第27話 西部の惨状

 さて、後から思い返すとめちゃくちゃ恥ずかしいことを口走った上でサンフラウ領を飛び出して来たわけだけど……正直、思っていたよりもずっと大変だった。


 反乱を起こした人達の制圧は、まだいい。倒せば終わりだから。


 でも……街に困っている人が無限にいて、何処までを区切りにして次に向かえばいいのか、判断出来なかったんだ。


 昨日の早朝くらいに、魔物の襲撃を受けたばかりの街。

 魔物自体は既に討伐されてるみたいなんだけど、怪我人は大勢いるし、家を失ったり家族を失ったり、とにかく大変な状況にある人達がたくさんいる。


 普通は、こういう大きな被害を招きかねない強大な魔物や大きな群れは、襲撃される前に察知して、何かしらの対処法を練る時間くらいはあるものなんだけど……今回は、人為的に引き起こされた災害だから、そんな暇もなかったはず。


 突然崩れ去った日常を嘆く人達を前に、私はただ無力なだけだった。


「どうして……どうしてもっと早く来てくれなかったの!? あなたがもっと早く来てくれていれば……あの人は……!!」


『……ごめんなさい』


 王都で暮らしている私には、未然に防ぐことなんて不可能だった。そんな言い訳はいくらでも出来る。


 でも……もしかしたら、って思うんだ。


 もしかしたらルミア様は、この計画を知っていて……それが嫌だったから、ルルーナ様を暗殺しようとしていたんじゃないかって。


 あの人は、確かにこの国を裏切った大罪人だけど、この西部に住む民のことを本当に大事に思っていた。

 こんな犠牲が出るようなやり方を、あの人が望んでいたとは思えない。


 だから……私がもっと上手く、あの人を無力化して……退院してもなお、未だにロクに口も利けないような状態に追い込んだりしていなければ、犠牲を減らせたかもしれないのにって。


『本当に……ごめんなさい』


 後悔と無力感に押し潰されそうになりながら、私は出来ることを出来る限りやっていく。


 家を失った人達のために、土魔法で仮設住宅を作り上げて。

 瓦礫が散乱した道路を均して、支援物資が出来るだけ早く街中に行き渡るように手助けして。

 重傷を負った怪我人を、治癒魔法で可能な限り治して。


 でも……やっぱり、それだけで街に笑顔が戻るほど、世の中甘くはない。


『……ごめんなさい』


 結局私は、次の街に行かなきゃいけないって言い訳をして、逃げ出すことしか出来なかった。





『……次の街は、ここかな……』


 街を巡れば巡るほど、体より心が疲弊していくのを感じながら……一夜明けた今日、空が白み始めたタイミングで到着したのは、サンフラウ領から更に西に進んだ先にある、小さな街だった。


 国境にほど近い、対インラオン連合国最前線……のように見えて、山奥にあるせいで軍の駐留に向かず、戦略的価値が低いということで戦力も少ない。


 当然というか、魔物の襲撃があったという情報もなく、救援の必要性も薄い場所だ。


 ならどうして、私が今この街に来たのかというと……ここに一人、王宮魔導師が住んでいるからだ。


「“無貌の魔導師”……どんな人だろう?」


 有名な魔導師は東西南北どこも大体把握している私だけど、この人に関して知っていることはあまりにも少ない。


 二つ名の由来も、“誰もその顔を見たことがないから”とかいう、私と同じような理由だし。


 それでも、王宮魔導師に認定されているということは、かなりの腕前であることは確かだ。

 少なくとも、騎士団の一部隊を単騎で全滅させられることが、認定の最低条件だから。


「消息不明、ってルルーナ様は言ってたけど……本当にここにいるのかな……?」


 ルルーナ様曰く、西部にいる王宮魔導師の中で、この“無貌”の人だけは、有事だろうとそうでなかろうと関係なく、元からあまり連絡が取れない人らしい。


 だから基本的に、何かを頼みたければ直接出向くしかないんだとか。


「……それでも王宮魔導師から外されないってことは、相当優秀ってことだし……手伝って貰えれば、きっと大きな助けになるはずだよね」


 出来るだけポジティブに考えながら、私は街の上から《解析アナライズ》の魔法をかける。


 王宮魔導師なら、相当な魔力量を持っている可能性が高いし……これで見付かるといいんだけど。

 もし魔力を隠蔽しているタイプだったら、探すのが大変で時間がかかっちゃうから困るなぁ……。


「あ……いた!」


 思ったよりもあっさりと見付かったことにホッとしながら、私はその場所……町外れの小さな小屋へと向かった。


 えっ、本当にここ? って目を丸くしながら、恐る恐る扉をノックする。


『あのー……すみません、いらっしゃいますかー……?』


 反応は、全くない。

 いつもなら、やっぱりいませんでしたって結論付けで回れ右するところだけど……この時の私は、度重なるストレスで余裕がなくて。


 いつもと違って、強引に一歩踏み込んだ。


『いますよね、“無貌の魔導師”様!? どうして返事をしてくれないんですか!?』


 ドンドンと、強引に扉を叩く。

 この一大事に、王宮魔導師が何をしているんだという、怒りの感情を込めて。


『答えてください!! 魔導師……』


「はぁーい……もう、押し売りセールスは承ってませんよぉーっと〜」


『様ぁ!?』


 急に扉が開いて、私は思い切り顔面を強打してしまう。


 仮面越しだったけど、痛いものは痛い。

 ていうか、幻影が崩れてないかと少し不安になったりしながら、顔を上げると……何よりもまず、強烈なお酒の臭いが漂って来た。


「んぅ〜? 初めて見る顔だねぇ……王宮の使者って感じでもなさそうだったけど、どなた?」


 第一印象は、とにかくだらしないお姉さん、だろうか。

 くすんだ灰色の髪は、ロクな手入れもされていないと一目で分かる程に、ボサボサかつ伸び放題。

 服装は、大きめのシャツを一枚着ているだけで、下はパンツ一枚だけ。


 とてもじゃないけど、人前に出るような格好じゃない。

 というか、本当に……この人、誰!?


『あ、あなたこそ……一体、誰……?』


「えぇ、誰って……まさか、そっちから訪ねて来たのに、私の顔も知らないの〜?」


 欠伸を噛み殺しながら、お姉さんは頭を搔く。

 まさか、と信じ難いものを見る目を向ける私に、お姉さんはあっけらかんと答えた。


「私が“無貌の魔導師”ローラ・リキュールだよん。よろしくぅ〜」


 ピースピース、と明らかに酔っ払った赤い顔で、そんな風に名乗られて。

 私は、ショックのあまり膝から崩れ落ちるのだった。

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