第4章:新神楽-陥穽と裏取引(トラップ)​​​​第16話:最低の損得

1. 暴走するノイズの中の演算

 ​感情と質量がランダムに暴走するノイズの渦中で、零と重藤は再会した広場の中心で背中合わせに立っていた。周囲のビルは重力の非合理な変動で歪み、人々の顔は制御不能な衝動で引き攣っている。零は感情ノイズの熱波に、重藤は制御不能な重力に苛まれていた。

「マス・コレクター。このノイズは、我々の生存確率をゼロに収束させている。このままでは、望の安寧、すなわち俺の全財産(感情口座)が、パスカリーの遊びというコストで奪われる。これは最悪の収益予測だ。」

​零は、自身の演算システムが熱暴走寸前であることを示す警告を無視し、状況の打開策を探る。

「感情換金師。俺も同じだ。重力と質の絶対法則が、ランダムな遊びで破壊されている。この確率の汚染は、俺の絶対的な安寧を永久に崩壊させる。奴らを排除しなければ、俺の存在そのものが消費される。」

​重藤の周囲のコンクリートが、ランダムに圧縮・膨張を繰り返し、破壊音を上げる。二人は、最高の利己心から、共倒れの危機を回避するための最低の損得計算を始めた。


​2. 共倒れを装うロジック

​ 零が、重藤の耳元で、極めて冷徹な計画を囁いた。その声には、**最高の収益**を失うことへの強い焦燥が滲んでいた。

​零は囁くように、焦燥を抑えつぶやく。

「パスカリーは、俺たちの共倒れを望んでいる。そして灰月は、俺たちがノイズと共に消滅することを望んでいる。ならば、奴らの期待通りに動く。」

​重藤は殺意を込めて疑問を口にする。

「どういうことだ? 互いに裏切りの刃を突き立てろとでも言うのか?」

「違う。偽装だ。互いに致命的なダメージを与え合い、能力が暴走・破壊された、とシステムに誤認させる。我々が消滅すれば、奴らは**演算上『脅威の排除』**が完了したと判断し、追跡を止める。これは、生存確率を最大化するための、最も低コストな選択だ。」

​重藤は一瞬の逡巡の後、零の冷徹なロジックが、自身の**「安寧を確保するための唯一の手段」であることを受け入れ、「最低の共同戦線」**という言葉を、己の腹に落とし込んだ。


​3. 非合理な連携の実行

​ 二人は、「共倒れ」という偽装ノイズをシステムに送信するため、非合理な連携を実行した。これは、お互いの最も根源的な力を偽装破壊に利用する、危険な賭けだった。

​零は、己の感情換金の力を極限まで暴走させ、周囲の暴走する感情ノイズを一点に集積した。

​零は叫ぶように、目が赤く光る。

「Yield率、強制ゼロ! 感情ノイズ、最大出力! システムへ、能力の過負荷による破壊信号を送信!」

​その瞬間、凄まじい換金失敗のノイズが**『能力者が暴走・破壊された』という誤認信号をシステム全体に送信した。周辺の端末は、「零の資産(感情レート)が完全に暴落し、自己消滅した」**というエラーを表示した。

​同時に、重藤が質量徴収の力を発動。彼は、周辺の質量を一瞬で徴収限界の99.9%まで引き上げ、その膨大な質量ノイズを零と自身の存在の痕跡に重ね合わせた。

(存在の痕跡を、質量ノイズに完全に埋没させる。俺の安寧のための、最大の賭けだ!)

​重藤は、自身と零の肉体的な存在を、『空間から一時的に消滅した』と見せかけるために、瞬間的な超高密度の質量ノイズを発生させた。二人は、暴走する感情と質量の渦中に身を投じ、システムから完全に存在を消去した。


​4. パスカリーの誤算と不満

​ パスカリー・バレットは、遠隔でノイズを観測していた。彼の監視端末に、零と重藤の能力のノイズが**「能力者間の衝突による相殺・消滅」**という、予期せぬ幕切れとして観測された。

​パスカリー・バレットは不満げに黄金のサイコロを弾く。

「なんだい、あっさり終わったのか? 確率の遊びにしては退屈な幕引きだね。共倒れという結果は上々だが、過程がまるで非効率だ。まあいい。二大ノイズの排除は完了。新しい遊びの確率を演算しよう。」

​彼は、二人が己の意思で**「共倒れ」**を選んだとは知らず、脅威の排除が完了したと判断し、追跡を停止した。


5. 長期目標の明確化(残響区への潜伏)

​ 数時間後、零と重藤は、新神楽の残響区(ざんきょうく)の地下にある古いアーカイブ区画に身を潜めていた。ここは、システムの通常の監視が及ばない、**「データの残滓」と「ノイズの巣」であり、彼らが「システムから消滅した」**と偽装するには最適な場所だった。二人は、ノイズの残滓を払いながら、静かに互いの目的を確認した。

​零は静かに、端末の演算結果を凝視している。

「俺たちの利己心は、システムによって利用され続けた。パスカリーのノイズは、最高の収益にとって最大の障害だ。奴を排除しなければ、望の安寧は保証されない。そして、奴らを操るシステムの演算者、灰月 凱を支配しなければ、根本的な解決にはならない。最高の収益を得るには、最高の支配者になるしかない。」

​重藤は壁にもたれかかる。

「俺の安寧は、システムによって消費され続けた。俺の絶対法則を取り戻すには、システムそのものを掌握するか、破壊するしかない。灰月 凱、そしてシステム支配者の排除が、最高の安寧だ。他者の質量に依存せず、絶対的な存在となる。」

​二人は、システム支配者たちを排除し、自らがシステムを支配するという共通の長期目標を互いに明確化した。

6. 最低で最大の共同戦線(指令の情報利用)

​ 零は、地下のアーカイブ区画に設置した簡易的な装置で、新神楽のシステム全体の非公式な通信を傍受する準備を整える。

​零は端末に視線を固定して、皮肉な笑みを浮かべる。

「灰月 凱は、我々が消滅したと演算したが、パスカリーのノイズ排除という目的は変わらない。奴の演算ロジックは秩序を優先するからだ。奴は必ず、システムを介して、パスカリー排除のための次の行動(演算指令)を、マダムやトウゴといった他の支配者層に非公式に出す。我々は、その指令を**『情報源』**として利用できる。」

​重藤は警戒を強めた口調になる。

「つまり、奴の秩序のロジックを、俺たちの安寧と収益のためにハッキングする、か。奴のロジックの隙を突くわけだ。」

「そうだ。俺たちは、灰月がシステムに出した指令の情報を盗み、その指令に**『従うフリ』をして行動し、パスカリーの能力の核心に迫る。すべてを出し抜き、最高の収益と安寧を確保する『最低の損得』**に基づく共同戦線だ。俺たちが、最も効率的な演算ノイズとなる。」

​二人の不完全な共闘は、最高の利己心に基づき、システムへの反抗という名の最低で最大の共同戦線へと進化し、次の戦いへの準備に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る