異世界冒険譚『日の国サーガ』

みかん畑

獣の国

プロローグ

第1話 神社の石

「おい、渡部、なんで急に成績上がってんだよ、テメー」

「カンニングしたんなら正直に言えよ、今なら許してやるからよ」


 俺は渡部祥。今、クラスの一軍から絡まれているが、この世界では先月14歳になったばかりだ。そう、“この世界では”。


「テストごときでカンニングなんかするかよ。お前らも後悔しないように命を削れよ」


「ああ? 渡部、テメー俺らにため口聞ける身分だったか?」

「クズのしょう君だろが、テメー」


 実は訳あって“この世界以外で”時間を過ごしてきた。何度も死にかけたが、そのたびにいろんなことを学んだ気がする。学校なんかじゃ教えてくれないことを。


「来るなら命懸けで来いよ」


「おい、誰がそんな口聞いて……あ、いてて!」

「テメー、渡部!」


 この悪ガキたちがかわいく思えるような世界で過ごした数日間。俺の目を開いてくれたかけがえのない時間。


「ああ?」

「……い、いや、いい。その腕、放してやってくれるか」

「く、てめえ、先生に言っとくからな。内申に響くぞ」


 内申書などなんの役にも立たない世界で俺は生き延びた。こっちの世界ではあの命の輝きは見られない。またあっちに行ける日はくるのだろうか。あの日のように。


 


「あっくん、今日遊べる?」

「あー、ごめん、しょう、今日無理かも」

「わかった…」


 ……あっくんもか。今日はみんな用事あるんだな。つまらん。 なんか最近みんなそっけないんだよな。


 他にもゲーム仲間の“のり”がいるが、こっちも遊べななかった。まあ、ゲーム仲間と言ってもいつも俺がのりの家でゲームをするってだけだ。


「家にいても暇だしな」


 うちは親の教育方針でビデオゲームはない。スマホでもゲームは禁止。というか、俺のスマホは親の厳重管理下に置かれている。親が教育熱心だと友達との会話にも入れないことが多くて困る。


「神社でも行くか」


 小さい頃は暇な時間を潰してきた神社。住宅街の一角で徒歩5分のその場所には半面が大きな木に覆われた広場がある。ネットも張ってあるため小学生の頃は野球をやったりもした。ただ俺たちが小6の時に近所からの苦情が出て野球もサッカーも禁止となった。


 それ以来ほとんど行かなくなったその神社になんとなく向かう。


「だいぶ寂れたな……」


 ひと気のない神社ほど寂しい場所はない。ふと、半袖Tシャツではうすら寒く感じる風が背筋を通って行ったりする。


「なんか最近、みんなに避けられてる気がするんだよな」


 数か月前から大流行しているスマホゲームがある。みんなで街中で銃を撃ちまくって戦争をするらしい。もちろん俺はまったく話について行けず、その話題になる度にそっとその場を離れるようにしている。


「なんでうちだけゲームダメなんかな」


 その頃くらいからだろう。俺が話しかけても皆につまらなさそうにされだしたのは。あっくんやのりと話している時も、他のやつがそのゲームの話題を振って来ると、二人ともさっと俺から離れていくようになった。


「ま、うちは絶対に無理だしなっと」


 足元にあるラグビーボールのような形の石を持ち上げて投げる。地面で跳ねることもなくゴロゴロと転がっていく石。勢いが強すぎたのかゴロゴロと転がり続けていく。


「えっ?」


 いつまで経ってもゴロゴロ転がり続ける石。いや、おかしいおかしい。俺、そこまで強く投げてないから。


 それでも転がり続ける石。どうにも自ら転がっているように見える。


「……こわっ」


 俺が投げたのはピッチャーのマウンドの近く。それが今ではレフトを転がって森に入ろうとしている。周りは妙に静かで、石が転がる音が未だに聞こえてくる。全身の毛が逆立ち、体がブルっと震える。


「か、帰ろ…」


 鳥肌の立つ腕をさすりながら神社を出る。


 ビュウウウーーー


「うおっ」


 俺が鳥居をくぐろうとした時、前からものすごい突風が吹き、体が押し戻される。


 ゴロゴロ ゴロゴロ


 台風の時のような風が収まると、静まりかえる境内。そして、静寂の中に小さく響くゴロゴロと石が転がる音。自然と俺の視線も音の元に向く。


 すっと転がり続ける石からなぜか目が離せない。


 ゴロゴロ ゴロ …ゴロン


「止まった…な」


 石が止まったのは鬱蒼とした森の下。秋になるとどんぐりでいっぱいになる場所だが、さすがに9月の終わりでは葉も茂り木漏れ日も届かず陰鬱な場所となっている。


 そこでやっと石から目を離す事ができたため、この場から逃げるために身を翻す。


 すると目の前には鳥居。先の突風を思い出して足が止まる。


 ふと森を振り返る。


 鳥居に向き直る。


 だが心に残る強烈な違和感。


 再度森を振り返る。


 石に視線を落とす。


 光を放っている石。


 ……はい? 光?


「……え、なに?」


 薄暗い中でほんのり青白く光る石。明るい中では気づかなかったが、確かに光っている。


 今すぐに帰ろうと思うが、体がおかしい。足が一歩、また一歩と勝手に踏み出し、その光に引き寄せられていく。


 心の中では「怖い」と叫ぶが、足が止まらない。心と体がバラバラな気持ち悪い状況の中で光る石がどんどん近くなる。気づいたら湿った土の匂いに包まれていた。


「……綺麗だな」


 状況は異常さしかないのに、石の輝きに心を奪われる。涼し気でそれでいて清らかな青白い光。


 俺は足元で光っているラグビーボール型の石に手を伸ばす。


 キーーン


 指先が石に触れた瞬間、突風が吹く。全方向から風が集まり、足元から頭上へとものすごい勢いで吹きあがっていく。頭上で木の枝が折れる音がする。見上げると、鬱蒼としていたはずの頭上の枝葉が丸く削り取られ、その先に青い空と太陽が見えていた。


 吹き上がる風そのままに降り注ぐ陽光が石を照らす。すると、光を放っていた石がひときわ大きく輝いた。


 ホワイトアウトする俺の視界。その刹那、なにかが俺の頭の中を走り抜けた。まず音が消えると、俺の真っ白な視界に細かな線が入っていく。その線に沿ってパズルピースのように一枚、また一枚と剥がれていく俺の視界。剥がれ落ちたパズルピースが吹き上げる風によって上空へと運びされていく


 最後の一枚が剥がれた時、俺の視界は真っ暗になったが、その数瞬後、今度は俺の視界に新しいピースがはめ込まれていく。


 徐々に色づく世界。

 数を増やしていく色彩鮮やかなパズルピース。


 最後のピースがはまった時、パズルの線が視界から消える。するとそこには広々とした草原の景色が出来上がっていた。


 そして音が戻って来る。

 虫の鳴く声。遠くから聞こえる鳥の囀り。

 

 足元から吹き上げる一陣の風が数枚の花びらを見たことのない空へと舞い上げた。

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