1.ソレ
「それ」はどこにでもいる。
気づけばいる時もあるし、見間違いと思っていたら「それ」だった時もある。
逆にいつの間にか消えていることもあるし、移動していた事もある
だが、基本同じ場所にいることの方が多い。
俺が「それ」を認識したのは、物心が付く前からだった。
それが、どういうモノなのか説明するのは難しい。
形、姿がいつも同じとは限らないからだ。
とにかく至る所に「それ」はいた。
それが見え始めた頃、視界の端に映るそれを見ようとすると見えなくなっていて子供ながらに気のせいだと思っていた。
そうかと思えば時々しっかりと見える時もある。
そういう時は、必ずと言っていいほど一人の時だった。
幼い時の俺には「それ」が何なのか分からず
親も何も教えてくれることはなかったから「それ」に関して危機感を感じることはなかった。
そもそも幼い俺には恐怖という感情自体分からなかったし、何かをされたわけではないので危ないとも思わなかったのかもしれない。
だが、小学生になったあたりから、また景色は一変する。
有耶無耶だったソレらは、より鮮明に視えるようになっていた。
今までは気づかなかっただけなのだ。
本当は「それ」は、どこにでもいたのだ。
成長してネットで情報を得られるようにまってからは、有耶無耶だったそれが何なのか分かってきた。
そして学んだことは「それ」に関わってはいけないし、誰にも言ってもいけない。
友達に話しても気持ち悪がられるだけだったし母親に話しても、笑い飛ばされて終わりだ。
それどころか友達には怖がられて距離を置かれたり、嘘つき扱いされてイジメの対象にもなった。
そのせいで幼少期は、一人でいることが多かった記憶しかない。
だが、唯一祖母だけは俺のことを分かってくれていた。
「ほんと・・難儀な子や・・」
ある日、泣いて帰ってきたとき祖母に言われた言葉が今でも忘れられない。
幼い俺は、その意味が分からなかったのだが、自分は不幸な子なのだと思った。
でも、今なら難儀の意味があの時よりも分かっている
「はあ・・俺って、マジ難儀だよな~」
「へ?なん・・ぎ?」
思わず漏らした俺の独り言に、隣を歩いていた小鳥遊(たかなし)勇(いさみ)が首を傾げた。
「難儀って言葉、知ってる?テスト出るぞ」
「え?マジ!?」
ため息混じりに言った俺の言葉に小鳥遊は、焦ったように眼を見開いたがまた直ぐに首を傾げ
「あれ?でも漢字テストあるなんて聞いてないよ?」
眉を顰めながらスマホを取り出し何かを調べだした。
頭を左右に動かすたびに、少し長めの前髪が左右に揺れる
高校も二学年になると、もう大学受験を想定した勉強を強いられている毎日。
大学に行くことを想定して進学校に入学したのだが、思っていた以上に勉強が大変だった。
小鳥遊とは一年の時に同じクラスになり、それ以来よくつるむようになった。
初めて会ったとは思えないほど、気が合いしかも偶然にも住んでいる家も近いこともあり登下校は一緒になることが多かった。
今も学校に向かっている途中だ。
「晴(はる)ちゃん!違うよ!漢字じゃなくて数学の小テストだよ」
「え!?マジ!?」
それは知らないと思いながら「その呼び方止めろ」と小鳥遊を睨んだ
俺の名前は安倍晴海(はるみ)
女のような名前がコンプレックスだ。
何故、親はこんな名前をつけたのだろうか・・
幼少期は髪を長くしていたせいもあり男女(おとこおんな)とバカにされることも多かった。
小鳥遊は長身で手足も長いしスポーツ万能
しかも顔も端正で女受けがする顔だ。対して俺は俺は背も普通だし黒髪のオタクよりの顔立ちで別に勉強もスポーツも得意ではない。
モテる要素はなにもないし、クラスではモブ的な立ち位置の普通の男子学生だ。
中学の頃から、ソレ系の話を一切しなくなったおかげで変に虐められることはなくなったが、親しい友人もできなかった。
