7曲目 ”妹属性”の俺がアイドルを推す理由
気持ち悪いっていう言葉は”いい意味の誉め言葉”だ。
近年の”ヤバい”や”ガチ”という単語に対して様々な用法があるように使い分けが必要だ。
大体、推しへの思いが強いようなヲタクほど、口から飛び出る言葉は、より細やかな情報で、笑顔になって、早口で、キモくなって、次第に気持ち悪いと思うようになる。
古今東西、どこのアイドルの現場でも思いが溢れるほどそうなる。
ヲタクの最終進化先だ。
例にもれず、目の前のハマさんも、雪さんもそうだし、きっと今日出会ったばかりのりんごちゃんに関してもそのうちボロが出てくると踏んでいる。
容姿端麗な女ヲタこと、雪さんは酒が入ると手が付けられなくなる。
犯罪を犯してしまうとかの心配はないからいいけど、品性の欠片もなくなる。
本当にこの人、アイドルやってるんだよね?って心配になってくるほどに……。
ビールジョッキ片手に心もとない華奢で細い腕に力を入れた雪さんは熱弁している。
「コノミちゃんって、天真爛漫ってイメージから外れないよね!あなたは私の太陽であり、菩薩様であり、最高のアイドルだって言ってんだろうがよ!って客席からもっと伝えられると思ってんだよね!!!!」
ただでさえ今、声を枯らして酒をかっ食らってる雪さんの喉は、明日には自身のアイドル活動に影響してしまうまでに壊れる予定であるはず。これ以上の声援方法があるのか……と若干引いてしまうが、ハマさんは潰れて、「レナちゃん、レナちゃん」と鳴いているから、雪さんはまだ言葉が通じる人類種族なだけマシな方かもしれない。
アイドルヲタクは自分が推し始めるアイドルを選ぶ、好きになるときには、大きく二種類くらいに分類されると思う。
ひとつは【自己反映型ヲタク】だ。
心の底では、「自己の意志や考え方に近い人物」を推すのではないかという意見。
ハマさんは、レナの考えに常々賛同していて、このタイプのヲタクと考えている。
そういう点であるなら、自身と推しは自然と近い思考になってくるし言動も似てくるはず。
決して、先日二十歳を迎えたレナに酒に酔った挙句、特定の鳴き声を発してほしい訳では無い。
まして、酔うだけで想像上の彼氏の名前を鳴くようなら、今から将来が心配になる。
せめて、我々ヲタクの知らないところで、自分を癒してもらえる大切な人を見つけて貰えるように祈るばかりだ。
もう一つは【崇拝型ヲタク】である。
「自身に無いものを推しが持っている」という点で応援し始める。
常々、憧れや尊敬の対象として推しのアイドルを見ており、崇拝しているタイプのヲタクだ。
こちらは雪さんが当てはまる。
コノミに対しても、彼女の推し方のベースは”憧れ”であり”尊敬”だ。
そもそも、アイドルという言葉に偶像崇拝的意味があるから、おそらくこの考えも間違ってない。
良かった。コノミは二十歳になっても、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って鳴かなそうだ。
この理論で話すと、目の前の初対面のヲタクであるりんごちゃんの雰囲気を察するに、【自己反映型ヲタク】だ。
彼女の推し、ノアは我がグループに大切なクールキャラの柱である。
そして、酔い散らかした雪さんを懐に入れて静かに介抱している。
りんごちゃんが女性でなければ心配してしまうほどに、初日から懐が深い。
酒に潰れた雪さんを膝枕するりんごちゃんにちょっとだけ嫉妬した――
「
やれやれ――
恐れなしにコノミへの推し方談議を始めようとするりんごちゃんは相当に怖いもの知らずのようだ。
コノミの活動全般のみならず、SNSに上がらない昨日の晩御飯、あられもない姿――
仕舞には生まれたままの姿まで知っている兄だぞ?
たかが飲み放題三千円二時間コースでは、到底コノミの魅力を言葉で表すに時間が足りない。
俺はりんごちゃんに悟られないように、事実を開示しておく――
「そうだなぁ。いつも感謝を忘れてないところですかね。尊敬してるし、見習わなきゃって思います」
昨晩、母ちゃん特製の爆弾コロッケをぺろりと平らげた後、スタイリストさんに感謝を表しながら、おやつを詰め詰めしてた恋乃実だ。
自分で言葉にして恥ずかしいが、俺の妹――恋乃実であり俺の推し――コノミのことを俺は今では強く尊敬している。
その点で俺は前述の【崇拝型ヲタク】に属するが、声を大にして予め、諸君らに誓う。
俺は本来、アイドルを好まなかったし、恋乃実だからコノミを推し始めた。
妹だから、推し始めたので、生粋のヲタクの前に「妹属性」だ。
でも、アイドルを推し始めて、気が付いたことがある。
実は人を尊敬する事の多い自分は、例えコノミでなくとも崇拝型ヲタクとしてアイドルを好きになる可能性があったのではないか?ということだ。
俺はコノミが自分の妹だからこそたまたま目に入って、人間として優れていたから周りの人に愛されて今に至ったと本気で思っている。
でも、周りのヲタクたちはどうだろうか?
アイドル戦国時代と称されてはや数年が経ち、今やアイドルと名乗る少女たちは星の数程いる。
その中でKARENの良さに自ら気がつき応援してくれている人間なのだ。
見つけてくれた人間なのだ。
今は当たり前のように盃を交わしているが、決して当たり前のことではない。
大切にしたいのはアイドルに向けて思うことでもあるが、ヲタク仲間に向けて思っていることでもある。
俺の持ってない『自分で好きなものを見つける』事が出来る人達。
他のヲタクに対して俺は尊敬しているし憧れている。
そんな事を思うと、やはり俺は【自己反映型ヲタク】と言うより【崇拝型ヲタク】だと思うのだ。
心の声をダダ漏れにしたが、目の前にいるりんごちゃんにも本当はここまで説明したい気分だ。
コノミが実の俺の妹という事実を隠して言うなら、「尊敬できる人を好きになり、それがたまたまアイドルだったから推している」と。
そして酔い潰れる雪さんを尻目に思う事、「この人も尊敬できる人物でたまたま今アイドルをしている」と言う事も黙っておこうと思う――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます