第5章:確率の檻 — パスカリーの劇場 第17話:確率という名の遊び
1. 灰月からの非公式指令の盗聴
新神楽の残響区の地下。システム監視が及ばない、データの残滓が渦巻く古いアーカイブ区画で、零は傍受装置の前に座っていた。数時間にわたる解析を経て、彼の端末はついに灰月 凱からの非公式な演算指令を完全に盗聴することに成功した。それは、特定の対象を持たない、システム全体の秩序回復に向けた**『最高位の演算結果』**だった。
零は端末表示に目をやる。
《演算指令: 優先度S。対象ノイズ:パスカリー・バレット(確率操作人)。ノイズ排除目標: 秩序安定確率99.9%への回復。ノイズ発生源座標: R-883.74。推奨行動: ノイズ源への高効率な質量/感情ノイズの投入を許可する。演算完了。》
(来たぞ。灰月は、俺たちの消滅を信じているが、パスカリーの脅威は放置できない。この指令は、パスカリーを排除するための最高の情報源であり、同時に、他の支配者層を動かすトリガーだ。)
2.マダムとトウゴの動きの予測
零は盗聴した指令情報と、システムに残る微かなログを即座に解析にかけた。
零は静かに、確信を持って話す。
「この指令が発せられた直後、マダム・ディザイアの刺客(LやK)が、座標R-883.74へ向けて私的な契約に基づき動き出したログを検知。また、鳴瀬トウゴ率いるファイアウォールが、座標の周囲で**『予期せぬノイズ』に備える秩序回復のための布陣**を敷いている。」
重藤は低い声で答える。
「つまり、灰月の指令は、パスカリーを排除するための最適な経路を、他の支配者層に示唆したことになる。」
「その通り。俺たちが灰月の指令の示すロジックの経路を利用して行動すれば、トウゴの監視とマダムの刺客の動きの両方を情報コストゼロで把握できる。これこそが、最低で最大の共同戦線の有効性だ。」
3. パスカリーの劇場、幕開け
確率の座標へ向かう途中。零と重藤が潜入経路とした区画の街全体が、パスカリーによって**「予測不能なカジノ」へと変貌し始めた。空気は重く、「確率の壁」**が起動したことを示していた。
パスカリー・バレットは遠隔通信で楽しげな笑い声をあげる。
「おかしいな。ノイズは消滅したはずなのに、なぜか遊びがしたくなる確率が急上昇する! さあ、観測者たちよ、楽しんでくれ! 確率こそ、この街の真の支配者だ!」
彼らの周囲で、予期せぬ事故や物理現象のランダムな失敗が多発し始める。空のビルの窓ガラスが、**「極めて低い確率」で一斉に割れ、破片が上空へ舞い上がった。道のマンホールが「50%の確率」**で爆発し、熱風を吹き上げた。
4. 能力の成功確率の汚染
パスカリーの確率の壁は、二人の能力の根幹にまで干渉した。
零が情報収集のために周囲の感情レートを換金しようと端末を操作した瞬間、**「換金成功率(Yield)」が1%になったかと思えば、次の瞬間には99%**へと乱高下した。
「くそ! Yieldが安定しない! 換金した感情が、暴走する確率が常に50%を超えている! 感情の絶対法則が、ただのランダムな賭けに成り下がった!」
同時に、重藤は緊急回避のために足元の質量を徴収しようとしたが、その力が制御を失い始めた。
重藤は苛立ちを隠せない。
「質量徴収の制御確率が乱高下している…! 徴収した質量を瞬時に失う、あるいは意図せず自身の質量を徴収する、『失敗確率』が最高の安寧を脅かす!」
二人の絶対法則は、パスカリーのランダムな遊びによって、極限まで弄ばれ始めた。
5. パスカリーの直接的な挑発
二人が、確率の壁を突破しようと戦術を練っていると、パスカリーがシステム全体の通信経路を乗っ取り、彼らの個人端末、そして周囲のすべての情報端末に一方的な通信を流し込んできた。
「見つけたぞ、消滅したはずのノイズたち! よくぞ、僕の最高のカジノへ来た。君たちの行動確率は、灰月の演算ではなく、僕の遊びによって完璧に定まっているんだ!君たちが今、ここで戦いを選ぶ確率は99.9%だ! なぜなら、君たちはシステムの一部であり、ロジックによって動く非効率な道具に過ぎないからだ! 君たちの利己心すら、僕の確率の範囲内だ!」
6. 座標への潜入:遊びに乗る
パスカリーの挑発は、零と重藤の「非効率な愛着」という非合理な安定点を刺激した。彼らは、パスカリーのロジックと灰月のロジックの両方を欺くために、ロジックの隙を突くことを決意する。
零は重藤へ決意を促す。
「奴の挑発に乗れ。我々が向かう経路は、灰月の指令が示す最適経路であり、同時にトウゴの監視を避け、マダムの刺客を囮として利用する最低コストの経路だ。」
重藤はそれに応える。
「安寧は、確率ではない。絶対的な法則だ。確率の檻の向こうで、奴を排除する。」
零は望の安寧を守るため、重藤は自身の絶対的な安寧を取り戻すため、**確率の座標(R-883.74)へ潜入を開始。二人は、パスカリーの「確率の壁」**へと、一歩足を踏み入れた。
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