だから、小鳥遊は俺にとって唯一の心の許せる大事な友達だ。
「じゃあ、なんて呼べばいい?晴海ちゃん?」
「なんで、ちゃん付けで呼ぶ前提なんだよ・・別に晴海でよくない?」
「ううん・・それは味気ない」
むっと唇を尖らせて言った。
「バカ。味気なんていらないんだよ」
小鳥遊は、頭はそこまで悪くはないのだが少し天然なところがある。
天然ではなく、ただのバカなのかもしれないと思うときもあるが、でも勉強はできるから馬鹿ではないのは確かだ。
「でも、安倍晴海ってなんか漢字で書くと凄くない?」
「何が?」
「ほら、陰陽師!安倍晴明みたいじゃん!ってか一文字違いじゃん?!」
「だからさ~親もさ、そこら辺考えて名前つけてほしかったよ」
数年前に陰陽師という映画が公開され流行った時、例に漏れず俺は名前のせいでずいぶんからかわれたものだ。
「そういう家柄ってわけじゃないんだよね?」
俺より少し背が高い小鳥遊は、背中を屈め俺の顔を覗き込むように首を傾げた。
「普通の家庭だよ。親父はサラリーマンだし母ちゃんはスーパーでレジ打ちしてるし妹は生意気だし」
「アハハ!晴ちゃんの妹、かわいいじゃん」
そう言って笑顔を見せる小鳥遊の顔は、目尻に笑い皺ができるくらい屈託ない表情だ。
きっと、この笑顔を向けられたら好きになる女子は多いだろうな〜と思いながら、何度目かの深いため息をついたその時だった。
「うっ」
急にゾクっと背筋に悪寒が走り首を竦めた。
思わず足が止まり体が強張る。
「どうしたの?」
急に立ち止まった俺に、小鳥遊も驚いた顔をした。
「あ・・いや、なんでもない・・ってか数学勉強してないよ」
ハハっと笑って誤魔化しながら、小鳥遊の背中の方を見た。
「ええ?ヤバいじゃん!再テストさせるって言ってたよ」
笑いながら言う小鳥遊の背後に蠢く何かが見える。
(いる・・・)
グッと奥歯を噛み締めながら、頬を上げ無理矢理笑顔を作った。
「なあ・・今日の帰り神社に行かない?」
「え?テスト終わってから神頼みしても意味ないじゃん」
「いや・・案外あるかもよ」
神様がこの世界にいるのかは定かではないし見たこともないけど・・・
でも、そこには浄化する何かがあることは確かだ。
「あ~・・でも、放課後ちょっと用事があるんだよね~」
「用事?部活は入ってないよな?」
小鳥遊は、スポーツ万能で運動部から助っ人をお願いされることは多いが、どこの部活にも所属していない。
理由を聞いたら部活よりもバイトと遊びで忙しいからだと言っていた。
「今ね、ほら・・勉強教えてもらっているんだよね~」
そう言って、フフっと目を細めて笑う。
「それって、英語の先生か?この前そんな事言ってたな」
「そう、佐久間先生!昼休みにお願いしたけどダメだって言われてさ、でも放課後なら良いって!」
佐久間とは、今年赴任してきた英語の教師だ。
俺たちのクラス担任でもある佐久間に小鳥遊は凄く懐いていた。
「なんか、佐久間の事好きだよね・・」
からかうつもりで言ったのだが
「うん!大好き!だって、すっげー可愛いじゃん?」
まるで、恋する女子のように飛び跳ねた。
「いや・・・佐久間先生は男なんですけど・・」
可愛いという表現はどうかと思いながら、呆れた顔で小鳥遊を見たとき、背中で蠢いていたものが黒い靄となって大きく膨らんだ。
「うっ・・」
思わず息を飲んだ俺に小鳥遊は直ぐに気付き
「どうしたの?」
不安そうに眉を顰めた。
「あ・・いや、じゃあ・・お、終わるの待ってるからさ、今日は絶対に神社に行こうよ」
「待ってるくらいなら、晴ちゃんも一緒に教えてもらえば良いんじゃない?」
(確かに・・)
英語は俺も苦手な科目ではある。
「じゃあ、そうしよう」
「その後に神社だね!」
そう言って頷く彼の背中には、さっきまでいた黒い靄は消えていた。
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