ライアーテイル

冰灯純怜@WGS所属

1回見ても必ず判らない『彼』の物語

 あなたは『嘘』というものを知っているだろうか?


 ルソーは言った。

 『嘘』には2つの種類がある。過ぎ去ったことについての事実の『嘘』とこれからありうべきことについての当為の『嘘』だ、と。


 セネカは言った。

 事実の外観は偽りに満ち欺きやすい、と。


 これは広大な地球という惑星の日本という国に住んでいる、ただの学生の1日の物語のようだ。


◇◇◇


 花咲き桜舞うこの時節、現在時刻は午前7時。

 とある少年は散る桜が空を切る音さえ聞こえそうなその部屋で、静かに目を覚ます。


 普段の生活とさほど変わらず、就寝中に緊張した身体を伸びによって弛緩させ、重い頭を上げてベッドから起き上がる。至って普通の男子高校生、特に悩みなどもなく、自身の思いのままに過ごしているような平凡な学生生活を送っているようだ。


 そんな彼に想い人というものはいないらしい。


 普通の男子高校生に1人や2人は意中の女子というものが居るだろうが、彼はそんな素振りを見せない。彼は恋というものを経験したことはないようだ。それをできるほどクラスでも目立っておらず、誰からも話しかけてくることはない。


 しかし、それもまたいいものだと彼は思っている。静かな生活というものは案外悪いものではない。


 自身の身支度を軽く済ませた彼はいつも通り、見慣れた風景の道を歩いてゆく。このあたりは最近物騒である。誰かが女性を守って刺されて死亡したというのだ。

 残念ながらその方はその後亡くなってしまったらしいのだが、その亡くなった方に彼はぜひとも伝えたいと願う。あなたが守った女性は今も生きているのだ、と。


 彼はすれ違いざまに同じ組の顔見知りに声を掛けるが、誰も気づいてくれる素振りはない。それはそうだ。いきなり挨拶をして仲良く話せるほど彼とクラスメイトは友人関係が構築されていなかったのだろう。

 話しかける彼を無視してクラスメイトは見慣れた学校へと向かうのである。


 彼が教室に入った時、彼の机は未だ誰にも座られていなかった。勝手に座る陽気な男子も、女子も彼の席に腰掛けていなかったのだ。

 少年はラッキーだと思った。陽気なものに声をかけるほど彼の肝はすわっていないようだ。安堵した彼はそのまま自分の机に座って読書を始める。それが彼の日常のようだった。


 始業のチャイムが学校に鳴り響く。生徒はせかせかと席に座り、教師が来るまで身近な者たちと談笑を始める。しかし、彼も同じように周囲の者に話しかけようとはしなかった。それほど彼は周囲の者たちと友好関係を築けていなかったようである。

 彼は少し淋しいような、それでいて安心するような、それでいて懐かしいような気持ちになった。


 授業が始まりすべての生徒が前を向く。しかし、彼の目は黒板へと向けられておらず、とある一人の少女へと向けられていた。自身は想い人を作らないと豪語していたようだったが、いや、それはあながち『嘘』ではないようだった。けれども彼がその少女を気にかけているということは否定することができない。


 その少女はまるで儚く、可憐で、少しでも触れてしまうとしおれてしまいそうな花だ。彼はそんな少女を見て自分が守らなければ行けないと思ったのだ。しかしそれでも想い人ではないらしい。彼はあくまでも気にかけているだけだった。


 授業が終わり、彼は空を眺めている。いつか、自分が死んだときはあそこへ行くのかと考えることは少なくない。けれども、今考えてもそんな事はわかりやしないようだ。あそこへ行くのか行かないのかは昔の彼に判ることではなかった。

 まことに意地の悪い疑問である。彼の脳にはどこまで降り続けるかわからないビルの螺旋階段のように張り付いているのだった。


 学校も終わり、彼は帰路についている。帰りがけにコンビニに寄り道をし、買い食いをするという友達はいない。何度も想起させるのは酷であるが、彼にそれができるほど友好関係を築けている友達はいない。

 そしてともに帰る恋人もいないようだ。またこれも酷な話であるが、彼は想い人を作らないと決めているらしい。"できる"と"つくらない"では違うのだとか。


 彼の1日は大したものではなかった。至って普通の高校生に見えただろう。




……果たして、そうだろうか?

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