしている姿に見慣れてきたころ。
俺はネットパトロールをした一環で、とあるKARENコミュニティの書き込みを目にした。
熱心に追いかけをしてくれているファンであろうその人の書き込みは、俺の大切な妹が必死で活動を続けている中、心に刺さるものがあった――
「一生なんて言いません。可能な限りコノミちゃんをずっと応援していきます」
えらくかしこまった言い方だなと思って、過去のポストを遡っていくと、第一印象とは真逆。
目も当てられないような「愛の悲鳴」に溢れていた――
「コノミちゃんは私の心の栄養」とか「コノミちゃんが息をしているだけで私は嬉しい」とかに始まり「コノミちゃんのお部屋の埃になりたい((デュヘデュヘ」とかそんな感じのポストだ。
そんな人とオフ会が重なって、初めて対面で挨拶できるとなったとき。
我が目を疑う羽目になったのが雪さんとの本当に最初の出会い。
ネットでの性別と現実がリンクしていたことはさておき。
容姿端麗でご本人様が滅茶苦茶可愛かったことに素直にテンションが上がった。
明るく話をしてくれる彼女――雪さんに早速惹きつけられ、酔いも回ってきたころ。
「雪さん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんですか?」
「雪さんのプロフィール欄にある”一生なんて言いません。”ってどういう意味ですか??」――
それからというもの、彼女は酔っぱらうたびに何度でも宣言した。
「一生なんて軽薄で無責任な強い言葉は使わない!コノミちゃんに失礼だもん!!だから私は、自分が可能な限り応援していきたいし、それが終わりの見えないものとして自分の中で生き続けてくれればいいなと思って”ずっと”って言葉を遣ってるんだぁ」って――
◇◆
「孝晴くんとも、ずっと仲良くしてたいんだよね。わたし」
絵馬を見ながらしみじみと話してくれた柚季さん。
「俺もそう思う」
「じゃあ、”ずっと”よろしくお願いしますよ?孝晴くん」
「もちろん」
絵馬を結んで、手を合わせた柚季さん。
俺もその所作に従って、手を合わせておいた。
「さっ!お忍びデートの再開といくよっ!!!私の彼氏っ!!!」
笑顔に戻った柚季さんが手を差し出してくれた。
俺はその手を迎えに行きながら、ヲジ達の位置を索敵し始めた。
と……。
ここまで真剣な話が続いてしまって諸君には申し訳ないと天の声が言ってくるが――
俺はそんなの気にしないぞ?
なぜかって?
それは、俺と柚季さんの約五十メートル背後に不審な二人組を目にしてしまったからだ。
木の陰に隠れてコソコソしているこの場所に居るはずもない――美女が二人。
俺は初デートの行先をどこかでゲロったか?と一瞬疑ったが原因はそれではなかった。
俺の家族は大変に仲が良いのだ。
そして、スマホの位置情報共有を解除しておくのを、柚季さんの笑顔に惑わされて忘れたこと――
たった今、思い出した。
今になって冷静になる。
監視されていたことに気が付いた……。
初デートの場所が我が家の乙女たちに筒抜けだ。
あの完璧な変装の若い女の子はきっと恋乃実……。
だって俺がプレゼントした帽子をかぶっている。
そして横にいるのは、おっとりした天然不思議ちゃんな母ちゃんだ。
間違いない。
サングラスで隠せない美人が透けて見えているぞ?
どこからだ……。
俺のスーパーコンピューターよ仕事しろ――
まさか、フレンチなキスをした時からだろうか。
彼女から濃厚な三秒を貰った時だろうか……。
まあいい。
過ぎたことは仕方ない。
前には柚季さんのファン。
後ろには我が家の母娘。
そんな見世物になっている事には露知らず、柚季さんは満面の笑みでこう言う。
「次はキャンドルに行ってみたい!」
俺の江の島攻略難易度がハードモードに切り替わる効果音がした――
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