8曲目 上品な”コール”のつくりかた


カラーギャング達一行は、酔い散らかして居酒屋を後にすると、近くのカラオケ店に入店した。


大体、ライブが終わるとオフ会まで参加するヲタクたちは当日中に家に帰ったりしない。地方から今日の予定に合わせて遠征して、ホテルで一泊した後、ゆっくり一般社会に帰っていくタイプの人間が多い。


俺はどちらかというとこの意見には否定的な立場だ――


自分の身体を労わってホテルにお金を落とすよりも、生写真は一部でも多く積みたい。

トレーディング要素のある缶バッチだって、推しのコノミのものを入手できるように、積極的にSNSで交換希望を出すタイプのヲタクだ。

今度収集したグッズを見に部屋に遊びに来てもいいぞ?


話が逸れたが、汗水流してバイトで稼ぎに稼いだお金は「自分に使うお金ではなく推しに使うお金だ」ということで理解してくれ。

ファンの鏡だろう?異論は認める。大いに談議しよう。



実はオフ会で酔い散らかした後、参加するカラオケ大会もまたオツなのだ。

ヲタク仲間の歌が上手な女子に、KARENの曲をカバーさせて、歌唱中は各々、コールの練度を高める。大切な時間だ。


もちろん今日も、酔いが一旦冷めた雪さんがマイクを取る。

今日はりんごちゃんも一緒だ。その歌唱力が気になるところである。


ここまで話に付き合ってくれている諸君なら「あれ?雪さんって声枯れてるんじゃないの?」と思ってくれた方が居ると思う。

熱心について来てくれている諸君はこの作品の大切なファンだ。ありがとう。

これからもよろしく。


雪さんは、ライブの後、喉は枯らしているのだが、なぜか歌唱に影響がない。

ここが彼女のミステリアスな部分と言って差し支えない。


あれほど、綺麗な顔で汚い声を発していたヲタクが、マイクを握る瞬間だけは、喉が戻る。美声が響いてくる。


同じ人間だし、同じ声帯構造を有しているはずなのに原理が理解できない。

ぜひ諸君も、雪さんの生歌唱を聴いてみてほしい。雪さんの特殊能力かもしれない。


今日――俺は喉をこの上なく枯らした。

仕方なくサイリウムを点灯して、推しの名前が大きく書かれたタオルを頭に巻いた。

後は他の皆が先導してコールを始めるはずだ。


「りんごちゃん!!二人で、”七夕”歌おう!!」


雪さんはマイクをデッキから二本抜き取ると、そのうちの一本をりんごちゃんに渡しながら笑顔を振りまいている。


決まって一曲目は、”七夕”が歌われる。

KARENの中でも、屈指の人気曲。


恋をした女の子が意中の男性に振り向いてもらうため「七夕に画策して恋を成就させる」という何ともアイドルらしい一曲だ。

雪さんが好むのも無理はなく、とことんコノミがセンターで目立つ。

コノミのプロフィールから想像してもだと思っている。


イントロが流れ始めて、他のヲタクたちも狭いカラオケルームで適度に距離を取り、ウォーミングアップを始めました――


話を戻す。この会ではコールの練度を高める。

つまりは「ライブの余韻に浸りながら、掛け声の練習をする会」といった方が伝わるだろうか。


過去曲に関しては、新規のファン仲間同志にわかりやすいように復習がてら聞かせる。

自ら正しいコールをやって見せる。

そのあとは、言って聞かせる。新規ファンがやってみるのを見守る。

そうしてようやく新規のファンは、我々の心強い同志となる――

誰かの言葉みたいだ。スルーしてくれ。



新曲はライブ披露で次第に会場から湧き上がってくるコールが自然と定着する。

全国には俺らと同じファン仲間が同じようにオフ会を開催しているし、その中で曲を楽しむため、推しのアイドルへ愛を伝えるために、新しいコールを考える。


話が長くなるので自重したいが、新曲のコール議論ほど、界隈が荒れるものはない。

いや、週刊誌に推しのアイドルが熱愛報道をすっぱ抜かれる次……くらいに荒れるくらいだった。くらいって二回言った、すまん。

 

下品なコールは次第に歴史の中で淘汰されていく――


あくまで我々が愛してやまないのはKARENであり、他のアイドル現場で使用されるMixやコール、口上こうじょうが流入してきても、俺がしらみつぶしに正しいコールで潰してまわる。

次第に統率の取れた上品な掛け声が完成するのだ。

こちらに関しても、異論は大いに認めるので、今度談議しよう。


要は、コールは推しへの愛の恩返しであり、彼女たちが望まない「バカ騒ぎ」を助長するものではないということだ。

彼女たちに常日頃いただいているパワーをライブ中にリアルタイムで彼女たちに声援という形で恩返しする。

会場は一体感に包まれて、ライブが完成する。


――俺は本気でそう思っているから、今日も本気で喉を枯らした。

もっと腹から声を出せばよかった。


雪さんがいつも通り、俺の鼓膜を美声で揺らす中、続くりんごちゃんの歌唱力も目を見張るものがあったのは諸君にも報告しておく。


この後、カラオケルーム内の小さなステージを一人で任されたりんごちゃんが居てくれたおかげで雪さんと二人きりで話し、デートを取り付けることができたのだから――


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