第2話 戦場を支配する、準備と策略
集落『鉄錆の門』の防御壁の外では、魔物たちの絶叫が轟いていた。強化ゴブリンとコボルトの大群は、弱体化した防衛ラインを突破寸前だった。
「アレス、これは一体……!?」
リーナ・バローネは、アレスから手渡された大量の物資を前に、息を呑んだ。彼女の手に握られているのは、一見するとただの粘度の高い泥の塊に見える。しかし、その塊からは常軌を逸した魔力的な熱が放たれていた。
「それが【合成爆薬ポーション】だ。僕の『時空干渉:合成(アルケミー・マージ)』によって、複数の属性を融合させた結果だよ」アレスは落ち着き払って指示を出す。彼は酒場の隅に座ったまま、ポーチを通じて戦場全体を俯瞰していた。「通常のポーションの数百倍の破壊力を持つ。君が持つ投擲用の皮袋に入れ、壁を登ってくる魔物の密集地帯めがけて投擲してくれ。正確に、五秒後にだ」
「五秒? なんでそんな精密な……」
「それは、僕がアイテムボックス内で時間調整を行ったからだ。遅延爆発(ディレイ・バースト)の効果を加えている。今すぐ投げては効果がない。僕の指示通りに動けば、一人の死者も出さずに済む」
アレスの理詰めの説明に、リーナは躊躇しながらも従った。彼女の目には、アレスがただの非戦闘員ではなく、戦場全体を盤上の駒のように扱う絶対的な策略家に見え始めていた。
「行くよ、アレス!」
リーナは指示通り、粘性の塊を込めた皮袋を投擲した。それは次々と魔物の群れの中心へと落下していく。五秒が経過した瞬間――
*ドオオォンッ!*
炸裂音は凄まじく、辺境の夜空を朱色に染め上げた。通常のポーションでは考えられない広範囲の爆発が起こり、強化ゴブリンたちがまとめて肉片と化す。爆心地では、空間そのものが焼き焦げたかのような、異質な焦げ跡が残った。
「馬鹿な……あれだけの数が、一瞬で!?」自衛団の隊長が驚愕に声を上げた。
アレスは次に、予め合成しておいた【規格外のトラップ部品】を『空間整備(ファクトリー・ゲート)』を通じて防御壁の背後に転移させた。
「リーナ、今度は壁に開いた穴の直下だ。このトラップは、僕が『鍛冶場』空間で極限まで硬化させた金属に、魔法の属性を瞬時に付与させたものだ。接触と同時に周囲の魔力を吸い取り、行動不能にする」
「あんた、まさか、戦闘中にアイテムを合成強化しているのか!?」リーナは叫んだ。彼女は、アレスのポーチこそが、移動式のチートな「工場」であることに気づき始めていた。
「準備不足は、死を意味する。だから僕は、常に準備をしているだけだ」アレスは淡々と答えた。「ゼノスは僕を『小細工に長けた非戦闘員』と呼んだが、僕のスキルは、戦術そのものだ」
アレスの指示の下、リーナは迅速にトラップ部品を配置し、自衛団の兵士たちも、アレスが新たに生成して転移させた【超濃縮回復ポーション】で傷を癒やし、戦意を取り戻した。
『鉄錆の門』の住民たちが血と汗で防衛していた戦場は、わずか数分のうちに、アレスの合成アイテムによって支配された。魔物たちは爆薬ポーションで無力化され、壁を乗り越えようとした数体はトラップにかかり、麻痺して動けなくなった。
「まさか、たった一晩で……」隊長は呆然と立ち尽くす。
夜明け前、魔物の群れは完全に散り散りになった。集落の被害は最小限に抑えられた。
リーナは、酒場に戻り、アレスの真正面に座った。彼女の瞳には、かつての軽蔑の色は微塵もなく、純粋な驚愕と、ある種の興奮が宿っていた。
「アレス・クロノス……あんたのスキルは、荷物持ちどころじゃない。あんたの作る『ソレ』は、本当に世界の常識を壊すね」リーナは感嘆の息を漏らした。「正規ルートで流れている物資とは、比べ物にならない。あんたがいれば、この辺境は魔境を恐れる必要がなくなるかもしれない」
アレスは静かにカップに注がれた水を飲んだ。彼の目的は達成された。この辺境で生き抜くために、彼の真の能力を証明し、協力者を得ること。
「君にはこの集落の命運がかかった物資流通を担ってもらうことになる。もちろん、非合法なルートでね。僕のアイテムは、王国や勇者パーティの連中が築いた『常識』の流通網を破壊する」
アレスは遠い眼差しで、彼を追放した勇者パーティ、特にゼノスの姿を思い描いた。純粋な武力こそが全てだと信じる彼らの信念は、いずれアレスの「準備と策略」によって崩壊するだろう。
「この辺境の資源不足は、腐敗した王国大臣ベリアスとその私腹を肥やす連中が原因だ。僕のアイテムを裏ルートで流通させれば、彼らの利権は崩壊する。そして、ゼノスたち勇者パーティは、資源の枯渇で、いずれ戦うことすらできなくなる」
アレスの冷酷な計画は、既に始動していた。彼は、追放された場所から、世界全体への復讐と、新たな世界の秩序構築を始めていたのだ。
「いいだろう、アレス。私をあんたの、世界の常識を壊す流通網の一部として使ってくれ。私は、あんたの最強の『運び屋』になる」リーナはそう言って、強く頷いた。
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