29曲目 Not 痴話喧嘩 But いちゃいちゃ


江の島弁財天仲見世通りを通り過ぎ、朱色の鳥居をくぐる。


柚季さんの大暴走をキスで鎮静化することに成功した俺は柚季さんから「女心も私で勉強していこうねっ!!!????」なんて可愛らしくて、少しえっちぃ言葉をかけられた。


「めちゃくちゃ目立ってるから!ただでさえ美人なことは理解した方がいいって!!!」


俺は傍から見ればを柚季さんにぶつける。いや、何一つ言葉の意味や状況は、相反していないのだが……。


「どう?不審な顔されてない??」

 

柚季さんは背後に気配を感じている自身のファンを含む二人組の様子を気にした。

俺にギリギリ聞こえるように喋ったからか、静かな参拝口には俺の声だけが響いただけのようだ。


助かった。

逆に俺が目立った。


「話に夢中なくらいで気が付いてない。それよりもキスしたのが大分効いてて、おばあちゃんから生温かい目で見られてるのが結構恥ずかしいかも」

「じゃあ、その恥ずかしさは取っておくね。仲良しだよーって」


そういった柚季さんは、両手で優しく俺の頬を捕まえると――


ゆっくり口づけしてくれた。



「それ、反則だから今度から外でするのは無しにしてね?」

「じゃあ、孝晴君も許可のないキスは禁止です」

「わかったって。ごめんって」


俺の謝罪を耳にした柚季さんがくすくすと笑いだす。


「今のは意地悪だから。いつでも、私の唇、使っていいからねっ」


柚季さんはそういうと俺に投げチューを飛ばしてくる。





……???



…………('ω')???



はぁぁぁああああああああ?????!!!!???





いつから唇は使うものになっちゃったんですか??????

しかもこんな美人さんのぷるっぷるな唇をだぞ???




諸君、一発俺を殴ってくれ。今すぐだ!!!今すぐ俺を殴ってくれ!!!


夢なら覚めてくれ!!――頼むって……。





現実に起きていることなのかこれは!??

こんなことを彼女に言われて、世の中の彼氏男性諸君は自我が保てているのか??


爆発しろ!くらいまでに思っていたリア充の先輩方――

どうかこの俺に、可愛い彼女へ”タガ”を外さない方法についてご教授くださいませっ!!!!困ってるよ!!!



俺の頭はパンク寸前だったが、ふいっと階段を上り始めた柚季さんは何事も無かったかのように颯爽と階段を上がっていく。


破綻寸前だった俺の脳味噌のスーパーコンピューター。

思い返すと、こうしている間にも彼女の正体が周りにバレてしまう可能性がある。


いや――

知名度としては比較的低いものだけど、特定の組に見つかってしまうことだけは避けていきたい。


俺は急いで彼女を捕まえに行った。



「一人じゃ何するかわからないから捕まえておきます」

「そんなこと言いながら、本当は手を繋ぎたかっただけでしょ?」


柚季さんは我が物顔で言ってくる。


「そうだよ?滅茶苦茶可愛い彼女の手を恋人繋ぎして、江の島を回りたいだけ」


俺は素直に白状した後、若干強引に彼女の指の間に自分のものを絡める。

力加減を間違えてしまうと、一本一本ポキポキと折れてしまいそうなしなやかな指。



少し俺の手は汗をかいてきてしまったことに気が付きながら――


でも、これからはそんな俺でも彼女に受け入れて貰う必要があるのだ。

恥ずかしがっている場合じゃない。


さっきまで握って歩いていた華奢な手は少し冷たくなっていた。

 


「手汗かいたけど我慢してよ?柚季さんのせいだからね??」

「このくらい温かいなら文句は言わないって。ありがとっ」



握った手を彼女が浮気させて、ぶらぶら。心地よい揺れが身体に伝わってくる。


俺は今、自慢の彼女を連れて、江の島を歩いている。

江の島のシーキャンドルへ女性を連れて歩くことになるとは思わなかったなぁとしみじみした弱気な気持ちは、この長い階段の麓に置いていく事にした。



◇◆◇◆



「むすびの樹だって!」

「もう結ばれちゃったけどね?」


軽く柚季さんのワクワクをぶち壊すようで申し訳なかったが、笑顔でアハハと笑う彼女は、昨日から俺の彼女だ。


「へぇ~~~!絵馬がピンク色だよ?かーわいっ!!!!」


江島神社の御神木――大銀杏。

その足元に沢山掛けられているピンク色の絵馬を、一枚ずつ眺めている柚季さん。


「みんな、恋してるねぇ!!!」


それはもう、恋愛相談所と化している絵馬の数々――

俺にはの数々を鼻で笑うように見ていく。

 

これは、驕りが出ているのには気が付いている。

いつもは同志の彼や彼女たちの言葉は、今の俺にとって全くと言っていいほどのノーダメージ。


悪いな、皆!――なんて明るく受け流して、その理由の先を視界に収める。



柚季さんは一枚、また一枚と視線の先が変わっていくたびに笑顔を深めて、物珍しそうに眺めていた。



「孝晴君!これ、縁結び以外に、カップルがお参りして書いてったのもあるよ!」

「そうなの?」

「私たちも書こうよ、せっかくだし!!!」


そう言ったっきり、柚季さんは授与所へ駆けていった。

絵馬は買うものじゃなく、受けるものだ。よく覚えておこうっと。


柚季さんが手にした絵馬に何を書きたいのか気になるところなので、俺はじっと彼女を見守ることにした。


「こういう神社はカップルになって来たら別れちゃうって聞いたことある?」


柚季さんが聞いてくる。


「うん。なんとなくは……」

「でも、あれって勝手に”結ばれてない人たち”がこじ付けした迷信だと思うの」

「えらく尖った言い方だ……」

「前調べたことあるんだ~。本当は神様がカップルに試練を与えているだけで、二人の絆を深めてくれる効果があるんだって」

「へぇ」

「だから、この絵馬で私たちの絆っていうやつを神様に見せつけるの!」


柚季さんは手にした油性マジックでキュッキュと音を立てて、文字をしたためている。


「付き合ったばっかりだし認めてくれるかな?神様……」

「神様は結果を喜んでくれるし、過程だって、きっと見ててくれたって!」



柚季さんと交際関係になったのはほんの昨日の事だけども出会ったのは数年前――


ヲタクとして知り合って、ヲタクとして仲良くなった俺らが、今では昨日から何気ない話で時間を埋めていける仲になった。


「俺はコノミにうつつ抜かしてたから浮気者って怒られそうだけど」

「そんなことないよ。いいお兄さんじゃん?」


彼女持ちの彼氏がアイドルを好いていて俺の場合は妹属性まで付加されているのだ。

普通の彼女なら卒倒するか、愛想尽かされていたに違いない。


「彼女に理解があるのって最高だなぁ……」

「でも、そんな私も。孝晴君と同じくらいコノミちゃんの事好きだから忘れないようにね?」


今更、柚季さんのコノミ愛を否定する気にもなれない。

彼女の真剣な”推しスタイル”は俺にだって十分伝わっている。


「わかってる」

「あと、その愛より少しだけ大きいくらい!孝晴君の事好きだから!!!」

「柚季さんのコノミ愛より、俺……愛されてんの????」

「そうだよ。言わなかっただけで、ずっと好きだったんだから!でも、もう隠す必要もないのが私は本当に嬉しいんだぁ」


お願い事を書き終わった柚季さんが絵馬を俺に見せてくる。



【ずっと仲良くできますように。孝晴 柚季】



って言葉使っちゃっていいんだ?」

「そう!ずっと……だよ?一生ではない」

「わかった」


柚季さんが言う「ずっと」という言葉に、深い意味があることを俺は知っている。


 

彼女の過去の言葉を借りるなら「アイドルヲタクは平気で嘘をつく」


一生応援する!とか、一生推し!!なんていうファンに限って、新しい物好きの彼、彼女たちは目移りしてKARENの現場から去っていった。

 

最初の感想戦――

「一生」って責任感のない軽薄な言葉だよねって柚季さん……いや、当時の雪さんと話したことがあった。これはとある感想戦にて――


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